コミックコーナーのモニュメント

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ダンジョン飯12巻 感想


ダンジョン飯 12巻 (HARTA COMIX)

 

 迷宮の主となったマルシル。主の代替わりで混乱が続く迷宮で、物語がクライマックスへ向かうダンジョン飯12巻の感想です。

 

まさかのラーメン。

 何とかマルシルと合流したものの、意見の対立で台所に閉じ込められたライオス達。

 迷宮の力によって再現された、今は亡きマルシルの父親の記憶を再現した偽物が、扉の前で通せん坊をします。

 ライオス達は自分たちが脱出するのではなく、マルシルを呼び込むために、彼女にとって懐かしの郷土料理を作り、誘い出す作戦を決行。

 情報を聞き出すためにマルシル父との対話を試みます。

 非人間的な虚ろな表情で、作業的にライオス達の脱出を妨害していたマルシル父。それがマルシルについて語る時は妙に人間的な言いまわしをしていたのに笑いました。

 いえ、表情は虚ろなままなのです。虚ろな顔のまま「それが何だったと思う?」等という妙に人間臭い喋り方をするのが可笑しくて笑いました。

 病気で食欲がない時に、当時子供だったマルシルが大鍋いっぱいのパスタに塩だけ振って持ってきたという思い出を語るマルシル父。

 食欲がない時に大皿に山盛りの塩だけパスタを出されたという思い出を背景に添えて、虚ろな目をするマルシル父に笑いました。

 偽物であるこのマルシル父が虚ろな目をしていることと、本物のマルシル父の当時の辛い体験は関係ないはずなのですが、まるで虚ろな目をしていることの原因が、辛い記憶が原因であるかの様にも見える絶妙な塩梅でした。

 次のコマで「死ぬ気で完食した」と言うマルシル父が、微妙に俯いている様に見えるのも芸が細かくて素晴らしいです。

 そして、ニンジン畑があって、鶏を育てていたという地元の話に、山盛りパスタのエピソード、さらにマルシル父の好物がローストポークだったという話を統合して再現された料理、「見よ!これがマルシルの地元の郷土料理―――」と自信満々で完成したのが、まさかのラーメン。

 それも、かなりがっつりこってりしたタイプのやつです。笑いました。

 

花柄の大怪獣

 陛下と呼ばれるエルフ、そのエルフと対等の立場で話すドワーフ、ただものでない気配のノームの老人たち。悪魔が地上に出てくるかもしれないという緊急事態に、長命種の上層部が緊急体制へ。

 エルフは使い魔、ドワーフは機械の電話、ノームは水晶玉と、通信手段が異なっているにもかかわらず、自分たちと異なる通信手段を用いる相手と通話可能になっているのが面白かったですね。

 規格はまったく違う様に見えて、それぞれのやり方のままで相互通信が可能な技術。仲が良いわけではなくとも、協力体制はしっかり確立しているという歴史的・政治的な微妙な距離感を感じました。

 そして、悪魔の先兵として、ついに地上に姿を現すダンジョンの魔物。天へと上るかのような長大で、巨大な有翼の蛇・コアトル。

 ただし、ダンジョンの主・マルシルのセンスのせいで花柄です。瞳なんて星のマークになっています。

 地を割って登場する1枚絵に、次のページではさらに見開きで、対岸の少女が見たその巨体を表現しています。

 相変わらず画力が高く、非常に迫力があります。背景も綺麗です。

 しかし、そのサイズ感の迫力があればある程、絵のクオリティーが高ければ高い程、マルシルのセンスの酷さが笑いを誘います。

 首脳部の通話の様な細かい世界観の描写。地を割って登場するコアトルの様なシリアスな場面なのに絵面が完全にギャグという構図。もう本当に今更ですが、久井諒子先生のセンスと、画力が素晴らしいです。

 コアトルが地上に出てくる場面も、絵のクオリティーがなければ、ただのギャグで終わってしまいますからね。

 大真面目で大迫力の画面に、だからこそ面白い不真面目な笑い要素を混入するという高度なギャグは、高度な画力があってこその技ですね。

 この漫画の画力に言及するのは本当に今更なのですが。

 

これぞダンジョン飯。たった1つの健康的なやり方

 「人種間の寿命の極端な差をなくす」という自身の夢。キメラとなったファリンを救う事。エルフ達からライオス達を守ること。

 マルシルはこれらの願いをかけて、迷宮の主としてカナリア隊とぶつかることに。ついにミスルン達をも手に掛けます。

 魔物たちの攻勢が続きますが、マルシルの表情はすぐれません。

 魔物たちが進軍する中、1人塔の暗闇に引きこもって苦しむマルシルの元に、ライオス達は辿り着きます。

 彼女の欲望が暴走し、その暴走した欲望が魔物たちの行動に連動したり、現実の物品になって降ってきたりしていることに気が付いたライオス達。

 魔物の進軍を止めるため、そして、塔の上層にいるマルシルの元にたどり着くための足場を作るために、あの手この手でマルシルの欲望を刺激します。

 チルチャックの別れた奥さん・家族問題ネタへの食いつきが凄まじかったですね。瞬間的にですが、他の欲望が全て消し飛んでいる様にも見えました。どれだけ恋バナしたいのでしょうか。

 そして、ライオス達は、ついにマルシルと正面から対峙するわけですが、ハーフエルフの長命ゆえに、みんながいなくなった世界に取り残される未来に怯えるマルシルへのライオスたちの答えが素晴らしいです。

 「バランスのとれた食生活!!」、「生活リズムの見直し!!」、「そして適切な運動」、「この3点に気を付ければ、おのずと強い身体は作られる!!」で押し切るのが如何にもダンジョン飯らしいです。

 健康的な生活をいくら心がけても、寿命の種族差を覆せるわけがありません。見方によってはふざけているようにも思えます。

 しかし、そうではありません。そうではないのです。

 これはマルシルが寂しい思いをする時間が減る様に、少しでも寂しい気持ちがなくなる様に、生涯をかけて努力をするというライオス達の誓いであり、心意気なのです。それがしっかり伝わるだけの物語をこの漫画はこれまでしっかり積み上げてきていますから。

 号泣しながらライオスに飛びつくマルシルがそれを証明しています。

 もしかしたら、自分のために頑張って長生きした父親の姿が重なったのかもしれません。

 完全に本気のセンシ。多少無理があるのは自覚しつつもマルシルのために勢いづくライオス。かなり無理をして2人の勢いについていくチルチャック。完全に取り残されて驚くだけになっているイヅツミ。

 彼らのノリにもそれぞれの温度差というか、性格が出ているのが面白かったですね。

 

悪魔とライオス

 悪魔は魔物や生物ではなく、無限の世界から漏れてくる物質。魔力そのものであり、迷宮内を構成する要素も全て悪魔の一部であるとも言えるというリシオンの説明。

 魔物の様な生態や行動原理はなく、無限であるがゆえに、殺したり、食べつくしたりすることもできない存在を前に、どうしたらいいのかわからず立ち尽くすライオス。

 ところが、悪魔との会合で「人の欲望を永遠に味わいたい」という本能がある事を理解しました。

 正直、この先の展開が読めません。

 この物語のエンディングに入る前に、この悪魔をどうにかしないといけないわけですが、倒すにしろ、人類側と悪魔の双方が受け入れられる落としどころを用意するにしろ、その方法が、全く予想できません。

 マルシルの説得に成功したことで、最悪でも悪魔の地上への到達は止めることができたのかもしれません。しかし、それでエルフ達が治まるとも思えず、それだけでは物語としても不完全燃焼になりそうです。

 だからこそ、悪魔との何がしかの決着、この漫画の最後を飾るにふさわしいライオスのライオスらしい活躍があると思うのです。

 しかしながら、これまでに出てきた悪魔についての情報を振り返っても、ライオスのこれまでを振り返っても、何が起きるのか予想できません。

 伏線はしっかり張られているという確信があります。それでも展開を予想できません。

 魔物の攻略法にしろ、絶体絶命の打開策にしろ、これまでも想像の斜め上を突かれ続けてきました。絵面の酷さ、もとい面白さもいつも期待以上です。

 なので、ライオスが最後に盛大にやらかしてくれることを確信しています。何が起きるのかは予想できませんが、それは確信しています。

 

 

 地上へ向けて進軍する魔物たちとの闘いに、カナリア隊の別動隊も合流し、冒険者たちも戦闘に参加。ナマリ、シュロー、カブルー他、ライオスと面識のある面々も次々登場し、まさにクライマックスの総力戦という体になってきました。

 残る問題は、彼らにいかにしてファリンを食べさせるかと、悪魔とダンジョンをどうするかですね。

 名残惜しいですが、おそらく、次か、その次の巻で最後でしょうか。ライオス達の答えと、どのように予想外のハッピーエンドになるのか期待しつつ、楽しみに待つことにします。