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兎が二匹2巻 感想


兎が二匹 2巻(完) (バンチコミックス)

 

 不老不死のすずとその恋人の咲朗のすれ違いと純愛の物語。後半の感想です。

 

広島から廣島

 回想シーンからさらに過去の回想へと跳ぶ形になりましたが、今度は1巻で名前だけ出てきていた花ちゃんについてのエピソード。

 作郎がすずの体の秘密を知った祭りの夜に、すずが仏壇に話しかけていましたが、その時の相手ですね。

 すずは、すでに自殺癖はあるものの、百貨店の大きさに驚いていいリアクションをしたり、自分の過去の武勇伝を恥ずかしそうに話したり、何気ない1コマ1コマの表情も1巻の時代よりも明るい印象です。

 花ちゃんが東京に行き、再び訪ねてくるまでの間は、ただ淡々と時間だけが流れていきます。日本が戦争へと突き進んでいる中で、唯々花ちゃんを待ち続けるすず。

 すずの中での花ちゃんの存在の大きさがうかがえます。

 繰り返し使われている「朝が来る」の表現も味わい深いです。

 時代を超えて生きるすずの前に積み上げられる1日の軽さと、その1日の降り積もった長い時間の重みを感じることもあれば、死ぬことも老いることもないできないすずの人生に対する嫌悪や諦観を感じることもあり、どんなことがあっても淡々と進んでいく時間の無常さも感じることができました。

 

地獄の描写

 花ちゃんの再登場もつかの間、物語は昭和20年8月6日を迎えます。

 廣島に原爆が投下された日です。柱にかかった日捲りがさりげなく8月6日になっています。こういう演出って気づいた瞬間に「ぞくり」と来ますね。

 すずが首から上が黒焦げになった花ちゃんを見つけた場面を境に、「炎」の描き方が変わります。

 勢いよく燃える、光量が伝わってくるかのような白い炎だったものが、現実感のない絵画に描かれた炎のようになりました。

 見渡す限りの火の海。顔の判別ができないほど焼け焦げた死体に、探していた親友の名前の名札がついている。周囲には、垂れ下がった自分の皮をぶら下げ歩く人たちに、無数の死体。

 なるほど、現実というよりも地獄絵そのものだなと、妙に納得してしまいました。

 

すずを追い詰めるもの

 生きることに疲れて死を求めるようになる、周りの人が先立っていくことに絶望するというのは、不老不死や不死者を題材にした物語では定番です。

 すずもそういう理由で自殺を繰り返しているのだと思っていましたが、それに上乗せで、もっと深刻なトラウマを抱えていたわけです。

 そもそも、親に存在を否定されて、周りの人間に化け物と呼ばれながら生きてきて、自分でも死にたくて自殺ばかりしているけれど、死ねないから仕方なく生きている。そんな自分の人生をまったく肯定できないすずにとって、自分の存在がきっかけで不幸になった人たちとの記憶は、そのまま罪悪感にすり替わるわけですよね。

 自分がいなければ、自分がいたから、自分のせいで。すべて後ろ向きにとらえて、それがどんどん積もっていく。その最たるものが、自分を迎えに廣島に来て、原爆で死んだ花ちゃんだったわけです。

 咲朗を育てたことが、すずにとっては自分の人生で唯一肯定できる意義だったとしても、それさえも自分のせいで台無しになってしまうと思い込んでいる。

 咲朗に自殺ほう助させるのも、自分を嫌わせるためだった。

 すずと咲朗のこれまでが明らかになるにつれて、冒頭の話の見え方も変わってきました。

 

絶対に置いて逝けん

 長い長い回想を終えて、1話目の直後に話が戻ってくるわけですが、咲朗を失い錯乱するすずが痛々しいです。よりにもよって、自分の行動が咲朗を死なせた形になってしまったわけですからね。

 そんなすずを連れ去る研究者(ストーカー)間戸。自分に協力すれば、すずの不老不死を治療してやろうと迫ります。

 すずが不老不死の体ではなくなる前に、自分に「不老不死の病」を伝染せとすずを抱こうとしますが、すずがその言葉に反応。

 「伝染る」という言葉の意味を理解したすずの急激な変化がたまりません。

 最初は意識があっても人形のようにされるがままで。

 次に錯乱して、涙、鼻水、よだれをまき散らすばかりか、手近な鋏で自分をめった刺しにして血までまき散らしていて。

 さらには、自暴自棄になり、早く死なせてくれと縋りつきながら懇願。

 ついには、間戸に押し倒されても、されるがままだったすず。

 それが「伝染る」という言葉の意味を理解した瞬間、豹変します。

 間戸を押し返し、逆に詰問。要領を得ない説明に対して「わりゃあはっきりいわんかい!!!」と、間戸の頭のすぐ横に鋏を突き立てます。この豹変ぶりがたまりません。

 「不老不死の病」の感染確率は0.01%以下。「性行為や輸血で感染」。

 海へ消えた咲朗が、すず同様の不老不死になった確率は限りなく低いとのことです。

 それでも、万が一でも 咲朗が自分と同じ体になっていたのなら、絶対に置いて逝けないと、すずは生きることを即決しました。

 すずにとって咲朗の生存の可能性は確かに希望でしょう。しかし、ここですずが生きることを選択したのは、単に生きるに値する希望を見つけたからではないと思うのです。

 研究施設にいた時点では、咲朗の残したビデオレターもまだ見ていないわけですし、すずにとって生き続けるというのは、どこまで行っても希望ではなく絶望です。それでも、咲朗を1人残すことはできないから、絶望の底で這いまわる決意をしたのだと思います。

 そして、すずが咲朗を置いて逝けないと走り出すと共に場面は変わり、すずが知る由もない咲朗の死の真相が、読者に明かされました。

 咲朗の独白が切ないです。すずはいつまでも死なず、自分の帰る場所であり続けてくれるという事実。すずのことを愛し、すずが死ねないことがつらいと泣いていたにもかかわらず、その事実に安心してしまった咲朗。

 すずがいなくなったことで、置いて逝かれたすずが味わうはずだった悲しみを噛みしめる咲朗。独白の重みに対して、あまりに唐突で呆気ないその最後。

 お互いのことを想いながら、お互いを置いて逝ってしまった二人のすれ違いが、悲しいです。

 

終わりのない結末。兎が一匹。

 朔朗を探すため、各地の海を巡って潜り続けるすず。

 同じ地域に長期滞在し、海の中を素潜りで虱潰しに調査。見つからなければ次の海へ。

 何をいつまで探すのか、海は凄く広いから見つかるわけがないとの現地の少女の言葉に、「…時間だけはいくらでもあるんよ」と答えるすず。他の海を全部潜って見つからなかったらまた来るとも。

 すずの覚悟と、これからの果てしない道行が窺えます。

 昔より人とよく関わり、笑うようになった。だけれど、昔よりも悲しそうに笑うようになったすず。

 大事なものを見つけるまで探すことを決めたすず。

 それがこの世に残っているのかわからなくても、見つかるまで探し続けることにしたすず。

 余韻を残す結末です。

 この物語を読み始めたときに頭をよぎったどの結末とも違う終わり方でした。

 

 

 読者に物語の終わり方を委ねるラストシーンでしたが、咲朗が一人で結婚式を挙げたシーンで、すずの分の指輪が、ブーケの中の鈴蘭に引っ掛けてありました。

 鈴蘭の花言葉の中には「幸福の再来」というものもあるようです。長い時間の果てに幸せな結末があることを信じたいです。