セントールの悩み(7)【特典ペーパー付き】 (RYU COMICS)
日常という言葉の拡大解釈が甚だしい。でも納得。その上で面白い。セントールの悩み7巻の感想です。
南極道士
人類の形態の1つで、すでに絶滅したと言われる人虎。それが中国の奥地に生息しているというテレビ番組から39話は始まります。
導入部分で姫乃たちの日常が描かれているのが、世界観がつながっていることを実感できていいです。
私たちの世界も、戦争が日常だったり、日本では考えられないような光景が当たり前の日常だったりということはあるわけですが、平和な日本で暮らしていると平和=日常というイメージが出来上がります。それは必ずしも正しくはないわけです。そういう意味では、この作品の世界観の見せ方は「日常」を描いた漫画として、正しいのかもしれません。
さて、物語は「この世界」の国の1つ、中夏人民共和国の田舎へと舞台を移します。※誤字ではありません。
景色のいい田舎の村に、観光開発の魔の手が迫ります。
ならず者を引き連れた役人による一方的な立ち退き要求。補償金と代替住居の要求に対して、提示されたのは雀の涙ほどの金額。怒る村人に、役人はルールに従って分配していると怒鳴ります。
役人の言うルール、補償金の受け取り割合が表示されますが、地方上級幹部がまず全体の半分を受け取り、地方中級幹部が残りの半分を受け取り、地方下級幹部が残りの半分を受け取りといった形になっていて、村人が直接受け取れるのはごくごくわずか。補償金という言葉の意味自体が疑われますが、一応国の公式らしき補償金受け取り割合の円グラフに「黒社会」が含まれていて笑いました。
「第一書記」と呼ばれた役人が「あとはお前らが民主的に決めろ」と言っていましたが、この国の政治体制がよくわかりません。
姫乃たちの「日本」もそうですが、私たちの世界とはいろいろ違うところも多いようなので、初登場の国については、政治体制や社会情勢についての情報がほとんどないからです。それをいろいろ想像するのも楽しいのですが、今回はもう少し補足説明がほしいと思いました。
村人の形態はほとんどが牧神人で、田舎の村に形態の偏りがある点は、何となくですがリアルに感じました。
追い詰められた村人に村長が紹介したのは南極道士。そう南極道士です。あからさまな名前に、哺乳類人離れした外見。個人的には7巻最大の突っ込みどころだと思います。
南極人は暗躍するつもりがないのでしょうか。しかし、バレてもいない。南極人と村人どちらに突っ込めばいいのでしょうか。
突っ込みの不在にもやもやがつのります。それはそれとして、南極道士を通して、山の神である人虎に依頼し、同時に戦う準備をするということで村人はまとまります。決意した村人たちの中での南極道士の浮き具合も面白いです。
人虎
夜の闇の中、接待中の地上げ役人とその一味を人虎が襲撃。
いきなり配下の首が飛んだと思えば、見たこともない形態の若い男女が、野生のままの姿で部屋へ乱入。役人の唖然とした表情も仕方がないでしょう。
驚異的なのは人虎の瞬発力。人虎に銃に関する知識があったのかは不明ですが、抜かれる前に間合いを詰めて首を撥ねています。人馬の運動能力も相当な物でしたが、人虎はさらに瞬発力重視の様です。
村に平和が戻りめでたしめでたしという雰囲気の中、村長宅で密談が交わされます。名前や外見の不自然さが際立っていた南極道士だけではなく、村長も南極人。さらに人虎を作ったという発言。どうやら6巻の巨大生物の件もバイオテクノロジーの産物だったようです。
言葉を話す巨大生物を作り、失われた形態を復活させる南極人の技術力は底が知れません。
希と章
40話では希の従妹の章が登場。顔が希にそっくりです。章は自分が興味のあること以外はどうでもいいといった性格をしているようですが、希にペースを握られているのが面白く、微笑ましくもありました。普段から交流のある従妹同士の距離感が新鮮でした。
章は竜人と牧神人の混合形態です。竜人は元々、皮膜の翼に先のとがった耳と尻尾を持っていて、我々の感覚では悪魔を連想する外見ですが、そこに角と蹄の足が加わってもやっぱり悪魔ですね。
顔はそっくりでも、性格は似ても似つかない2人というのは、現実でもフィクションでも見かけることがありますが、さらに形態の差分があるというのもなんだか新鮮でした。
御霊さんの想いが重い
41話で御霊さんとお父さんのやり取りがありますが、これが重い。2人の話の内容も重いのですが、何よりも御霊さんの想いが重い。
画家としての収入では生活できず、週の半分は契約社員として働いている御霊父とのやり取りなのですが、御霊さんは何も絵の仕事をやめろと言っているわけではありません。
絵を描く時間がありながら、家事をする父に対して、何故その時間に絵をかかないのか問い詰め、芥川の『地獄変』や、マルクスの子供を餓死させた話まで例に出し、「お父さんが画家で芸術家なら恨まれても描くべきよ」と言い放ちます。
ただの正論好きの優等生とは、一線を画す御霊さんの重みを感じます。
自分の進路も、生活も、家族第一で決めている御霊さんが「家族を犠牲にしてでも描くべき」というあたりにずっしりとした情の重さを感じます。
エイリアンVS南極人
アメリカの田舎町に忍び寄るのは非日常の足音。
以前、姫乃の母親の風呂を覗き、人馬相手に逃げ切った怪人が再登場。
謎の怪人たちによる誘拐現場を目撃してしまったジョーンジィ少年を助けたのは近所の「ポーラーおじさん」でした。
「ポーラーおじさん」は怪人を「悪い宇宙人」と表現しましたが、人型の末端部分がみるみる変形していったり、人間に変なものを植え付けたりと、「宇宙人」よりも「エイリアン」という表現の方がしっくりする気がします。言葉の意味というよりもニュアンスの話です。
さて、「ポーラーおじさん」はジョーンジィを助け、エイリアンのUFOを破壊したものの、負傷しそれ以上の戦闘は不能という雰囲気。追い詰められる2人。迫る残党エイリアン。
そこに駆け付けたのは「ポーラーおじさん」の仲間たち。みんな同じ顔です。
様々な形態の人たちが、それぞれみんな違う武器を持ち、それなのに、戦闘服というわけでもない普段着風の服装はみんな同じで、顔もみんな一緒。笑いました。
「ポーラーおじさん」の中の人は南極人でした。哺乳類人の社会に潜入するにあたって外見の偽装をするはずが、みんな同じ顔というところに南極人のお茶目な一面が垣間見えます。
人虎の回でも思いましたが、スーちゃんのような長い首では、被り物をしても哺乳類人の変装はできないので、潜入工作員向けの首の短い形態がいるのでしょうか。
南極人のバイオテクノロジーは哺乳類人に比べてかなり発展している様なので、その線でも考えられそうです。
「ポーラーおじさん」の中の人はジョーンジィを気にかけていました。1度置いて行こうとした後に、追いかけてきたジョーンジィを連れていく辺りに、南極人的な合理主義とは違う、思いやりを感じます。
家族を失い、エイリアンを目撃し、南極人の秘密を知ってしまったジョーンジィが、この後どうなったかが気になります。何となくですが、南極人の対エイリアン部隊の中に、1人だけ翼人の青年が混じっている未来を想像しました。
エイリアン相手に、南極人が組織的に対応しているにもかかわらず、以前、姫乃たちとの会話で話題になったときにとぼけているあたり、スーちゃんも情報封鎖に参加している模様。姫乃に宇宙人の特徴を聞いた後で、わざわざ「古いSF雑誌の挿絵」を持ち出すあたり、誤魔化す気満々です。
この「古いSF雑誌の挿絵」も「本物」を「作り物」として提示する南極人の情報操作の一環だとすると、相当前からエイリアンは地球に来ているようですね。
哺乳類人たちの社会の裏側で暗躍しているにも拘らず、ところどころに突っ込みどころがある南極人が面白く、かわいいです。
広く深く世界観が広がっているので、描かれない、はっきりとは説明されない部分も増えてきました。
いろいろと断片的な情報から世界観を想像するのも楽しいのですが、正直なところ気になることが増えすぎて、公式のファンブックか設定資料集のようなものがほしくなります。