後輩たちと合流したなつめの安堵もつかの間、大量の猫を取り込んだ猫売りは巨大な脂塊(ファットバーグ)になり暴れだします。桐島主管も大量の猫を引き連れて防疫局員を殺戮。物語もクライマックスのシャボンと猫売り3巻の感想です。
クライマックスと疾走感
猫売りが怪獣になったり、不気味なオブジェだと思っていたものが実はロボットでそれが空から降ってきたり、桐島主管に攫われたちひろを助けるためにロボットに乗ったなつめが猫の大群を切り抜けて巨大な煙突を駆け上がって行ったりと、物語終盤の疾走感が凄かったです。
高津マコト先生の独特で癖のある表現も相まって何とも名状しがたい雰囲気になっていました。
桐島栞と猫蟲
防疫局の研究者だった桐島栞。2巻でいろいろと意味深長なやり取りがありましたが、そのまま猫売り=桐島栞だったようです。
猫好きで猫アレルギー薬の開発をしていた彼女ですが、防疫局の長が猫を憎む現局長に変わったことで、彼女の研究は凍結。彼女の保護していた猫たちは殺処分。おまけに防疫局が処分した猫の脂で石鹸を作る様に言われます。
猫が押し込められたサイロで蟲毒の一種「猫蟲」を発見した彼女は、それを使った復讐を企てます。※蟲毒とは生き物を閉じ込めて互いに殺し合わせて作る呪いの一種です。
防疫局員を攫って人体実験をし、愛猫の朔を助けるために「人間を材料に蟲毒を行う」という所業にまで手を染める彼女。
人間を使った蟲毒については直接の描写はありませんが、具体的に想像すると悍ましいなんてものじゃありませんね。
彼女が局長と一夜を共にする場面での彼女の目も印象的でした。
汚らわしい相手に体を触られることに嫌悪するでもなく、目の前の仇に憎悪するでもなく、もっとおどろおどろしい計画に向けて思慮を重ねる彼女の昏い目。その所業と合わせて根の深い狂気を感じます。
桐島栞のばらまいた呪いの石鹸で人間が猫になり、猫になった人間も防疫局に捕まって石鹸にされ、「人間に殺された猫」としてこれまた呪いの一部になると。あるいは猫化した時点で既に呪いに取り込まれていると考えるべきでしょうか。
完全に猫化した時点で、猫になった人のことを思い出すことはできなくなるということで、行方不明者続出のはずなのに誰も騒がなかった理由もさりげなく明かされていますが、本当に質の悪い呪いです。
呪いそのものの質の悪さに加えて、防疫局の悪意や、猫迫の街の人々の無関心が呪いを拡大させているという構図もこれまた質が悪いです。
裏表紙のイラストも印象的でした。
優しそうな横顔で猫の朔を撫でる栞と、人猫と化した朔の視線、蟲毒を現す模様に、白と黒と赤のコントラスト。
暗い色調と不気味な模様の中で、あまりに優しい栞の表情。
栞が狂気に取りつかれた経緯を考えると、何とも言えないもの悲しさを感じました。
霧島朔
霧島主管こと桐島朔。桐島栞のことを姉と呼んでいた彼は、人間を材料にした蟲毒を使った「人間の呪いの石鹸」で猫から人間になった栞の愛猫でした。
猫の呪いの石鹸で人間から猫になったちひろとは真逆です。
彼も栞と同様に復讐者なのですが、復讐に対する姿勢が少し違います。
猫売りとして活動する栞の動向を把握していなかったようで、1巻では猫売りの石鹸のラベルが防疫局の石鹸とは違うことに気付き、そのことに注目する場面がありました。
2巻で防疫局に反旗を翻す場面での「これが…私の出した結論です」という言葉からも、仇である防疫局や、猫迫の街をどうするか決めあぐねていたことが窺えます。
3巻では巨大な化け物「脂塊(ファットバーグ)」となって暴れる栞を悲し気に見上げる場面もありました。
猫売りである栞を防疫局におびき寄せ、そこへ猫脂の残滓と、サイロに閉じ込められていた大量の猫たちを流し込み巨大な脂塊(ファットバーグ)にすることで、防疫局や猫迫の人間たちへ復讐できる力を与えたのは朔の筋書きです。
ただ、人間たちへ復讐したいという動機は栞のものであり、人間たちの血を求めていたのは呪いの本体である猫蟲であって、朔自身はそこまで復讐に乗り気ではなかったように思えます。
復讐の動機にしても朔のそれは、猫たちが無残に殺され続けたことに対する復讐というよりも、栞のことを追い詰めたことに対する復讐心の方が勝っている様子。
朔は本心では、復讐よりも、栞を助ける道を求めていたように思えました。
なつめとちひろ
なつめとちひろですが、端的に言ってしまえば、2人は物語の最初から最後まで状況に流されながら突っ走っているだけです。
この漫画では、2人が事件に巻き込まれた直後に突然現れて、背後関係を解説してくれるキャラクターが登場したり、物語中盤や終盤で、事件の背後の謎に迫る探索や調査の結果、2人がどうするかを決めたりといったこともありません。
桐島栞・朔の復讐についても、読者には明かされましたが、なつめやちひろがそのことについてはっきりと知ることは、最後までありませんでした。
猫の呪いや、朔の正体、猫売りが防疫局や猫迫の街の人々を憎んでいることについても、直接対峙した2人は何となく察する程度です。
本当に行き当たりばったりで突っ走っているだけなのだけれど、なつめとちひろの行動力、そして、なつめの強さや、ちひろの優しさが物語を動かします。
単に強かったり、優しかったりという部分だけをクローズアップしたような描き方ではなく、喜怒哀楽の波や、感情の浮き沈みを読者が共感しながら追えるように描写されているおかげで、人間味のある魅力が引き立っていました。
なつめの強さは、「落ち込まない・怖がらない強さ」ではなく、「落ち込んでいても、怖くても大切なもののために闘志を燃やして立ち上がれる強さ」だからこそ素敵でした。いったん燃え上がった闘志の熱量がはっきり感じられるのも良かったです。
ちひろは猫になったり攫われたりで、なつめに助けられる役柄ですが、なんだかんだで自分で動いています。行動力ではなつめに負けていません。最後に猫売りに言葉が届いたのも、ちひろがいたからこそです。それに何と言っても猫の姿でのいろいろなアクション・リアクションがかわいかったです。
猫迫の街にまつわる暗い背景はさておき、なつめとちひろの物語はがむしゃらに突っ走って走り抜けた感じでした。なつめの人間味や、猫ちひろのかわいさがとても魅力的でした。
浄化と解呪とそれから
罪悪感を煽ろうとする言動を繰り返す猫売りをまっすぐ見つめ返して一歩も引かないなつめ。
猫売りに対するなつめの言葉。
猫売りを見据えるなつめとちひろの目。
朔を抱きしめたまま、朝日を浴びながら、シャボンをはく猫売りの流す涙。
朝日に照らされたシャボン玉で解けるちひろの呪い。
泡が散った後に跡形もなく消えてしまった猫売りの最後。
物語の終盤は素敵な場面がたくさんありました。
最後の1コマ、ただの猫に戻った朔と、芦毛君のツーショットには、ほっこりしつつも、これが猫売りの最後の願いだったのかなと少しだけしんみりとしました。
独特の世界観と、勢いのある展開が面白かったです。
熱かったり、昏かったり、怖かったりといった場面場面での雰囲気の切り替えに、次から次へと畳みかける様な事態の変化が忙しなくも楽しく、登場人物の感情の変化は激しくもしっかりと共感できました。
一方で、話の展開の経緯や、登場人物の行動の意味や理由の説明・描写については、いろいろとモヤモヤが残りました。
霧島主管がなつめの猫アレルギーに注目していた場面は物凄く意味深長だったにもかかわらず、それ以上の説明もなく放置されたままです。
エピローグでのその後の猫迫の街と防疫局がどうなったのかについても、モノローグか何かでもう少し詳しく語ってほしかったです。
他にも細かいモヤモヤが多々あります。一応、話の成り行きや状況から推察することはできるのですが、一言二言、あるいは1コマ2コマでも説明する描写があればここまでモヤモヤしなかったのにと思ってしまいました。
振り返ると、面白かった部分も不満のある部分も含めて、漫画を読んでいたというよりも、2時間ぐらいのアニメ映画を見ていた気分になりました。