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虚構推理10巻 感想


虚構推理(10) (月刊少年マガジンコミックス)


 鋼人七瀬事件より後の消息が途絶えていた六花さんが、ついに動き出します。虚構推理10巻の感想です。

 

六花さんの逃亡生活

 23話は逃亡生活中の六花さんのエピソードでした。

 琴子や九郎が絡んでいない、第三者との六花さんの絡みが新鮮です。

 六花さんは十分に変人で、九郎も琴子も大概変人なので、彼らと絡む時は変人×変人といった感じになるので、ごく普通の人と節度を守って交流する様子に、今までとは違う彼女の側面を見た気がします。

 六花さんの生活費の稼ぎ方が、件の未来決定能力を使ったギャンブル必勝法というのも以外でした。普通に考えたら想像の範疇なのですが、九郎がバイトをして生活費を稼いでいるので盲点になっていました。

 

琴子と六花さん

 琴子は4巻で紗季さんと話していた時も、六花さんと仲良くしていたというようなことを言っていましたし、今回も六花さんとの仲を「それなり」と言っています。

 しかし実際は、琴子は完全に六花さんに嫌われていました。琴子が何やらうまいことを言ってごまかそうとしていましたが、六花さんが琴子のことを嫌っているのは23話での彼女の発言からも伺えます。

 琴子の側としては六花さんが「秩序を乱す」存在であるがゆえに何とかしなくてはならないということなのですが、六花さん側は完全に琴子の存在を敵視しています。

 九郎は六花さんが「普通の人間になる」手段を手に入れるのに邪魔になる琴子を排除することを警戒していましたが、九郎の存在こそが、六花さんが琴子を敵視する理由だったのですね。

 六花さんの面影のある紗季さんが九郎と付き合っていた時は応援していたことから、六花さんが九郎に対して抱いているのは単なる恋愛感情ではなさそうです。

 九郎を指しての「私のもののはずだったんですよ」というセリフもその意図が気になります。

 

確かに怖い

 琴子が高校時代に所属していたミステリ研究部の部長さんが再び登場。

 彼の口から高校時代の琴子の様子が語られましたが、興味深かったのは九郎に片思いしていた頃から、恋愛成就に至った直後にかけての琴子の学校での様子がうかがえたことです。

 琴子はその賢さにも、怪異絡みの部分にも、常人には理解できない得体の知れなさがあり、おまけにとんでもなく腹黒い、底の知れない少女です。

 そんな少女の片思いの相手が、結婚間近だった相手と突然の破局。そして琴子と恋人関係に。

 上機嫌にステッキをクルクル回し、浮かれ狂う琴子の様子と、怖がる周囲の温度差に笑いました。

 確かにこれは琴子が何かやったようにしか見えませんね。そうとしか思えません。

 琴子の片思いを応援していた友人まで怯えていて、笑えました。

 

スリーピング・マーダー編スタート

 今巻から始まったスリーピング・マーダー編で、琴子は、ホテル業を中心に事業を行っている音無グループの会長・音無剛一氏から依頼を受けます。

 「自分は23年前に妖狐に妻である音無澄を殺すように依頼した。自分が妻を殺した殺人者であることを子供たちに証明したい」とのことです。

 実行犯が妖狐という理外の存在である上に、「合理的な嘘の説明」を求められるという何とも琴子向きの事件です。

 しかし、莫大な遺産相続に関する話も絡み、もっともらしい説明の合間には胡散臭い空気も漂います。

 読者視点では音無会長の背後に六花さんがいることもわかっていて、とても音無会長に持ち掛けられた計画通りに事が進むとは思えません。

 この後の物語がどんな展開になるか、予断を許さない状況ですが、ミステリーの伏線や、推理の材料らしきものは、既に見え隠れしています。

 例えば、兄弟仲が悪そうでもなく、生活に困っている様子もないのに遺産相続で「黙って兄弟を得させるのは嫌」で「やけに力が入っている」らしい長女・薫子さんの様子。他の兄弟に渡したくない=渡せない事情のあるものでもあるのでしょうか。

 知恵の神としての立場で、23年前の事件の裏を取った琴子の言っていた「いくつか想定外がありましたが」という言葉。何がどう想定外だったのかは解釈の幅があり過ぎますが、会話の筋道で考えるならば、23年前の殺人についての事柄の様です。

 こういった伏線を発見できると、まず気付いた時にドキリと胸が高鳴り、その意味に納得のいく説明がつけられそうになるとわくわくし、とても楽しい気分になります。

 

本当に妖狐が殺したのか

 琴子がどういった解決案を持ち出すのかを考えようとしたのですが、私には自信をもって呈示できる「嘘の説明」は思いつきませんでした。

 しかし、考えるために読み直して疑問に思ったことがありました。それは「本当に妖狐は殺人を犯したのか」ということです。

 この妖狐は、「澄さんさえいなくなれば、音無グループの未来も、家族の幸せも全てうまくいくのに」と思い悩んでいた音無会長の前に現れ、取引を持ち掛けてきた「切羽詰まった人の前に姿を現し契約を迫る悪魔」のような恐ろしく不気味な役どころです。

 しかしそれは音無会長の回想の中での姿。

 琴子の前に縄を打たれて引っ張り出され、大物ぶるも他の妖狐にはたかれ悲鳴を上げ、往生際悪く「証拠!証拠は!?」とがなるも、そのコマの間に論破される様子は小物としか言いようがありません。

 殺人犯の役どころにしては小物ぶりがひっかかります。

 さらに妖狐は「音無会長と取引をしたことを認めて」、「音無澄の殺人の聴取に応じた」だけで自分が殺したとは一言も言っていません。

 一番引っかかったのが、この場面の後の「妖狐が人を騙すのも利用するのも自然ですし、すぐに秩序に反するものではありません」という琴子の言葉です。「人を殺した」ではなく「人を騙した」という言い方が引っ掛かりました。

 妖狐は嘘の取引を持ち掛けて、音無会長から対価をだまし取ったのではないでしょうか。

 音無家の他の家族も澄さんを恨んでおり、妖狐の住処は音無家の別荘のすぐ近く。仮に他の家族が殺人を計画していて、妖狐がその様子を見ていたとしたら、妖狐は音無会長を騙して自分では何もせずに対価をかすめ取ることができます。

 この考え方の場合、音無会長も知らない真犯人が音無家にいることになりますが、これが「いくつかの想定外」の1つではないでしょうか。

 

疑わしいミラク

 音無会長の背後に六花さんがいることが、読者には既に明かされているわけですが、この2人の関係がどのようなものであるのかは現状では曖昧です。

 音無会長の琴子への依頼は一応の話の筋は通っているものの、その理屈・理由の1つ1つに琴子を事件に巻き込むための方便であるかのような胡散臭さが漂います。

 さらに、琴子たちはまだこの件の背後にいる六花さんに気が付いていません。

 琴子たちが六花さんの存在に気が付いていないこと自体が、六花さんの仕業ではないかと思えてなりません。

 件の未来決定能力は、ミステリーの舞台装置として反則的なまでに便利な代物ですが、今回は「事件の背後に六花さんがいる事実に琴子たちが気付かない未来」を決定したのではないかと。

 「ごく近い未来しか決定できない」、「起こる可能性の高い未来しか決定できない」という条件はあるものの、使い方次第では鋼人七瀬事件の様なことも引き起こせるわけで、どういった方向性でこの未来決定能力を使うかという話も、ミステリーのロジックの核になるかもしれません。

 琴子たちはデート中に、音無会長に依頼された件について話しているのですが、この時、九郎の発言に怒った琴子がクレーンゲームのボタンを叩いたら、欲しかった賞品「女性のヌードが浮き出るボールペン」を偶然のミラクルで手に入れてしまう場面があります。この場面が伏線に思えてしかたがありません。※ちなみに欲しがったのは琴子です。

 琴子は、自分が怪異にまつわる存在であることを音無会長が確信していたことに疑問を抱いていましたが、その思考を巡らせている最中「偶然」視界に入ってきた男性バージョンのボールペンに気を取られてしまいます。この「偶然」も件の未来決定能力で十分引き起こせる出来事だと思います。

 

 

 音無会長と六花さんの関係はどのようなものか、今回の依頼の背後にある狙いは何か。

 六花さんは件の未来決定能力をどのように使って仕掛けてくるのか。

 23年前の事件について琴子の用意する「嘘の説明」はどのようなものがありうるのか。

 怪異を利用して殺人を行ったという音無会長、あるいは真犯人に対する知恵の神としての琴子の落としどころは何処か。

 今回はいつも以上に考えることが盛りだくさんで、その分スリーピング・マーダー編の完結も楽しみです。