驚愕と爆笑の展開が続く、ダンジョン飯7巻の感想です。
イヅツミ
シュロー一行から足抜けし、ライオス一行に加わったアセビことイヅツミ。※イヅツミの方が本名らしいです。
魔術で後天的に獣要素を植え付けられた改造人間的な方向性の猫娘です。
この子はとにかく、行儀が悪いの一言に尽きます。
食事のマナーが悪く、手癖が悪く、そのことを相手に咎められると喧嘩を売ります。そもそものライオス一行の前に姿を現した時点から、いきなりマルシルを人質に取り、自分の要求を通そうとしていましたからね。
見た目の異形や、黒魔術の産物であることから世間の大部分からは冷たくされてきたのでしょうし、猫要素と思われる気分屋な性格で、かつ境遇ゆえに自分を取り巻く全てへの不平不満を抱えていそうなこの子に、適切な形で物事の道理を教えてくれる大人が周囲に居なかったのではないかと思われます。
その点、ライオス一行は人材が充実しています。人の良さの度合いでも、感性という意味でも、常識が通用しない人材、もしくは常識が通用しない人材に慣れた人材ばかりです。
今後、ライオス一行の影響を受けた彼女がどう成長していくのかが楽しみです。
今巻でも、バロメッツ(蟹味)に打ち震えて感動したり、魔物の攻撃性を奪う結界の影響を受けた結果マルシルにさんざん甘え正気に戻ってからショックを受けたり、面白い場面ばかりでした。
一番面白かったのはためらいなく服を脱ぎながら「獣が裸になったところで喜ぶ奴なんていな…」と自嘲したところで、マルシル達が素早い連携でライオスの視界を塞いだ場面でしょうか。
全く状況を理解していないイヅツミと、マルシル達の反応の速さからも窺えるライオスという人間に対する理解の深さのギャップが面白いポイントです。
獣要素があるからこそ興味を持つ人間(ライオス)もいるのだと彼女が理解する日は来るのでしょうか。そこも少し気になります
ライオスの霊感が(とっくに)開花(していた)
ライオスの霊感の開花によって、より正確に言うのならば、ライオスが、割と前から見えていたもの・聞こえていたことが、幻覚・幻聴でないとようやく気付いたことで、物語は動きだします。
以前からライオスの才能の開花に関する伏線はありましたが、とっくに開花していたのを幻覚・幻聴だと思って「怖いからずっと見えないふりをしていた」という展開は完全に予想外でした。さすが九井先生。さすがライオス。
崩れかかった怨霊そのものの顔で、ライオスの背後というホラーな位置取りで、「やっぱお前聞こえてたんじゃねーか」と人間味のある怒り方をする亡霊が笑いのツボにはまりました。幽霊的な怖さと、怒った人間のどすの利いた声の怖さが、どっちも怖いのに絶妙にかみ合っていない感じなのが笑えました。
黄金城と翼獅子の謎
亡霊に連れられた一行が辿り着いた不思議な空間。迷宮の中に広がる青い空、広大な景色、さらに、かつての黄金城とその周りで暮らしていた人たちが千年前の姿のまま生き続けていたという展開にびっくりです。
狂乱の魔術師によって迷宮に囚われ続けている国というのは、てっきり地下5階の城下町と亡霊たちのことだと思っていたので驚きました。景色の描写も綺麗でした。
迷宮の奥深くに囚われているという守り神の翼獅子の情報や、ライオスが黄金城の王になるかのような予言、何かを決意するライオスと面白そうな伏線にわくわく。
その中で気になったのが、翼獅子が夢を介して予言をするという点です。
狂乱の魔術師が所持し、マルシルの夢の中にも登場した本自体に知性があるかのようないわくありげな魔導書。
あの本は翼と眼の装飾から翼獅子との関連を想像させます。あの本自体が国の守り神である翼獅子の正体という可能性もありそうです。いろいろと妄想が膨らみました。
センシの過去
グリフィンに攫われたセンシを救出するために、使い魔を召喚するマルシルのエピソードも相当に面白かったのですが、それ以上にインパクトがあったのが、グリフィン戦後に語られたセンシの過去の話です。
地上の村でダンジョンの入り口が発見されるよりも以前に、黄金城の迷宮を掘り当てていたドワーフの坑夫団。その一員だった若き日のセンシ。
異常なダンジョンに囚われ、「四つ足の鷲」の魔物にやられて次々に減っていく仲間たち。食料も手に入らなくなり、ギリン、ブリガン、センシの3人だけになっていました。
極限状態の中で、まだ子供のセンシを庇うギリンと、それが気に入らないブリガンの間に争いが起き、2人は部屋から出て行き、部屋に戻ってきたのはギリンだけでした。
「グリフィンに襲われ、ブリガンは死んだ。グリフィンは俺が殺した」と言うギリン。
彼の差し出した「グリフィンの肉」で作ったスープを食べてセンシは生き延びますが、このすぐ後にギリンもダンジョンに消え、センシは自分が食べた肉が、実はブリガンの肉だったのではないかという疑問を抱え続けることになります。
現在の仲間たちに自分の過去を打ち明け、「真実を知るのが恐ろしい」と言うセンシ。そんなセンシに「じゃ食べてみるか。そこのグリフィン」と返すライオス。
もうデリカシーがないとかのそういった言い回しではとても足りません。ライオスは凄くライオスです。
センシがグリフィンに攫われ生死不明になった時でさえ、たいして慌てなかったイヅツミですらも、猫耳を垂らして同情的な視線を向けるセンシの過去。そこにグイグイ踏み込んで「確認しよう」というこの人はなんなのでしょうか。
グリフィンとヒポグリフ
グリフィンの肉で作ったスープの味は、センシの記憶に残るものとは大きく違いました。
いたたまれない空気になる一同。
1人平常運転のライオスは、センシがかつて食べたのは、グリフィンの肉ではなく、しかし、人肉でもなかったと言い、ヒポグリフ説を披露します。
グリフィンとヒポグリフはよく似たモンスターですが、後ろ足が獅子であるか、馬であるか、肉食か、雑食かといった違いもあります。当然味も違うはずです。
自分が食べた肉が仲間だったと落ち込み、そこから、ライオスの仮説を聞き、少し気分が上向きになったセンシ。「それを聞いて少し……安心した。ヒポグリフの味を確かめる術はないが」と言うセンシにライオスはこう返します「それじゃあ確かめようか」と。
まさかの二回目。ライオスのヒポグリフ仮説にセンシが慰められ、場の空気がしんみりとしつつも上向きになったタイミングで、まさかの追い打ち。恐るべきライオス。
ライオスはモンスターマニアとして、自分の仮説に自信があったようですが、恐ろしいのは、ヒポグリフ仮説に思い当たるよりも前の時点でグイグイ行っていることです。
ある方法を使い、その場でヒポグリフの肉を手に入れた一行は再び実食。震える手でスープを口に運んだ途端に、泣き崩れるセンシ。慌てる一行ですが、センシの涙は感慨の涙でした。
自分が食べたのが仲間の肉であったのではないかという心の閊えがとれ、仲間たちとの記憶を呼び起こす味に、いろいろなものが溢れてしまった様です。
極限の状況でも先達としての矜持を捨てず、センシを生かしたギリン。
これまでも、センシは「若者には飯を食わせなければ」という強い使命感を持っていましたが、これはギリンから受け継がれたものだったのですね。人にそうして助けてもらったから自分もそうして誰かを助けると。受け継がれる想いとセンシの涙は感動的でした。
ダンジョン飯の面白い所である「ファンタジーの中に生々しいリアリティーのあるエピソード」的にも、ヒポグリフがグリフィンだと坑夫たちに誤認されていたという点に加え、センシに肉を届けたギリンの兜にグリフィンの攻撃ではつくはずのない「鈍器で殴られたかのような跡(蹄の後)」が残っていたことが真相へたどり着くためのヒントと、同士討ちかと思わせるためのミスリードを完ぺきに兼ねている辺りも、本当に話の作りがうまいです。
モンスターに関するエピソード、センシの涙、ライオスの奇行と圧巻のボリュームでした。
チェンジリング
チェンジリングは妖精が子供を取り換えるという話ですが、今回出てきた「チェンジリング」はその茸の作る輪の中に入ると、中に入ったものが「少しだけ」変わってしまうというもの。
そもそもの今回のグリフィンからして、ヒポグリフがチェンジリングで変化したものだったのですが、それを再変化させて、肉質を変えるという調理方法に使うのは、この漫画くらいではないでしょうか。
しかし、それ以上にインパクトがあったのが、今巻のオチとも言うべき場面です。
気持ちを新たに先に進む一行が、いきなりチェンジリングの中に踏み込むというオチには噴き出しました。絵の構図と集中線の使い方が卑怯なくらいに面白かったです。
ライオスたちはどうなってしまうのか。次巻が楽しみです。
物語開始時の目標だったレッドドラゴンの撃破。その後も広がり続ける世界観に舌を巻きつつ、ワクワクが止まりません。
扉絵のオマケの地図も、今巻のものは以前のものよりもボリュームがありました。
地上の町にやってきた西方エルフのダンジョン対策部隊と、各地に点在する迷宮の謎。明かされ始めたカブルーの過去。1000年間生き続けていた黄金城の人々にも驚きましたが、1000年前に何があったのかもまだ明かされていません。語られるべきことはまだまだあります。
特に気になるのは、マルシルの抱えている「生きる時間」に関する事情と、今回その存在の明かされたチルチャックの奥さんと娘さんにまつわるエピソードでしょうか。マルシルの事情は狂乱の魔術師に通じる予感がありますし、チルチャックは自分の妻子の存在を明かした時のなんとも言えない表情の意味が気になります。
ただ、今一番気になるのは、チェンジリングの輪に入ってしまった一行の件です。本当に次巻が楽しみでなりません。