今回の表紙は雪女。琴子、九郎、六花さんという物語の主要人物ならまだしも、ゲストキャラクターとしては、初めての快挙です。
いよいよ解決編。表紙の時点で本編の展開にも期待が膨らみます。虚構推理13巻の感想です。
琴子の配慮
九郎の不在の理由についての説明もそこそこに、昌幸さんのことを糾弾する琴子。
琴子は昌幸さんが人間の暦に疎い雪女を騙した可能性を言及。偽のアリバイをでっちあげ、更には、自分のせいで彼が警察に疑われたと思い込んだ雪女の罪悪感を利用して、彼から会社を奪った仲間たちへの復讐計画の手駒にしようとしているとのことです。
私はこれを見て思いました。「琴子あいかわらず性格悪いな」と。
この糾弾する展開が、茶番であることはわかっていましたし、何か意図もあるのでしょうが、よく無実の人をここまで悪し様に言えるなと思いました。
実際に茶番でしたし、必死に昌幸さんの無実を訴える雪女に対して、笑いながらネタばらしをする琴子の態度は業腹でした。
雪女が「妖にとっての神である」琴子に逆らってでも、昌幸さんの無実を訴える所を彼に見せて、「あなたを信じ真心を尽くす者がいる」ことを教えるためだったとのことです。
私はこの時点で、琴子の言っていることをまったく信じていませんでした。
もっともらしいことを言っていますが、琴子が当たり前に嘘をつくのが、この漫画の常なので。琴子が良いことを言っても、それがそのまま真実だとは思えません。てっきり何か他の理由・意図があるものだと考えていました。
まあ、今回は本当だったわけですが。真犯人についての解説が始まると、なるほどこれはあの茶番が前置きに必要なはずだと納得はしました。
真犯人・飯塚渚の恐怖
事前にあんな茶番までして、昌幸さんへの配慮が必要だった理由は、真犯人の正体でした。
状況が整理されるにつれて、浮かび上がってくる「犯人である人物の条件」。それは「昌幸さんをあらかじめアリバイのない状態に誘導できた人物」。
真犯人は昌幸さんが会社から去り、引きこもった後も唯一連絡を取り合っていた元部下・飯塚渚でした。
琴子が真犯人を断定したタイミングで、その犯人から電話がかかってくるという演出は怖かったですね。
初めから非日常的な存在である怪異や妖怪ではなく、日常的な隣人・人間だからこそのおどろおどろしい怖さが良く出ていました。
それまで理解できていたつもりだった隣人が、理解できないものであることに気付いた途端に噴き出る恐怖とでも言うべきでしょうか。
回想と言うよりも、想像上の過去とでも言うべき場面の中で、元奥さんと対峙した時の飯塚渚の顔が、これもまた何を考えているのかわからない感じで不気味でした。
電話や、スマホに表示される電話に出ない昌幸さんへのメッセージの件も含め、リアルタイムでの犯人の存在感が怖かったですね。
真犯人のその胸中が、想像できるような、出来ないような、背筋が絶妙にもぞもぞする感じです。
これまで、友人・妻・仕事仲間に裏切られてきて、ここで再び裏切られた昌幸さんの胸中も察するに余りあります。
事前に茶番の予防線があったのも納得です。
昌幸さんと雪女にはあえて伝えられなかった話ですが、飯塚渚は昌幸さんのことを尊敬し、愛していたということです。
彼女が殺人を犯した動機は、人間不信を拗らせて動かない昌幸さんの現状を打開するきっかけにするためでした。※浮気をして昌幸さんを裏切った奥さんに腹を立てていたという理由ありますが。
ダイイングメッセージを偽装したのも、殺人容疑をかけられ孤独になった彼に、自分だけが寄り添い献身するという状況を作り上げるためです。
どちらも真っ当な発想ではありません。自分の行いは昌幸さんへの裏切りだと、何故思わないのでしょうか。まあ、理解できない歪みだからこその恐ろしさですが。
なお、原作者の城平先生が、あとがきで「存在こそ示されていたものの姿どころか名前や性別さえ明かされていなかった人物」が真犯人という展開が、フェアかアンフェアかという点に言及していましたが、私は今回の様にしっかりと伏線が用意されていたケースならフェアであると思います。
雪女と昌幸さんの蜜月。そして後日談へ
あまりにも歪んだ動機で人を殺し、昌幸さんを陥れた飯塚渚。
しかしながら、そんな彼女の計画は、最初から完全に破綻していたわけです。
昌幸さんの隣には雪女がいましたからね。マッチポンプで愛を得ようにも、彼の無実を信じて寄り添い献身する役所はもうとっくに埋まっています。しかもこちらは真心100%の献身。昌幸さんも初めて出会った時から雪女に夢中です。
2人の今後について、怪異たちの知恵の神にして、秩序の守護者である琴子からのお墨付きも出ましたし。昌幸さんと雪女は真犯人のことなど気にせずに、存分に睦み合えばよろしいのではないかと。
琴子に「どうぞ。お幸せに」とお墨付きをもらった場面の雪女の表情がたまりません。好意を隠したりするそぶりはなく、まさに喜びがあふれだしている感じです。マスコットっぽい外見の雪山の怪異たちの祝福する様子もかわいかったですね。
そして、実はその場に来ており、うっかりで姿を現してしまった九郎。それを見て取り乱す雪女の怖がりぶりもかわいかったです。
巻末のおまけ漫画でも、昌幸さんと雪女の後日談が描かれていましたが、うっかりや、悪戯心や、嫉妬心で昌幸さんの社会復帰を邪魔してしまう雪女。
特定の映画やドラマのシリーズにハマったり、異様に手先が器用なことが判明したり、第三者の前で、別の方向性の怪異と誤解される様な姿の現し方をしたりと、最後まで面白かわいかったですね。
この雪女は性格や容姿だけではなく、能力の幅や、怪異としての在り方も含めて、人間に寄り添う妖怪・怪異キャラクターとして、本当に、本当に私好みでした。昌幸さんとの関係性や、絡み方が特に素晴らしかったです。
琴子は人間と妖怪には違いがあり、いつまでもうまくはいかないが、「それでも蜜月の時はあります」と言っていました。現代では人と妖怪の子は苦労しそうだから避妊に留意するようにとも。
一時の蜜月というのは、私が考えなかった結末でした。同時に、人と妖怪の関係性の話としても納得のいくものでした。
ただ、それでもなお、もうこの2人は行くところまで行ってしまえばいいのではないかという想いが消えません。
昌幸さんも雪女との思い出を胸にしまったまま人間の女性と再婚しようにも、彼側の態度という意味でも、女運的な意味でも前の奥さんの二の舞になりそうな気がします。子供のことも、改めて怪異たちの知恵の神に相談するという手もありなのではないでしょうか。
九郎の日常・第三者から見た九郎と琴子の奇行
34話の「よく考えると怖くないでもない話」では、いわくつきの物件を便利屋が整理中。
便利屋の轟さんは、怪奇現象を警戒している様でしたが、アルバイトのメンバーの中に、九郎がいる時点で何も起こるはずがありません。九郎は怪異たちに恐れられていますからね。
と思って見ていたら、九郎はたまたま居合わせたのではなく、轟さんに頼みこまれて参加していた模様。どうやら、九郎は解体業者や、工事関連の業界ではちょっと知られた人物になっている様です。
曰く、「あの人がいるとどんな不吉ないわくのある土地や建物の作業でも何も起こらない」、「入念にお祓いしたのに災難の続く現場でもあの人が来ただけでぴったっと止まる」、「不死身って噂がある」、「人畜無害そうだが腕っぷしも相当なものらしい」等々。
物語が始まったころならいざ知らず、鋼人七瀬編の後もいくつものエピソードを見てきた今となっては、九郎が周囲にどのように思われているのかがずっと疑問でした。
と言うのも、九郎が不死身の体質のことを誤魔化しきれていないだろうと思っていたからです。かなりうっかりしていますし、人前でうっかり死んだこともありましたし、誤魔化し方もぞんざいですからね。
そのため、「怪異と無関係の第三者」から見た九郎について、作中で触れられたのは凄くすっきりしました。お話も面白かったです。
第三者視点で断片的な情報を組み直した結果の不気味な「桜川九郎」の人物像。さらには琴子まで怪異扱い。笑いました。
さらにその直後に、アルバイト中の会話にも出てきた怪談話の実情も描写。
暗い部屋で、ろうそくの明かりの中、皿回しをするという琴子の奇行を怪談風の導入演出付きで公開。雰囲気に期待を高めつつページをめくると、琴子の顔に腹筋をやられました。
笑いどころが来るのだろうという予想はついていたものの、皿回しをする顔の造形が完全に想定外でした。
登場時の顔も衝撃的でしたが、その後も、九郎と会話しながら、宴会のかくし芸の練習を続ける琴子の百面相が面白かわいかったです。
雪女のジレンマ編は、昌幸さんと雪女の2人の関係性が尊かったということは、今更に言うまでもないのですが、背景や、景色の描写が素晴らしかった点にも触れておきたいです。7巻・15話のヌシ様の沼もそうでしたが、こういう部分にもセンスの良さを感じます。
今回は新章「見たのは何か」も始まりました。
過去編であり、琴子と六花さんのコンビで事件に係る形ですが、この2人の組み合わせは纏う気配が独特ですね。
ボケ役とツッコミ役に見えても、両方ボケなのではという点は、琴子と九郎のコンビと同じなのですが、琴子と九郎は同じ方向を向いているのに対して、琴子と六花さんは常に向かい合っているように感じます。
解決編も楽しみですが、琴子と六花さんの「決戦」がどのような形の事件になるのか今から楽しみです。