「食べること」の初心者であるクミカさんの美食と日常と成長の物語。クミカのミカク1巻の感想です。
外星人のクミカさん
この漫画は外星人がいることが当たり前になり、それ以外は私たちの世界と大きく変わっていない社会でのお話です。※宇宙人・エイリアンという言葉は差別的表現のためNG。
そんな世界の日本のとあるデザイン会社で働く外星人クミカ・ハリティさん。
彼女は呼吸と一緒に、大気中から水分や栄養を吸収できる体質。
地球人と同じように食事をとることもできますが、彼女の母性・第2クロロジウムでは、食べ物は富裕層の嗜好品あつかいであり、苦しい生活をする中で両親に地球へ送り出してもらった彼女は、自分が食事をすることを良しとはしません。
ところが、風邪をひいた時に、うっかりマスクを着けたまま寝込んでしまいました。
病気で弱った上に、貰い物のマスクが高性能だったために栄養の吸収もできず、衰弱してしまった彼女。
そんな彼女に同僚のチヒロさんが差し出したのは鍋焼きうどん。おかげで無事に回復できたものの、彼女の身体は「食事」を覚えてしまいました。
そんなクミカさんがいろいろな食べ物に出会うのがこの漫画なわけですが、クミカさんのキャラクターが素晴らしいです。人物像もそうですし、漫画としてのそれの見せ方も素敵です。
真面目で努力家で、食べることを覚えてしまった後も空腹をやせ我慢したり、故郷の両親に後ろめたく思ってしまったりと、思わず応援してあげたくなるような不器用さがあります。
人物描写として一種のテンプレート化された様なドジ・不器用さの演出とも違う等身大のポンコツさとでも言いましょうか。人間味のある可愛らしさ愛しさがとても魅力的に表現されています。
あざとくはなく、むしろ可愛くない部分が適度にマイルドに押し出されていて、その不器用さとポンコツさを好ましく思うこともあれば、共感できることもあり、そんな彼女が毎回新しい表情を見せてくれるのが、たまらなく愛おしいです。
地球人にはない器官である側頭部の触手も、とても感情表現豊かです。顔の方の表情も、本当に毎回毎回新しい表情を見せてくれます。
クミカさんのキャラクターも、その表情を巧みに演出する漫画技法のさえも素晴らしいです。
SF漫画?グルメ漫画?クミカさんのいる日常
この漫画の世界は外星人が日常に溶け込んでいる点を除けば、私たちの世界とほとんど変わりがありません。
少なくとも1巻の時点では、地球人とそれ以外の異星人との交流がいつどのように始まったのかという話も出てきてはおらず、街並みも現代風。クミカさんが地球で初めて風邪を引いたという時も、外星人の免疫の話などは出て来ませんでした。
クミカさんの母性である「第2クロロジウム」という星については、「第2」とついていることや、貧しい星であるとの説明から開拓星か、元植民星なのかなと思ったり、クミカさんの便利な触手や、本来食事も必要ないという体質から、もしかしたら労働力として人工的に生み出された種族なのではと思ったりと、想像も膨らみます。
ただ、その辺の話は出て来ませんし、日常の描写も、取って付けたような僅かなSF要素しか見当たりませんでした。
本格的なSF漫画と比べると、設定が緩く思えますが、逆にそのおかげでまったりとしていてしつこくない味わいの漫画になっているのだと思います。
SFというよりも、「食べる」という事柄を扱った漫画としての側面が圧倒的に強いですね。しかし、いわゆる「グルメ漫画」とも違う気がします。食べ物の知識や蘊蓄を披露したり、普段食べられない味を漫画的技法で想像させたりするようなものでもありません。
この漫画は「食事」の初心者であるクミカさんの体験を通して、食べることの素晴らしさを再発見する漫画であり、そのことと、後はクミカさんがかわいいことと、周囲とのわちゃわちゃした交流が楽しいことだけが大事な部分なのだと思います。
おいしそうにいろいろなものを食べるクミカさんが、毎回毎回新しい表情と、新鮮なリアクションを見せてくれるのが、本当に楽しくてかわいいです。
食べることの素晴らしさという面にしても、ただ美味しいという話はもちろん、食べることの楽しさや、苦手な食べ物との対峙と和解、手料理を喜んでもらった嬉しさや、命を頂くということ等、毎回、色々なテーマが変化をつけて登場するのが鮮やかでした。
クミカさんの触手が凄い!楽しい!
この漫画は表情の表現が豊かですが、そんな中でも、クミカさんの触手が凄いです。
クミカさんの頭の横両側から伸びている2本の触手。書類を捌いたり、チンジャオロースの入ったお皿を持ったりと、第二の腕としても使えて、伸びたりもします。とても器用なのに、稀に本人の制御を無視して、本心に沿ったアクションをするのもご愛敬。
そして、感情表現にも使われます。びっくりするとばっと跳ね上がったり、口元をぬぐったり、涙をぬぐったりといったジェスチャーもとります。何より、おいしいものを食べた時に発光します。
触手全体で激しく発光することもあれば、触手の先の方だけが明滅を繰り返す様な描写もあり、複数方向に光線を放つように光ったりしたこともありました。ただ美味しいから光るというのではなく、もっと奥深い表現として使われています。
顔の表情も豊かなので、触手との合わせ技で感情表現の幅が凄いです。ただでさえ表情描写の表現力が凄いのに、その演出力、表現力を物凄い勢いで押し上げる触手の描写に圧倒されました。
特に面白かったのが6話の触手。
自分の初めて作った料理であるカツサンドをチヒロさんに褒められた時に、嬉しくて触手をぱたぱたさせて宙に浮かび上がっていったクミカさん。
みんなでカツサンドを食べながら談笑している背後で、クミカさんが爪先だけを残して上方向へフレームアウト。
クミカさんが天井すれすれまで浮かび上がっていることに気付くその他一同。
一瞬の間の後、「あっ、えっ、クミカさん飛んでない?」に「飛べますが(ちょっとなら)」と答えるクミカさんに驚愕する一同。
このタイミングで唐突に明かされる飛行能力。クミカさんの同僚とシンクロして驚きました。同僚の1人、ミムラちゃんが空中に浮かんだままのクミカさんを指でつついていましたが、気持ちはわかります。
思わず飛んじゃうクミカさんもかわいいし、空中で膝を抱えているのもかわいかったです。
クミカさんの触手で他に何ができるのか、どんな表現に使われるのか、この先が楽しみです。
この漫画の面白い所は、クミカさんがかわいいということと、「新しい一面の見せ方」がうまいということです。
最初はいかにも仕事人間という感じで登場したクミカさんが、どんどん食いしん坊になって、段々とポンコツな面が周囲に認知されていく過程も面白かったです。
食べ物に関する話も、ただ毎回異なる美味しい食べ物が出てくるというのではなく、毎回新しい角度の切り口で描かれ、クミカさんも毎回違う表情を見せてくれます。本当に毎回新しい表情が出てきて、それにはある種の凄みすら感じます。それに何より楽しいです。
クミカさんの同僚の外星人・エイリアちゃんも、綺麗に整頓されたオタク部屋や、お洒落な服に人物像の片鱗が見えて、今後が楽しみなキャラクターです。