コミックコーナーのモニュメント

「感想【ネタバレを含みます】」カテゴリーの記事はネタバレありの感想です。 「漫画紹介」カテゴリーの記事は、ネタバレなし、もしくはネタバレを最小限にした漫画を紹介する形のレビューとなっています。

ダンジョン飯9巻 感想


ダンジョン飯 9巻 (HARTA COMIX)

 

 シリアスもコミカルも素晴らしく、それがいい意味で入り乱れています。そして超展開に新展開。とてもダンジョン飯らしい面白さが爆発した巻でした。

 ダンジョンの重大な謎が明かされて、物語も大きく進みます。ダンジョン飯9巻の感想です。

 

サキュバスとイヅツミ

 獲物の理想の姿に変身し、精気を吸う魔物・サキュバスの話は、とてもダンジョン飯らしい味のあるエピソードでした。

 シリアス面では、サキュバスとの闘いを通して、自分自身と向き合ったイヅツミが、今の彼女の様になるに至った納得の過去が掘り下げられたのが良かったです。

 彼女が本来「フィジカルで勝てる相手ではない」サキュバスを相手に戦うことができた理由が、今後の伏線のような気もします。

 彼女が自分の呪いを解く(=普通の人間になる)ことができないだろうと言われていたのは、端的に言えば、魂が混ざり合ってしまっているからというものでした。

 「心がふたつあったから…」サキュバスに惑わされなかったということは、その反証と言えるかもしれません。

 あるいは、今回の出来事を通して自分の身体を受け入れるきっかけになるという可能性もありますね。

 サキュバスも人の姿をしていながら人ではないものの妖しさが、絶妙に表現されていました。

 羽を広げたサキュバスの1コマ。その表情、人型部分のポーズ、独特の翼の形に、黒塗りの背景に、絵の構図。異形としての存在感と不思議な色気のようなものも感じました。

 そして、水場から自分たちの幼体を投げ捨てたイヅツミに対する恨みがましい表情。

 獲物の嗜好と思考に沿った猿真似の表情変化だけではなく、サキュバスが表情で感情を表現するだけの知性がある事が伝わると同時に、人間の姿をしていながら、人間とは違う異質なモノ・得体の知れないモノであるということの不気味さが伝わってきました。

 イヅツミに投げ捨てられた幼体を追って谷底に消えていくという、何処か怪談系の昔話の様な倒され方も、不気味さを後押ししていました。

 一方でコミカルの方も酷い、いえ、凄かったです。

 サキュバスに精気を吸われた面々の顔芸。特に泣き笑いの表情のまま干からびていたチルチャック。チルチャックがマルシルの趣味が悪い理想像を見て笑い転げてしまい、連携が崩れ、やられてしまったというひどい話と、その経緯を聞かされた時のイヅツミの顔。

 丸々と乞えた姿で戻ってきたマルシル達の精気を吸ったサキュバスと、それを見たイヅツミの顔。

 イヅツミの妙に気合の入った怒涛の介護。まだ泣き笑いのままのチルチャック。

 シリアスもコミカルも非常に満足できた回でした。イヅツミのいろいろな表情と、人間的な成長を見ることができたのも楽しかったです。

 

サキュバスとライオス。ギガヘプタヘッドマルシル

 上記の通り、とても笑わせてもらったサキュバス回だったのですが、しかし、一番笑ったのはライオスの理想像でした。

 マルシルの姿で現れたサキュバス。相手がサキュバスであることに気付いたライオスの反応は、「まずい。みんなに誤解される。隠蔽しなくては」と思いつつ、スラリと剣を抜くというものでした。

 自分自身の気持ちに気付かない鈍感さはともかく、何処かサイコパスじみている部分もライオスらしいと納得できてしまうのが酷いです。

 しかし、サキュバスもこのままでは終わりません。「私ね……本当は……魔物だったの……」とマルシル魔物バージョン「ギガヘプタヘッドマルシル」に変身します。

 超展開に笑いました。その超展開が、間違いなくライオスの理想であるというのも笑いを加速させます。

 サキュバスが母親の姿に変身していたイヅツミの例もあるので、必ずしも異性という意味での理想の姿とは限らないのですが、ライオスの場合はどうだったのでしょうか。

 ギガヘプタヘッドマルシルは、噛んだ人間を魔物にするという設定らしいので、性愛だけではなく、自分が魔物になりたいという願望も混じっていたようですが。

 でも、ものすごく赤面していました。笑いました。

 ギガヘプタヘッドマルシルはスキュラという魔物の一種らしいのですが、そのデザインも、これまでの物語で何となく分かっていたライオスの特に好きな魔物のデザインを踏襲するもので、これがライオスの理想なのだろうなという妙な説得力があります。笑いました。

 本物のマルシルにはない長い犬歯を見せて、素敵な笑顔をするギガヘプタヘッドマルシル。笑いました。もう本当に笑いました。

 

ライオスと翼獅子の会合

 サキュバスに噛まれて気絶したライオス。その夢の中に翼獅子が現れます。

 翼獅子の第一声が「お前は馬鹿なのか?」だったのが非常に面白かったです。どこか呆れを感じさせる表情とセリフの合わせ技が良いです。

 彼はライオスに「この国の救世主としての自覚を持て」と説教を始めます。どうやら、ライオスが救世主だというのは、翼獅子公認だった模様。

 彼は、ライオスの夢を土台に、ライオスが黄金城の王になった場合の世界を見せます。

 元の姿のファリン。オークや魔物も一緒に暮らし、卵焼きの材料をコカトリスバジリスクワイバーンから選べる暮らし。

 店先で縛り上げられ、足をばたつかせるも、抵抗むなしく売買される歩き茸。

 刃魚を冷やすアイスゴーレム。

 収穫される実の傍らで、睦み合うドライアドの雄花と雌花。※単性花。

 人間と同じような服を着て酒場で働く女オーク。

 仲良く歩き茸を追いかけまわす人間とオークの子供たち。

 屋根の上で昼寝するイヅツミ。

 1コマ1コマ細かい部分まで描写された絵の出来ももちろんですが、場面の選び方に久井諒子先生のセンスの良さを感じます。

 日常の営みの中に非日常の景色が混じり、それが面白くも心地よいです。新鮮な面白さのある絵面であり、どことなく長閑さも感じられる景色。アイディアへの驚きと納得が絶妙な塩梅で感じられます。

 

カブルーとミスルン隊長

 迷宮の深層へ落下したカブルーとミスルン隊長。

 2人とも普通に生きていましたね。まあ、シリアスな場面から一転してコミカルな場面の笑いの種にされてしまったあの落下シーン。あれで終わりだったらあんまりなので、生きていることはわかっていましたが。

 しかしまさか、その落下シーンすら、ある種のミスリードだったとは驚きました。

 確かにカブルーはシュローたちと地上に戻ってすぐにエルフたちと会っているので、迷宮の中でいろいろやっているライオスたちとは時差がないとおかしいです。

 カブルー落下の場面の「一方ライオスたちは」の場面転換ネタですっかり騙されてしまいました。

 ライオスたちがファリンの身体のドラゴン部位を食べる計画をしている場面の直後に、ナマリ・シュロー・カブルーが寒気を感じていた場面も単なるギャグに見えて、実際には時差のあるミスリード

 ライオスたちがその話をしている頃には、カブルーはとっくに迷宮の深層に落下した後でした。

 迷宮の深層にライオスたち以外の誰かがいるという伏線はありましたが、その伏線の後にあの場面でしたからね。場面転換を使った単純なトリックに完全に騙されました。

 さて、諸々の事情で、意外と仲良く同行する2人。

 得体が知れない凄みがある割に、妙に抜けたところのある隊長のキャラクター。それにまさかあんな背景があるとは思いませんでした。

 やはり、この漫画はこういう伏線の張り方が絶妙です。

 シリアスとコミカルの混ざり合う楽しげな作風ですが、世界観の謎や、登場人物の背景の情報が少しずつ提示され、それがミスリードに繋がっていたり、思いもよらぬ展開につながっていたりするのは本当にワクワクします。

 かつて「迷宮の主」であったミスルン隊長。その過去語り。

 カブルーがライオスに説明しようと整理した後の話が読者に語られる形になりましたが、その省略された部分にさらなる何かがありそうな気がしてなりません。

 凄く嫌そうに歩き茸を食べた直後にキラキラの爽やかスマイルで隊長に勧めたり、「食欲がない」と言われて、その場面の直前に出てきたシェイプシフターの偽物(もの凄く不出来)そっくりな顔をしたりと、カブルーの顔芸も面白かったです。

 

迷宮の真実と悪魔

 ミスルン隊長によって語られた迷宮の真実。

 迷宮とは古代人の作った永久機関

 無限が存在する異次元につながる門を作り無限の力を取り出し、同時にあちら側からやってくる「悪魔」を食い止めるために「迷宮」を作ったとのことです。

 ミスルン隊長の独特なキャラクターも、迷宮の主であった過去の影響と、悪魔に食べられたことで様々な欲求が欠落しているからでした。

 この場面を見た後でもう一度ライオスと翼獅子の会話を見ると、不気味さが際立ちますね。妙にフレンドリーな点がまた不気味で気持ち悪いです。

 ライオスに好意を示していたのも、単に自分が解放されたい故のおべっかではなく、「お前(の欲望)のことが(食料として)すっかり好きになってしまったよ」という意味だったのですね。

 見開きで描かれた巨大な悪魔の絵も不気味な迫力がありました。今まさに食べられようとしている男がどことなくライオスに似ている辺りが特に不気味。

 今回のライオスの夢の世界の様子や、ナイトメア回での伏線からするにマルシルも狙われている様です。

 迷宮の来歴、西のエルフが真実を秘匿する理由、マルシルの研究テーマ、狂乱の魔術師ことシスルによって封印された翼獅子。想像上の怪物が後から実在の魔物として発見されるケースのエピソード等々。

 いくつもの点が綺麗につながった様で、まだ、隠された点があるような気がします。単純に迷宮災害が起きる=悪魔が地上に出てくるといった話でもないようですので。

 やはり、カブルーに省略された部分の話も気になります。

 

 

 カブルーの育ての親が回想で少しだけ登場しましたが、インパクトの強い人でしたね。

 迷宮の深層に落ちること6日目。地上の仲間との連絡が付いたミスルン隊長。地上でもカナリア隊のパッタドルさんが待機中の仲間を上陸させる等、いろいろあったようです。

 ファリンの身体のドラゴン部位を食べる相談をしていた時にライオスは「(協力者が)あと一個中隊は欲しいが…」と言っていました。

 これはパッタドルさんお手柄かもしれませんね。