読者目線だとあからさまに怪しく、危険な存在である翼獅子と対峙するライオス一行。
クライマックスかと思いきや、まだまだカオスな雲行きのダンジョン飯10巻の感想です。
訂正します。いつも以上にカオスなダンジョン飯10巻の感想です。
フェニックスのコンフィと大掃除
翼獅子が囚われている家を家探しするライオス一行。しかし、そこには厄介な番鳥が待ち受けていました。
倒しても倒しても自らの炎で古い身体を燃やし、火の中から復活する不死鳥・フェニックス。
ライオスは「他の生き物に完全に消化されたところで生き返る権利を失う」という迷宮の規則を利用しこれを倒します。つまり、調理して食べてしまえば復活できないということです。
ついに調理と食事が魔物を倒す手段になりました。ああ無情のダンジョン飯。
食べている最中にフェニックスが燃え出したりしないように、ダイニングルームにて、魂を抜かれた状態で安置されていたヤアド他黄金郷関係者に密着した状態でフェニックスのコンフィをいただきます。※迷宮の魔物は黄金郷の民を傷つけることができません。
迷宮の主の住処に家宅侵入し、家探しの傍ら大掃除を決行。そして、魂の抜けた人形状態の人々に座って、美味しそうにフェニックスを食する一行。
この漫画はこれまでもカオスな絵面で笑わせてくれましたが、今回も凄い絵面でした。
一目でその状況のカオスさが伝わる表現力も見事なら、そのカオスな状況になるに至った必然性もばっちりです。
理由に納得しつつも、絵面に突っ込みを入れたくなる絶妙な塩梅。相変わらずのダンジョン飯でした。
迷宮の兎との戦い。(死体)体操のお姉さんマルシル
不吉な噂はあるものの、その実態が不明な恐怖の魔物・迷宮の兎。
小さな刃を後ろ脚に持ち、速く鋭く正確に急所を狙ってくる上に、群れで連携して襲ってきます。
対人特化と言いますか、ドラゴンの様な大物の魔物とはまた違った厄介さですね。炎や毒を持たずとも、体が小さくとも、血管が切り裂ければ人間は殺せますからね。
事前にライオスに渡されたネックガードのおかげで生き残ったマルシル。
自分の身を守りながら、食材として兎を確保し、みんなの死体を回収しなくてはならない彼女が選択したのは、人間の死体を魔術で動かすネクロマンシーでした。
この魔術は自分自身の動きと死体の動きを同期させます。
仲間の死体を囮にして、閃光魔術で兎を気絶させ、気絶させた兎も同じ動きをする集団に取り込んでいくマルシル。
兎が2足歩行して、同じポーズのチルチャックやセンシと並んでいる様子は、とてもファンシー。しかし、チルチャックもセンシもよく見るまでもなく死んでいます。
一糸乱れぬ動きで次なる犠牲者に向かっていく一団を見て、「死体体操」だとか「(死体)体操のお姉さん」という言葉が脳裏をよぎりました。
私がそう思った直後に、体操どころか、一糸乱れぬ動きでダンシング。ここで、この回の扉絵を思い出して、なるほどと思いました。扉絵は糸に吊られて踊るマルシルだったもので。操る方と操られる方が逆でしたが。
緊急事態の最中に、完全に動きが一致している集団という時点で笑えますが、その構成員が、独り必死なマルシルと、仲間の死体と、2足歩行の殺人兎という凄まじいまでのカオス。
木の上で生き残っていたイヅツミが怯えた猫になっていたのも笑えました。怯えている理由に凄まじいまでの説得力があったので。
48話のグリフィン戦で使い魔を作ったときは、人型でない使い魔と動きを同期するために愉快なことになっていたマルシルでしたが、今回は逆に、ぴったり同じ動きができるせいで愉快なことになっていました。
九井先生の発想は相変わらず天才的です。その発想をより笑える絵面で出力する表現力も素晴らしいですね。
カレーとキメラファリン
「ファリンは今―――確実に腹をすかせている!」というライオスの推理の元、ファリンを満腹にして眠らせる作戦が決行されます。
8巻51話で、大型の魔物は魔力の薄い場所では生きられないという話が出てきていたので、キメラファリンの巨体もファンタジーならではの力で維持されているのかと思っていました。
ところが、思いの他、現実的で、生物としての理にかなったライオスの説明。確かに人間サイズの口で、ドラゴンの巨体を維持する栄養を取るのは大変そうです。
「流し込むように一気に食えるものがいい」ということで、迷宮の兎の肉を使ったカレー作りの運びとなるわけですが、ライオスたちの怒涛の調理風景には笑いました。
どうしても気になるのは、カレーを盛りつけたこの巨大な皿が、いったい何処から出てきたのかという点ですね。
完成した大量のカレーライスと、通常サイズのスプーンのサイズ比には笑いましたが、ひとしきり笑った後で疑問に思いました。
さて、肝心のキメラファリンの方ですが、とてもかわいいです。
荒れるシスルの頭を撫でて、おやつの木の実を差し出したかと思えば、自分の分も食べられてしまってショックを受ける様子には、明らかに人間のファリンが混ざった影響が窺えます。
一方で、シスルの家についた後、外でシスルに待っている様に言われた後の動物的な落ち着きのなさ。
まさに内面までファリンとレッドドラゴンが混じり合っている所に、この種の「人が別のモノと混じり合った怪物」としての趣がありますね。
カレー実食の場面も一々反応が良かったです。この時の反応も人間的なものと動物的なものが入り乱れていました。
一口食べてみれば口の中で兎が乱舞するという漫画表現も素晴らしい。涙も零してしまって、本当にかわいいキメラファリン。
そして、満腹になり眠ったキメラファリンの背後から近づくライオス。
食事同様、呼吸も人間の部分でのみ行っていることを見抜いての濡れた布で窒息させる彼の策。
こちらも見応えがありました。
ライオスの覚悟
以前のキメラファリンとの戦いでは、対人特化のカブルーが、人体急所を執拗に狙ったのに対して、ライオスは魔物の身体構造的に神経の集まっていそうな指先を狙っていました。今回もライオスの戦い方の本質は、本来の対魔物知識勝負です。
しかし、その絵面は兄が妹を窒息させるというカブルー寄りの生々しい構図。
それまでライオスとファリンの腰から上の部分でもみ合っていた場面から、ズームアウトして見開きで描かれたファリンの巨体。人同士の争いの様相から転じて、改めて見せつけられる人ではないその異形と巨体。
腰から下も暴れているのがわかる構図になると、異形感とでも言いますか、今のファリンが人ではないということを見せつけられる様でした。
そして、髪をむしられても、ドラゴンの筋力で石壁に叩きつけられても、意識を失っても手を離さないライオスの覚悟と執念。
本当に見応えのある場面でした。
マルシルの事情
一行と対峙したシスルによって明かされたマルシルの背景。それはマルシルがハーフエルフであるというものでした。
ナイトメアの回では「私はみんなと走る速さが違うんだって」というセリフがあり、39話でも大昔には今よりも長寿のエルフがいたという話がありました。
その辺りの話から、私はてっきりエルフの両親から先祖返りで生まれた古代エルフなのではないかと思っていたのですが、どうやらハーフエルフは通常のエルフよりも寿命が長いということらしいです。
言われてみると、他のエルフに比べて親しみのもてる顔立ちです。
ライオスは馬とロバの交雑種のラバはそのどちらよりも優れているという例えを使っていましたが、成程、そういうこともあるのですね。勉強になりました。
全く関係のない漫画の話なのですが、この場面を読んだ時にドラゴンなボールを集める某有名少年漫画の戦闘民族と地球人のハーフの話が頭をよぎりました。あれも、純血よりも混血の潜在能力が高いという話でしたので。
マルシルがハーフエルフだったことは別に構わないのですが、「周囲と生きる時間が違う」ことを思い悩んでいたマルシルの願いには唖然としました。
「私は人種による寿命の差をなくしたいの」。翼獅子と2人きりで話したときにマルシルが打ち明けたマルシルの願いです。しかも「世界中の人たちにただ一緒に生きて欲しい」とのことで、いくら何でも願いの規模が大きすぎます。
人種間の溝の最大の原因が大きすぎる寿命の差にあると、マルシルは言っていました。純粋ですが、もの凄く傲慢な意見にも思えます。
何より、この手のありきたりではない願い、普通ではない欲望こそが、悪魔の滋養。そして「世界中」という広すぎる規模。もの凄く嫌な予感がします。
シスル、翼獅子、迷宮、悪魔、異次元、∞の瞳、深まる謎。
迷宮の真相、悪魔についての情報は前巻で明かされましたが、まだ明かされていない情報、大きく欠けたピースがいくつもあります。
マルシルの願いを聞いた時の翼獅子はまさに悪魔のような顔をしていました。瞳が砂時計の様な、∞の記号を90度回転させたような形になっていました。
これは、9巻でミスルン隊長によって語られた話の中に出てきた悪魔のイメージとも共通する特徴です。翼獅子が封印されていた本、シスルが迷宮の主としての能力を使う際に開く本の表紙にも同様の形の瞳が付いています。
その一方で、悪魔ではないはずのシスルの瞳がこの形になる場面もありました。
翼獅子=悪魔そのもののように思えるのですが、何かを見落としている気もします。悪魔は別にいて、翼獅子やシスルの瞳を通して見ているのでしょうか。
悪魔が人の欲望を食らうというのなら、食らった分だけ悪魔はその人間に近づくということなのでしょうか。
そもそも、ミスルン隊長の説明では、古代人が作った異次元から無限のエネルギーを取り出す永久機関である「門」から出てくる異次元の生物が悪魔であるという話でした。迷宮は悪魔が自由に門を通ってこないようにするためのものであると。
しかし、迷宮はむしろ自由自在に弄り回されています。ここで言う「迷宮」とは、果たして本当にライオスたちが潜っている迷宮を指す言葉なのでしょうか。
島の迷宮は未だ稼働中。「門」も当然開いているはずです。ならば、そこから出てくる悪魔は一体だけなのでしょうか。
悪魔は十分に力を蓄えると迷宮の殻を破って地上に出るとのことでしたが、過去に地上に出た悪魔はどうなったのでしょう。
わかりそうで何もわからない絶妙な伏線の張り具合に好奇心が刺激されます。
今回は、シスルが迷宮の主になった経緯も明かされました。
翼獅子は本に封じられていますが、本は封じた翼獅子の力を自由に扱うためのものではなく、元々、迷宮を自在に操れるものとして存在していたようです。
本は迷宮の制御装置として作られたのか、それとも、悪魔を封じて閉じ込めるためのものなのか。どのような理由でこの「本」が作られたのかが謎の鍵になる気がします。
シスルとの闘いでは悪夢のドラゴンフルコースとなりましたが、最後のコマでライオスの手の中には、夢魔ことシンがありました。
既に夢の世界なのか、これから夢の世界に入るのかは分かりませんが、夢の世界でのライオス無双が楽しみです。彼は夢の世界で本当に好き勝手しますからね。