コミックコーナーのモニュメント

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セントールの悩み21巻 感想


セントールの悩み(21)【電子限定特典ペーパー付き】 (RYU COMICS)

 

 今回も面白いテーマのお話が盛りだくさん。

 世界規模の大事件も起こりました。セントールの悩み21巻の感想です。

 

見失ったのか。それとも見つけたのか。

 174話では、将棋にすっかり嵌まってしまった宇宙菌類が登場。

 以前、ネットゲームに嵌まった他の個体を指して、個性を持つと落伍者が必然的に生み出されるらしいと言っていましが、この個体も順調に自分を見失っていて笑えました。いや、自分を見つけたと言うべきですかね。

 他の宇宙菌類や、自分自身に対しての言い訳の仕方も、とても人間臭くなっていてこちらも笑えました。

 

宇宙菌類と怪異の世界

 宇宙菌類と言えば、オカルト方面での活動も気になるのですよね。

 いえ、社会に人知れず蔓延る宇宙から来た寄生生物という時点で十分にオカルトと言える気もしますが、SFではなく、スピリチュアルな神霊の世界という意味でのオカルトです。

 175話では、山の上の小さな祠に封じられていた怪異に、宇宙菌類が取り付いていました。

 正確に言うのならば、怪異の正体そのものが宇宙菌類であったのか、宇宙菌類によって怪異が生み出されたのか、怪異に宇宙菌類が寄生していたのか、怪異と宇宙菌類の関係は不明です。

 これまでだと、17巻の133話で末ちゃんを狙った何処かで見た覚えのあるピエロや、19巻の155話で御霊さんを罠に掛けようとして、本人に気付いてもらうこともできずに一方的に返り討ちにあった怪異の正体は、宇宙菌類が寄生したゴキブリでした。

 前者では「神は約束に逆らえない」というルールを利用して御祭神の介入を封じたり、後者では御祭神にお手製の狗神をけしかけたりしています。

 怪異・神霊の世界に対する知識と言いますか、見識の様なものがしっかりとある様子でした。

 将棋に嵌まった個体と仲間であったことからも、2種類いる宇宙菌類の内、侵略型宇宙キノコの一派なのは間違いない様ですが、この個体は何がしたかったのかも不明です。

 ただ、これまでのお話の中で、怪異も宇宙菌類も平らげてきた御祭神が、「ヘンなモノを喰うてしもうた」と吐き出していたことが少しだけ引っかかりました。

 侵略型宇宙キノコの目的は「侵略」であるわけですが、怪異絡みのアプローチにはどのような意図があるのでしょうか。

 御祭神が吐き出したのもたまたまなのか、それとも何かの伏線であるのか、その辺りが気になります。

 まあ、怪異絡みのアプローチではどんなものであったとしても、最終的に御霊さんに負ける未来が目に浮かびますが。

 

さらに深まる両生類人の謎

 今回は本編でもオマケページでも両生類人関係で気になる情報が随分とありました。

 中でも一番気になったのは両生類人の性別に関するエピソードですね。

 哺乳類人側からは、両生類人の男女の差が先天的なものか、文化的なものかすらもわかっておらず、哺乳類人における性差と同列に語れるものかも分かっていないとのことでした。

 これにはびっくりしましたね。

 言われてみれば、子供の両生類人で男の子か女の子かはっきり区別がされている描写はなかった気がします。

 女子用の制服を纏った両生類人の少女や、「ヨメ」や「娘」という言葉が出てきていたので、両生類人の男女とは、哺乳類人のそれと違いがないだろうと、特に違和感もなく受け入れていました。

 11巻の72話の両生類人が武装蜂起するエピソードでは、娼館から助け出された両生類人コロルクトル(源氏名アマリア)との間柄が「兄弟」である人が救出に参加していました。

 言葉の使い方としては「兄弟」でも間違いではありませんが「兄妹」とすることもできたところが「兄弟」になっていたのは、今思えば伏線だったのでしょうか。

 今巻のおまけページは両生類人の進化史についてで、そこに、両生類人であるジャン・ルソー氏に幼体の水棲時の頃のことを聞いた結果が載っていました。

 ただ、ここに載っているのはあくまでも作中世界における哺乳類人サイドの読み物のテキストに過ぎず、「本当のこと」が書いてあるとは限らないわけです。

 むしろ、おまけページ9「今後の両生類人研究における課題」で両生類人が情報の価値を理解し、適切に取り扱っていること、両生類人の信を得て内部に入り込んだ哺乳類人は口が固く、両生類人が秘密にしていることを洩らさない事が書いてあります。

 「彼らの中に馬鹿が一人もいないと言うこと自体、両棲類人の高い知性を示していると考えられます」とまで書かれている辺りから、テレビでインタビューを受けていた口縄博士や、ジャン・ルソー氏の証言が「本当のこと」であるかもわからないわけです。

 両生類人は南極人によって生み出されたという陰謀論があるということも載っていましたが、逆に両生類人の進化史の証拠が南極人の工作である可能性も所々で匂わされている気もします。

 この漫画のこういうところも味わい深くて好きです。

 

闇レースと狙われた姫乃

 176話の扉絵はインパクトがありました。

 着飾った人馬の女性たちが何やら競争している様子。競争していることと、服装のミスマッチ感が凄いです。この一枚絵のシチュエーションが理解不能。※私はこの回を最初に読んだ時点では某馬〇のゲームを知りませんでした。

 おまけに一番手前の人の目力がやたらと強いです。

 「コスプレマラソン大会等といった変わった方向性の町おこしか何かかな?」、「いや、人種が入り乱れているし、海外の観光地かな?」等と思いながら読み進めると、どうやら賭けレース。    

 妙に手間暇かかっている印象の動画配信の様子に、配信画像を見る金持ち風の人物の様子が、何やらいかがわしい雰囲気です。

 さらには、走っていた少女たちに対して、「処分」だの「しつけ」だの「商品」だの物騒でいかがわしいキーワードが盛りだくさん。

 はい。思いっきり裏社会の話でしたね。人身売買です。それもピンポイントで人馬を狙ったものでした。

 そして、そんな犯罪組織の魔の手は日本へも伸びます。拉致実行犯たちが姫乃の背後から忍び寄ります。

 意識外からの襲撃に対して、自動で防御するかのような反応速度。

 力まかせに大の男を投げつけ、ガードレールを破壊する圧倒的な膂力。

 奪った注射器の中身を迷いなく全量注入する容赦のなさ。

 姫乃が悲鳴を上げ続けながら拉致実行犯たちを撃退しているのが笑えます。

 さらには、自分を撥ねようとした車のアタックに耐え、その上を飛び越え、反対側から体当たりで車を道路の脇に転落させる等という離れ技まで披露。

 掛け声の「うりゃあ」がとてもかわいかったです。その時の表情も。

 その後、犯罪組織は警察の部隊に制圧され、拉致被害者は無事に解放。拉致監禁組織的形態差別に関わった人たちも逮捕されました。

 裏社会の人身売買の話である事がはっきりした辺りで、西洋文化圏に根付く形態差別主義者の集まりかなと思って見ていましたし、「この世界」なら露呈した時点で徹底的に叩かれるだろうなとも思っていました。

 ただ、「我が社のオーナーを含めた全世界の富裕層その50パーセントが逮捕」というアナウンサーのセリフに、事件の規模の大きさに度肝を抜かれました。

 それはそれとして、「我が社のオーナーを含めた」の部分に、相変わらずの村山節と言うべきか、あるいは、セントールの悩み節とでも言うべき独特の可笑しさにつられて笑いました。

 

内務省正常社会保全局とバビロン塔。怖い正義

 世界的な大事件であっただろう今回の人馬形態者人身売買事件。全世界の富裕層の5割が、抵抗らしい抵抗の描写もなく、お縄となりました。

規模の大きい人身売買事件であったこと以上に、人馬形態をピンポイントで狙った「差別」事件、作中の言葉を使うならば「人権犯罪」であったことが、事件の規模の割に迅速かつ徹底的に対処された理由の様です。

 日本は「内務省正常社会保全局」が中心に対処した様ですが、そういった組織の国境を超えた連携が取れているわけですね。劣等諸国とされる国々はまた別の様ですが。※2巻収録の「セントールの秘密」より。

 その筋の専門家によると「バビロン塔に送られ、最低十年以上の思想矯正が行われた後、全員財産没収の上、死刑になるのは間違いない」とのことでしたが、死刑にする前にわざわざ10年以上時間をかけて思想矯正するという辺りにある種の狂気を感じます。

 国際的な組織犯罪という捜査も大変そうな事件であるにもかかわらず、解決までのテンポが異様に早かったことも怖かったですね。

 いえ、姫乃の事件の直後に内務省正常社会保全局の人が登場していますし、内偵が進んでいたのかもしれませんが。

 このエピソードの続きはあるのですかね。「バビロン塔」等、気になるキーワードが出てきましたし、是非続きを見てみたい気がします。

 

 

 魅力的な架空の世界を通して、我々の世界のいろいろな面を映し出すこの漫画。

 作中世界のアレコレに関しても、我々の世界に関しても読むたびにいろいろと考えてしまいます。

 物の見方や考え方そのものに対して考えさせられることもあって楽しませていただいております。

 相変わらずウィットに富んだ風刺も多く、今巻では「『企業もユーザーもWINWINの自動設定』な高齢者向けスマートホン」という表現がツボにはまりました。