コミックコーナーのモニュメント

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ビューティフルピープル・パーフェクトワールド2巻 感想


ビューティフルピープル・パーフェクトワールド(2)

 

 整形医療のみが大きく発展した「美しい世界」で、それでも変わらない人間の醜さと、歪さと、やるせない思いを描くビューティフルピープル・パーフェクトワールド2巻の感想です。

 なお、今回の見出しのタイトルは、漫画の各話のタイトルをそのまま使っています。

 

どうして整形しちゃいけないの?

 中学1年の7月、クラスの「整形済み率」が上がっていく中で焦る長谷さんのお話。

 「お揃いの顔」にする仲良しコンビや、外見上の若さが取り繕える世界の祖母、母、孫娘、親子三代間のやり取りだったり、私たちの時代と変わらない紙の文庫本の『羅生門・鼻』が出てきたりと、細かいところで世界観の味も感じました。

 長谷さんの気を露骨に引こうとする男子・菊池君とのやり取りや、大人としての建前や外観を取り繕う松嶋先生に対する反発、長谷さんなりの「好かれる子」についての哲学と、1巻1話目の「思春期」とは別のベクトルで思春期らしいエピソードでした。

 「思春期」のお話の中心だった山本さんや伊荻さんが、同調圧力なんて知ったことかと言わんばかりに、独自の考えを持っていたのに対して、長谷さんは同調圧力に圧されています。

 それでも、ただ考えもなく流されているのではなく、長谷さんには長谷さんなりの考えがある事がしっかりと描かれている部分が好きです。

 整形したら菊池君に告白しようと思っていた長谷さんが、ばっちり整形して登校した矢先、同じく原形をとどめないくらいの美少年顔に整形をしていた菊池君を前に固まってしまった点も面白かったです。

 告白の出端をくじかれたようなやるせない感じが何とも言えません。

 

ナチュラ

 私が一番嫌いなエピソードです。

 人間の矛盾や歪みは、これでもかというぐらいに描かれていますが、とにかく救いがないのです。

 主人公は、「整形をしない主義」の人々が共同生活をするアパート「なちゅらる」を運営する老人・真淵さん。

 美容整形をしていない「老人」そのままの外見は珍しく、真淵さんは街を歩くだけで好奇の目にさらされますが、その態度は堂々としたもの。なちゅらるのメンバーと平穏に暮らしていました。

 そこに来たのは新規入居希望者の佐久間さん。

 佐久間さんの母親は、大手芸能事務所社長で、その力を使ってやりたい放題。言いたいことをズケズケといい、一方で、言葉巧みに人を騙します。

 そんな母親に反発する佐久間さんも、弱者の皮を被りながら周囲を懐柔し、自分の意のままに誘導します。本人は「なんとなく」やっていそうなところが、なおのこと怖いです。

 ナチュラルの住人を巻き込んだ母親との壮絶な争いの果てに、なちゅらるを自分に都合のいいものにしようとする佐久間さん。

 なちゅらるの共同生活のルールをより極端に厳しくしようと提案する彼女の提案をオーナーである真淵さん自身が認めてしまったことで、なちゅらるは変わってしまい、それに耐えられなかった古参の住人も出て行きます。

 更に救いのないのがエンディング。真淵さんが公園で偶然再会したのは、整形により若々しく美しくなった元奥さん。

 「昔話の老夫婦が理想だって…整形させてくれなかったけど、あたしが年を取るにつれて…あなたは…あたしのことを女として、見てくれなくなった…!だから別れたのよ。」と、自分自身の矜持の歪みを突きつけられる真淵さん。冒頭では堂々としていたのに、恥ずかしそうに顔を隠すようになります。

 踏んだり蹴ったりの結末。何よりも、その原因が真淵さん自身の人を見る目のなさや、矜持の矛盾にあるというのが救われません。

 

終わらないストロベリー・デイズ

 疎遠になっていた大学時代の友達と、久しぶりに再会した原田菊花ことキッカのお話。

 この巻で一番好きなエピソードです。2巻は救いのない話が多かったので、純粋なキッカに癒されました。

 伏線自体はわかりやすく散りばめられていたものの、終盤で明かされたキッカ達の年齢が予想よりも上で驚きました。

 友人の1人、後藤ルミことゴルミに子供がいるとだけ言っておいて、その子供にさらに子供が生まれるという話が、ネタばらしの後に出てくる等、読者を引っ掛ける罠が巧みです。

 私が坂井先生の誘導通りに嵌まってしまった一因がキッカでした。

 「いつまでも若くいられるからあたし達、こうして楽しめるけど、キッカみたいな子は、だからこそいつまでも大人になれないのよ…」とはゴルミのセリフ。

 このセリフが言われた場面では、友達を笑いものにしたゴルミ達に怒って走り去るキッカが描かれていましたが、その姿から受ける印象は若い女性どころか、少女そのものでした。

 外見の年齢がその人の振る舞い方や、心にも影響を与えるということを説明すると同時に、実際にそういったことがあるのだというリアリティーを感じさせます。

 友達を陰で笑う友達に、素直に怒りを表現できる潔癖で純粋なキッカのキャラクターは、好感が持てると同時に、伏線を張りつつもその伏線の先にある答えから目をそらす効果的なフェイントでした。

 さらには、その潔癖さと一緒に抱えていた秘密を自爆で明かしてしまう場面。

 勇気をもって踏み出した矢先の大自爆と、一山こえた後に過去の自分を振り返って「なんて図々しい!」と評する所も、どちらも好きなのですが、ネタばらしの後に読み直すと、より一層言葉に重みを感じられます。

 前向きな終わり方も好きです。

 

あとかくしの雪

 「どうして整形しちゃいけないの?」でも登場した松嶋先生のその後のお話。

 1話目の続きと言えなくもないこのエピソードが暗澹としている分、2巻全体が暗く重たい印象になるのに拍車をかけている気がします。

 美しさという意味でも、社会的な評判という意味でも、自身の外観を完ぺきに取り繕いながら、それでも心が満たされなかった彼女。

 夫だけでは足りず、自分を慕う生徒たちでも足りず、「愛」を求めて浮気を続けた結果、彼女は破滅します。最後に彼女に引導を渡したのは山本さんでした。

 夫との離婚後、自宅の屋上で酒を飲んでいた彼女は、夜空を飛びながら歌う山本さんにイラつき、ワイングラスの中身を浴びせた上に、下りてきた彼女に掴みかかり、衝動的に羽をむしってしまいます。

 山本さんは転落し負傷。1巻4話では彼女の翼は朽ちていましたが、この時の怪我が原因で失われたのだとしたらやり切れません。

 「こんな羽じゃなくて、あたしが美人に整形すれば満足なんですか。」という山本さんの言葉は、先生がイラついた理由を的確に射抜いていますね。

 信じて磨き上げてきた「自分の美の意味」が揺らいでいたところに、外見の美しさには見向きもしないで翼を手に入れた山本さんが、楽しげに飛んでいたわけです。

 信じていたものが揺らぎ、しかも、それ以外に何もなかった松嶋先生には、自分の空虚さを見せつけられる思いだったのではないでしょうか。

 自分で自分のことを愛したくても、愛せなかったから、他人の愛を求め続けた彼女。

 他人に愛してもらうために「美しい自分」を作り上げても、それが「本当の自分」と乖離しているのでは、他人に好かれることを通して自分のことを好きになんてなれるわけがないですからね。

 自分の美貌を保つメンテナンスもやめて、山奥の一軒家に閉じこもっての生活。

 分厚い積雪と、夜の闇の重圧が感じられる家のカットは、彼女の心の重みがのしかかってくるようでした。

 ラストも衝撃的です。いろいろなものが感じられる余韻のある終わり方でした。

 

 

 綺麗ごとだけでは成り立たないのに、建前ばかり綺麗に取り繕おうとするのが人の世の常です。この漫画は、そうした人間の営みの醜い部分を的確に描いていました。

 曖昧な部分を残すことで、物語に余韻を出す手法がよく使われていましたが、何処かはかなげな絵の印象と、この手法はとてもマッチしていて、作品全体に味のある雰囲気が出ていました。

 しかし、まさに最終話になった「後かくしの雪」のラストでは、松嶋先生が何故春になっても病院に行かなかったのかが、喉の奥に刺さった小骨の様に、すっきりしない引っ掛かり方をしています。

 物語の終わり方としては綺麗でしたし、このエピソードで描くべきものも描き切っているため、松嶋先生の生死は物語を形作る上では重要ではないのかもしれません。それでも気になるものは気になります。

 既に物語に登場した人物だけを主役に使っても、いくつもの面白い話が作れそうなのに2巻で終わってしまった点も残念です。