コミックコーナーのモニュメント

「感想【ネタバレを含みます】」カテゴリーの記事はネタバレありの感想です。 「漫画紹介」カテゴリーの記事は、ネタバレなし、もしくはネタバレを最小限にした漫画を紹介する形のレビューとなっています。

天使にさようなら 山うた短編集 感想


天使にさようなら 山うた短編集

 

 心を抉って、感情を揺さぶってくる山うた先生の『天使にさようなら 山うた短編集』の感想です。

 

注意

 この記事は『天使にさようなら』だけではなく、山うた先生の別の著作である『兎が二匹』のネタバレを含みます。ご注意ください。

 

兎が二匹を彷彿とさせる物語の陰影

 『兎が二匹』はかなり好きな漫画ですし、このブログで感想・漫画紹介どちらの形式でも、最初に記事にした漫画だったので、そういう意味でも思い入れの強い漫画でした。

 やはり、その印象が強いせいか、意識しないうちから所々で比べてしまいました。

 「クレイジーミント」の「本当は魔法なんてないんだからね」のコマで、ミントの笑顔に影がかかっている演出では、朔朗が父親に捨てられた日の押し入れの場面が頭をよぎりました。

 「天使にさようなら」でクッションの中身の羽根をぶちまけているコマの天羽の表情には、すずの面影を感じましたね。

 この短編集の各作品の共通点とも言えますが、主人公たちの両親や、育ての親ポジションの人間が、露骨に悪人であったり、そうでなくとも強い確執があったりする点も共通していますね。

 その話で「描くべきこと」以外の部分がファジーな作風である点は、ページ数の少ない短編であるからか、兎が二匹の時よりも強く感じました。

 しかしながら、感情を揺さぶってくる部分の表現・描写・演出がしっかりしている点も相変わらずでしたので味わい深く楽しめました。

 下の項は特にお気に入りのエピソードの感想です。

 

クレイジーミント

 サイボーグボディの魔法少女・クレイジーミント41歳と、専属メカニックの医師・寺島学のお話。

 冒頭でのクレイジーミント登場の場面の直後に、寺島君の変態行為の場面になっていて、最初に読んだ時の印象は「1つ目の話の頭から飛ばしてくるなあ」というものでした。

 暑いと言いながらコスチュームを脱ぐ場面で、ジッパーの隙間から最初に見えてくるのが明らかに冷却用のファンである所や、彼女の心の闇を感じさせる笑顔に、山うた先生のセンスを感じます。

 サイボーグボディのインパクトに加えて、冷却の必要がある部位が通気性の悪そうな厚手の布に覆われている衣装は、魔法少女業界の闇を感じましたし、大笑いしながら自分の年齢と整形尽くし・機械まみれの身体について説明したミントの笑顔には言い知れぬ心の闇を感じましたね。

 特に後者の場面は、セリフと笑顔のミスマッチだけでなく、彼女の顔にかかる影の演出も加わったことで一気に闇が重たいものになった気がします。

 自分の利益しか考えないハーデス社長の策略によって、燃え盛る廃工場に閉じ込められたミント。

 これまで「クレイジー」ミントの名前に偽りなく、狂ったように自分を省みなかった彼女。しかし、その背景にあったのは「人に優しくされたい」という想いでした。

 それなのに、20年来の付き合いのハーデス社長に使い捨てにされて、殺されてしまう。果たして、すでに囚われの身の寺島君が、どうやって彼女の命と心を救うのかと思って見ていれば、あの展開は完全に予想外でした。寺島君の驚異の技術力。

 まさか単純な耐火性能で耐えきるとは。ただ、彼女の無事を願った寺島君のかけた「魔法」としては、びっくりどっきりな秘密兵器搭載なんかよりは、よっぽどふさわしいものですよね。

 病室で目を覚ました彼女が吹き込む風のやわらかさを感じた場面では、それができるだけの触覚が彼女の機械の身体に残っていることに安堵しました。この辺りにまで寺島君の愛を感じるのは妄想力を働かせすぎですかね。

 居場所のない人間が、ただあるがまま生きていて良いのだという事に気付くというテーマは、昨今目にする機会も多いのですが、「主人公の年齢が41歳」である事や、「体の8割を機械化している」という辺りの事情が、より重量級のインパクトになっていました。

 寺島君に命と心を救われた彼女。素敵なハッピーエンドですが、綺麗な結末を見届けた後で寺島君の変態行為を思い出すと、何だかもやもやするような変な気分になりました。

 

まなみは僕のそば

 物心ついた頃から霊感の強かった星アキラと、その守護霊であり恋人でもあるまなみのお話。

 扉絵と最初のページのやり取りの段階で、霊感のある人と幽霊の話であることに気付き、その時点で悲しいような切ないような気分になってしまいました。

 霊感が衰え、まなみを認識できなくなっていくアキラ。

 何故か霊感の診断もできる眼科での検査で、「例の気球」が出てきたところでは笑いました。

 アキラがまなみを認識できなくなってしまう場面で、最後のまなみの「大好きだよ」の吹き出しの震えや、滲んだフォント、下の方がかすれて消えていることに、何とも言えないもの悲しさを感じました。

 そして、時間は飛んで50年後へ。姿は見えなくても、声は聞こえなくても、手で触れることができなくても、アキラは添い遂げたのですね。

 単調な展開で、後半も一気に時間が飛びましたが、最後のページのアキラに寄りかかるまなみの表情で涙腺に凄まじいダメージが。

 この最後の一枚絵だけで、2人の半生であった色々な場面が想像できるような、想像したくなるような、そんな気持ちになりました。

 幽霊のお話は成仏して終わるような、生者と死者で別々の道を行くという展開になることも多いですが、このお話は最後まで突き抜けていたのが良かったです。

 本当に最後の2人の様子が、その後の50年の全てを語っているとでも言いましょうか。

 決してメリーバッドエンドではなく、ハッピーエンドの物語であるという説得力が絵に宿っていました。

 しかしながら、それはそれとして、やはり切なさも感じてしまうという反則的な最後でした。

 

[兎が二匹]番外編 間戸、有給を消化す

 『兎が二匹』本編を読み終わる前に読んだらダメなやつですねこれは。

 いえ、あちらを読まなければ、そもそも間戸がどこの誰なのかわからないのですが、そういう意味だけではなく、間戸が愉快な人過ぎます。最初にこちらを読むと本編の緊迫感とか、緊張感とかが台無しになります。

 本編の最後の方で、老後の間戸が、すずの写真やらメモやらがスクラップされたファイルを片手に「実にひどくこじらせた恋だった」等と回想していましたが、あの場面にすら突っ込みを入れたくなります。

 そのファイル、実は研究資料ではなく、単なるストーカーの趣味の品ではないですかとか。

 不死への憧れを「若気の至り」と言っていましたが、若かりし頃の自身のストーキング行為についてはどう思っていますか等。他にもうまく言語化できないもやもやが募ります。

 食中毒で倒れた部下のお見舞いに来て、純度100%のストーカー部屋に通された間戸の上司・田所所長の口からこぼれた絶望に満ちた「ああ…」に笑いました。彼の感じた絶望感が的確に伝わってきます。

 その後の常識と良識を優しく諭すような長台詞にも笑いました。

 

 

 「スマイルギプス」では、ロッカーの隙間から覗く矯正された笑顔が最高に気持ち悪かったです。※誉め言葉です。

 表題作の「天使にさようなら」は表紙だけではなく、内表紙や目次、全体のあとがきのページ、その他にも本編の後のユキと天羽の影がちらちらしていて、本編読了後に見ると感慨深いものがありました。

 兎が二匹でも物語完結後に作品解説のページがありましたが、ページ数の少ない短編だからこそ、おまけのキャラクター設定のページでの補完がありがたかったです。※クレイジーミントの2人のその後などは特に。「まなみは僕のそば」の「まなみは少し泣きました。アキラはまなみより泣きました」の一節も素敵でした。