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虚構推理17巻 感想


虚構推理(17) (月刊少年マガジンR)

 

 「岩永琴子の逆襲と敗北」編のエピローグとしての側面もある単話「死が二人を分かつまで」では、ついに九郎の心の内が明らかになります。

 さらに、雪女も再登場の新章「雪女を斬る」もスタート。虚構推理17巻の感想です。

 

琴子の呪い。九郎の想い。

 九郎が琴子のことを大切に思っているという事は、ここまでの物語でも描かれてきました。

 ただ、漠然と琴子のことを大事に思っていることがわかる一方で、その琴子への想いはいくつかのセリフで確認出来たり、表情からうかがい知ることがでたりする程度でした。

 彼がどのような想いを胸に秘めていたのかが、この50話「死が二人を分かつまで」で漸く明かされました。

 昼も夜も奔走し化け物達のために尽くし、それが死んでも化け物達はすぐに変わりを用意する消耗品の神様。そして、本人はそれに気づくための回路を奪われ、自身の危険へも無頓着。

 知恵の神というのは、鋼人七瀬と同じ「想像力の怪物」みたいなもので、化け物達の願いによって、想像力によって、琴子は本来の琴子から作り替えられてしまったのではないかという九郎の考察。

 今回、六花さんに指摘されるまで、自分がいずれ九郎を殺すことになるという事実に「知恵の神」というほど賢いはずなのに気付かなかったり、単に図太いというだけでは説明がつかないくらいに自分の身命への危機感だけがピンポイントで壊れていたりする琴子。

 これまで不自然に欠けていた全ての部分にピースが綺麗に嵌まりました。

 「ならせめて、そんな神様のそばにいて守る者がいてもいいでしょう。僕の秩序から外れた力はそのために授けられたのかもしれません」という彼の言葉で、これまでのこの物語で引っかかっていた部分にすっきりと答えが出た気がしました。

 今まで謎だった九郎の心情も、琴子に感じた人間として不自然な異常性にも、すっきりと説明がつくと同時に、六花さんに代わる「ラスボス」の姿が朧気ながら見えた気がします。

 

新章・雪女を斬る

 白倉静也という男性から、自分の先祖に纏わる謎を解いてほしいという依頼を受けた琴子。

 彼の家は代々無偏流という剣術を伝えていて、その流派を完成させた先祖・白倉半兵衛英昭(しろくらはんべえひであき)は、「雪女を斬った」ことで秘剣・しずり雪に開眼したのだとか。

 峠で刀を片手に侍を襲う雪女を斬ったという半兵衛の逸話と、静也青年の先祖である彼の養子についての事情、そして晩年の怪死についてと、無偏流にまつわるもろもろの謎を解く依頼を受けることになりました。

 知恵の神として琴子は介入しないわけにはいきません。静也青年は雪女の血が流れている上、それが色濃く出た先祖返り。

 おまけに本人もその事実にうすうす気付いている様子なのですから。

 これが今回の依頼に纏わる概要で、静也青年を丸め込むための合理的な虚構を考えなければいけないわけですが、それ以前に実際のところ何があったのかがまるでわかりません。

 というのも、「雪女のジレンマ」編を読んだ方にならご理解いただけると思うのですが、この漫画の雪女は、それはもう多様な能力を持つ強力な妖怪だからです。

 おまけに、琴子によって「自分の妖力を分けて(人間の)運動能力や動体視力を上昇させる」力を持っていた可能性まで示唆されているのですから。

 何もわからないというよりも、逆に可能性が多すぎて絞り込めないといった所感です。

 

疑問その1 雪女はなぜ峠で侍を襲っていたのか

 そもそも、雪女はなぜ峠で侍を襲っていたのですかね。

 琴子は侍に恨みがあって暴れていたのではと言っていました。※正確には静也青年がそのように考えるだろうという仮説としてですが。

 しかし、それなら別に「氷刀で切り殺す」必要はない訳です。吹雪でも起こせば間合いの外から一方的に凍死させられます。

 刀で侍と戦う理由に真相への手がかりがありそうです。侍とチャンバラができる時点で、この雪女に剣術の心得があったこともわかります。

 そもそもの話、峠で大量殺戮する妖怪などというのは、完全に知恵の神が出てくる案件の筈です。

 にも拘らず、この雪女は噂がたってから3か月も放置されていました。当時の知恵の神はなぜ介入しなかったのでしょう。

 あるいは、「峠で侍と刀で戦う」という手段が、知恵の神が知恵を貸した結果である可能性もあり得るかもしれません。

 刀で殺害するという手段なら、雪女を騙る凄腕の女剣客だったという話にすれば丸く収まりますし。

 

疑問その② 半兵衛の養子・白倉勇士朗の謎

 半兵衛の養子であり、静也青年の直接の先祖である白倉勇士郎。本人にも記憶はなく、どのような経緯で白倉家に養子に来たのかは不明とのこと。

 この勇士朗が雪女の血を引いていること自体は間違いありません。

 問題は半兵衛との関係性ですね。

 半兵衛は血縁を頑なに否定していたそうですが、特徴はよく似ています。色白で美形。そもそも、雪女と半兵衛の外見の特徴の時点で似通っています。

 作中では半兵衛と雪女の子ではないかと匂わされていましたが、ミスリードの可能性もあります。

 ミスリードだとしたら、半兵衛自身にも雪女の血が流れていたという説はどうでしょうか。その場合、自分の子孫だったから殺さなかったという様に、半兵衛が雪女と戦って生き残ったことにも説明がつきます。

 

疑問その③ 半兵衛の怪死

 これについては当時の事情について知っていた室井さんちの雪女から「自害したようで」と証言がありました。

 残る問題は自害した理由と、最後に言い残した「ゆきおんな」という言葉の謎です。

 半兵衛と関わった雪女は彼女の姉らしく、その姉も亡くなっているそうです。

 この場合、死の前後がポイントになりそうでしょうか。雪女が死んでから半兵衛が死んだのか、半兵衛が死んでから雪女が死んだのか。

 半兵衛は雪女の妖力で力を分け与えられて秘剣・しずり雪が使えていたという事ならば、雪女が死んでしずり雪が使えなくなれば、それが自害の理由になるかもしれません。何せ命懸けで追い求めていた秘剣であり、現在の自分の地位を作った力でもあるわけです。

 

無偏流と雪女の関係についての仮説

 このように、色々な可能性が考えられますが、現在の情報から当時起きたことの真相を絞り込むことはできませんでした。

 ただ、その上で引っかかったことがあったので、そこから1つ仮説を立ててみました。

 仮説は上記の疑問その1。雪女が峠で侍を襲っていた理由です。

 それは、「秘剣・しずり雪を伝承するのに相応しい相手を探していたのではないか」というものです。

 琴子が話を聞きに来た際に、室井さんちの雪女は「私は無偏流剣術を使うものと浅からぬ関わりがあります」と言っていました。

 そして、その後に「その半兵衛という男とも私は何度か会っております」とも言っているのですよね。

 彼女は姉に頼まれて、半兵衛を訪ねたそうですが、それだけならば「半兵衛を訪ねたことがある=無偏流との関わり」という事になり、こんなに持って回った言い方をする必要はない気がします。

 「半兵衛という男とも」と言っているのです。「とも」と。つまり、他にも無偏流との関わりがあったという事です。

 半兵衛は無辺流を完成させた人物ですが、開祖は別にいます。

 秘剣・しずり雪を完成させるために修行の旅に出て失踪した開祖・井上又右衛門正勝(いのうえまたえもんまさかつ)です。

 又右衛門は、修行の旅に出た後、室井さんちの雪女の姉である雪女と出会ったのではないでしょうか。

 そして、そこで、秘剣・しずり雪を完成させたのです。

 しかし、その剣術の理を人に伝える前に、果てたとしたらどうでしょう。

 雪女は惚れっぽく、惚れた男に尽くしたがる特性があるらしいことを琴子が言っていました。

 だとすれば、惚れた男の無念を晴らしたい、彼が生きた証を残したいと思うのではないでしょうか。

 峠で侍を切り殺せるほどの剣術は、又右衛門に教わったのかもしれません。

 もしくは、雪女は人間よりも身体能力が高いそうですし、無辺流は教えが明瞭な理論派剣術。又右衛門が死んだ後に、書き残した指南書を見て修行したのかもしれません。

 いずれにしても、彼女は惚れた男が生涯をかけて完成させた剣を伝承します。そのために伝えるにふさわしい相手を探していた所に半兵衛がやって来たのだとしたら。

 半兵衛が選ばれた理由は、見込みがあったからかもしれないし、無辺流の剣士だったからかもしれないし、雪女の血を引いていたからかもしれません。

 ただ、雪女の一途な想いと、尽力のおかげで、無辺流の秘剣・しずり雪を後世に伝承することができたのだとしたら、雪女への恩義を度々述べていたり、峠で雪女の犠牲になった者たちの供養をかかさなかったりといった半兵衛の態度にも、納得できる気がするのです。

 

 

 相変わらず雪女がかわいいです。

 室井さんちの雪女は、私が様々な創作物上で見たり読んだりした雪女の中で一番好きですね。

 室井さんも、琴子に「雪女と半兵衛の間に生まれた子」の話を聞いて動揺している様子が面白かわいかったです。

 2人の中が進展しているようで何よりですが、此度の依頼の結末は、2人の未来にも関わってきます。ハッピーエンドを希望します。

 室井さんと琴子のやり取りと言えば、琴子が義眼に仕込んだ春画プロジェクターにも笑いました。コメディーパートの一発ギャグみたいなものですが、琴子ならやりかねないと本気で思ってしまった点が笑いのツボでした。