メランコリア 上 (ヤングジャンプコミックスDIGITAL)
メランコリア 下 (ヤングジャンプコミックスDIGITAL)
道満清明先生の描く、絵柄にも、物語にも、というよりも漫画としての構成要素全般に独特の癖と味のある連作短編集にして群像劇。メランコリア上巻と下巻の感想です。
メランコリアという漫画の構成上、上巻と下巻それぞれの感想ではなく、上巻および下巻の感想その①とその②という形になっています。
ニッケルオデオンを彷彿とさせるも一味も二味も違う連作短編集
道満清明先生の連作短編集と言えば、以前に『ニッケルオデオン』を読んだことがありました。
当時は、あの極端に短い短編の形式や、その形式ゆえの細かい説明の放棄や、色々とマニアックな題材を多用する作風に衝撃を受けました。
この『メランコリア』も突っ込み不可避の無法地帯のようなショートショートです。
『ニッケルオデオン』に興味のある方はこちらの記事に簡単な説明がありますので、宜しければご覧くださいませ。
あちらは1話辺り8ページで、この短さだと説明などにページを割いてしまうと物語が描けなくなるので、世界設定などについては考えるな感じろという有様でした。
今回は12ページ。少し増えたものの相変わらずの短さです。
しかし、今回はニッケルオデオンとはかなり印象が違いました。
いいえ、読み始めた頃はニッケルオデオンと同じ感覚で読み進めていたのです。1話当たりのページ数の少なさゆえの説明放棄ぶりや、ポップアートのような漫画絵としては癖のある絵柄、短編の主題に添えられたり、主題でもないのに挿入されるマニアックな蘊蓄だったりと、ニッケルオデオンを彷彿とさせます。
まあ、半分ぐらいは作品単位の特徴というより、道満清明先生の作風である気もしますが。
ニッケルオデオンと明確に違うのは、全体に物語としての筋がある事です。
ニッケルオデオンも話と話の間にリンクする部分がありました。ある話の登場人物が別のエピソードで再登場するといったこともありました。
しかし、今回のメランコリアはもっと明確に物語と物語につながりがあります。
それぞれの話ごとに登場人物がかわり、個々の癖の強いショートショートが繰り広げられるのですが、あるエピソードで貼られた伏線が別のエピソードで拾われたり、あるエピソード内で突如失踪した人物が別のエピソードに絡んできたりと、バラバラに散りばめられた点が、線でつながりながら、世界の終末というクライマックスへと向かうのです。
ただでさえ癖の強い話が多いのに、あっちへこっちへと話題が転がりながら少しずつクライマックスへ向けて話が収束していく様に、不思議な魅力がありましたね。
横から見た時は立体的な現代アートがいくつも並んでいると思っていたものが、上から見たら1つの平面の絵になっていたことに気付くような感覚とでもいいましょうか。
ここからは上巻に収録されている範囲のお気に入りのエピソードの感想です。
figure.3 Cutthroat………〔殺し屋〕
単体のエピソードとしては1、2を争うぐらい印象に残ったお話です。
殺し屋と、殺される人のお話なわけですが、殺される側・売春組織の元締めのお姉さんの覚悟の決まった目元がとにかく印象的でした。
モブ被害者2人の泣き顔といい、ポップな感じにデフォルメされた画風であるにもかかわらず、表情描写が素晴らしいです。
最後の1ページ「あとはよろしく。86位さん」の1コマの横顔が特に。
妹を救うために、自分の命を賭けるどころか、自分の命を捨てることが前提の賭けをしたお姉さん。
1人目と2人目の被害者を淡々と作業的に殺していた冷血な殺し屋が、お姉さんの真意と覚悟を知った最後の最後に動揺するのが良かったですね。
彼がどんな心境だったのかは全体の物語がクライマックスになったfigure.25で語られるわけですが、まさかあんなタイミングで、あんなつながり方をするとは完全に想定外で、そこも衝撃的でした。
figure.4 Do not disturb………〔入室を禁ず〕
とある島のホテルで勤務しているメイドさんを彷彿とさせる褐色の先輩が出てきますが、事件に巻き込まれたのはもう1人のメイドさん。※とある島のホテルについては道満清明先生の『ヴォイニッチホテル』を読んでください。
彼女は小説家の亡霊に呪われて、ホテルの一室に監禁され、小説の原稿を書き上げなくてはならなくなります。
私としては、ホテル側の都合を完全に無視し、自分で部屋の中に誘い込んでおいて「無作法なメイドは警告を無視」しただの「安眠を妨げた」だの言って呪いをかける亡霊に腹が立ちました。
いえ、そこが突っ込むポイントでないことはわかっていますが、自分の都合に他人を巻き込むために罠を張っていたのに、被害者ぶっているのが妙に気に障ったもので。
まあ、自分勝手な物言いにさえ目を瞑れば、この亡霊はかなり愉快なキャラクターでした。
メイドさんの背中に憑りついて、恐ろしい形相でおぶさりながら、若い娘の読者のためにロマンスシーンを挟もうとしたり、半吸血鬼の美青年を登場させようとしたりします。「何故ハーフ!?」というメイドさんの問いに「ワシも知らんがそっちの方が受ける」と俗っぽい発言をするのがシュール。
呪いから逃れるために、行き当たりばったりで小説を書くうちに、小説の内容があっちへと転がりこっちへと転がりどんどん収拾がつかなくなっていく様は、まるでこの漫画の混沌ぶりを暗示しているかの様な印象を受けました。
まあ、この小説は後に大ヒットすることになりますし、この漫画の混沌とした様は計画づくであるのはわかりますが、話があっちへこっちへととんでもない転がり方をする点は、とてもよく似ていると思います。
figure.8 Handspinner………〔ハンドスピナー〕
猫型宇宙人初登場の回。※厳密には違いますが。
宇宙人を目の前にしてもその存在を否定する少女・八百津さん。そして、宇宙人から彼女へ信じられない気軽さでプレゼントされるハンドスピナー型の使い捨てタイムマシン。
なんでハンドスピナーかに理由を求めても仕方がないことはわかっています。シュールです。
しかし相変わらずの急展開。八百津さんと一緒に天体観測をする仲だった依田君が、終業式に銃乱射事件を起こします。
タイムマシンで過去へ戻って依田君を説得するという選択が頭をよぎるものの、依田君が「何をされているか知ってて」それなのにクラスに顔を出すように言ってしまった自分なんかが説得できるはずがない、自分も彼を追い詰めたのだと絶望し、タイムマシンを放棄してしまいます。
彼女は、依田君の「話したいことがあるんだ。終業式の日、式をさぼってここで待っていてくれないかな」という言葉に「まさかね…」と期待して、浮かれてはしゃいでいた自分を責めていました。
しかしながら、依田君はあの時点で既に終業式で何をするかを決めていて、八百津さんを巻き込みたくなくて式をさぼる様に言っていたようにも思えました。
ただ、私が一番衝撃を受けたのは最後の1コマのテレビ番組だったりします。
アンパン〇ンだとヒーローですが、マンアンパンにすると途端にクリーチャーらしくなりますね。こういう事に気付けるセンスが素敵です。
figure.10 Juvenile………〔少年期〕
ツチノコを探していて見つけた古い社で神様にお参りしちゃったら女の子になってしまった神原くんと、その友達の宮城くんのお話。というわけでTS(トランスセクシャル)ですね。
カンバラ君といういじめっ子が2話で登場していましたが、この神原くんだとすぐには気付けませんでした。性別だけでなく、だいぶ印象が変わっていたもので。
2話目では、カンバラ君は女子の前で強さをアピールするためにタケル君をいじめるクズとされていましたが、実は女子にアピールしたいのではなく、タケル君のことが好きだったと。
2話を読み返してみると、彼のいじめっ子然とした表情の中に1コマだけ内心の動揺が窺えるコマがあったり、クラスの女子が過剰にモブ然として描かれていたりしました。芸が細かいですね。
こういう部分もこの漫画の楽しい所だと思います。新展開や新事実が出た後で振り返ると、さりげなく伏線が張ってあったことを確認できて、それまでの見方ががらりと変わる感じが楽しいです。
神原くんが秘めていた恋心が周囲にばれていたことが判明した1コマの恥ずかしがり方が面白かったですね。
羞恥のあまりのたうち回る神原くんに、「クラスの3分の1くらいは」と無表情のまま追い打ちをかける宮城くんの温度差がツボでした。
物語が進むにつれて、段々と世界の終末の足音が近づいてくる演出がいいです。
感想その②へ続きます。