メランコリア 上 (ヤングジャンプコミックスDIGITAL)
メランコリア 下 (ヤングジャンプコミックスDIGITAL)
いくつもの物語に伏線が散りばめられ、そのいくつもの物語が交差したり、しなかったりしながら世界の終末というクライマックスへと向かうショートショート群像劇。
メランコリア上巻・下巻の感想その②です。
感想その①はこちらです。
ここからしばらくは下巻に収録されているお気に入りのエピソードについての感想です。
figure.14 Nursery story………〔おとぎ話〕
夢見る不思議ちゃん人魚・イサキと、彼女とは腐れ縁の地に足つけて暮らしている人魚・ラブカのお話。※人魚なので地に足はついていませんが。
駅伝に憧れて、ご禁制の薬で足を生やすことにしたイサキ。それまでの生活を捨てて、声を失う代償まで支払う行為なのにノリが軽いです。
自由気ままに生きるイサキにイライラしつつ、彼女にかまってしまうラブカ。
ラブカがイサキにイライラしていたのは、振り回されることが迷惑だからという以上に、やりたいことをして自由に生きるイサキが眩しかったからですね。
しかし、足を生やす薬を飲みながらも、何故か声を失っていなかったイサキの足は壊死しはじめ、イサキは足を失うことに。
ラブカは軽薄な彼氏と別れ、薬剤師としての職を失い、声を代償にして、彗星の衝突による滅亡が確定している地上での生活を選びます。
2人の友情が尊いです。いえ、もしかしたらもう少し踏み込んだ関係なのかもしれません。この話だけだと断定はできないどころか、そう匂わせる要素はありませんが、道満清明先生の漫画だと百合やら薔薇やらの発芽率が高いので。
なんにせよ、声優という次の夢に向けて頑張るへこたれないイサキと、筆談で毒を吐きつつも彼女を支えるラブカという終わり方が良かったです。
figure.15 Oui………〔応為〕
タイムマシンが登場する漫画とはいえ、まさか江戸時代に話が飛ぶとは思いませんでした。再び登場の猫型宇宙人の2人。
葛飾北斎ではなく、その娘の葛飾応為というキャステイング。彼女の江戸時代の人間とは思えないSF展開への適応力。
江戸時代の人間には早すぎた漫画文化の流入。
「エロい」という言葉の謎の伝達力。
江戸のエロ漫画ブーム。その終焉というオチ。
全体的に面白かったのですが、中でも一番笑ったのはメタネタですね。
やたらと具体的な漫画雑誌の表紙と、作品単位で特定することが容易な特徴のあるイラスト。
自分が一番好きな雑誌としてゲッサ〇を勧めるも、相方に突っ込まれて、ウルジャ〇も渡し、「どっちも甲乙つけがたい面白さ」と露骨にお茶を濁す猫型宇宙人が笑いのツボに入りました。※ゲッ〇ンは『ニッケルオデオン』が連載していた雑誌で、ウルトラ〇ャンプは『メランコリア』が掲載されていた雑誌ですね。
figure.22 Vocation………〔使命〕
猫型宇宙人の2人もしくは2匹・フレーメン部隊は、彼らの故郷である天の川銀河の中心、ヤコブソン機関へと一時帰還します。ヤコブソン器官ではありません。ヤコブソン機関です。こういうセンスが素敵です。
そして、物語の冒頭・figure.1に登場した猫・モーアルが持っていた星のステッキも登場。ヤコブソン機関の技術者が「魂を切り離し圧縮した次元断層に」と解説していましたが、フレーメン部隊の片割れにさえぎられたせいで、詳細はわからずじまいです。
フレーメン部隊の内1人は自分たちがわざわざ地球を守ることに懐疑的。もう1人は地球の文化が大好き。相変わらずのゲッサ〇推しと、取って付けた様なウルジャ〇へのフォローに笑いました。
星のステッキも出てきましたし、フレーメン部隊の2人が故郷でも宇宙服を脱がずに顔を見せなかったことも、もうあからさまなぐらいに伏線なわけですが、最終的に私の予想は外れることになりました。
figure.23 Wriggler………〔うごめくもの〕
タイトルの通りの黒幕判明回。
タイムワープすら可能なヤコブソン機関の技術力でも原因が不明だった地球へのメランコリア彗星の急接近。それがまさか、更に高次の存在によるものだったという急展開。
ツチノコさんの正体が、ウロボロスだったというのは、figure.20でやっていたのですが、まさか2つに分かれていたとは。その片割れだけでもヤコブソン機関の技術力をも超越しています。
しかし、一番驚いたのはfigure.1で登場した少女・サトミの願いが終末のきっかけであったという展開でしょうか。figure.1での彼女は世界の終わりに巻き込まれた側の立ち位置だったので意外すぎる展開です。
ウロボロスは世界を滅ぼすことそのものが目的ではなく、世界を滅ぼすことで、それを防ごうとするフレーメン部隊にタイムワープを何度も繰り返させて、「綺麗な輪廻(わっか)」を作ることが目的だったという動機も想像の斜め上ですね。世界の終末の原因がわかったばかりだというのに畳み掛けてきます。
そして、この回のラストシーンで時間は巻き戻り、サトミは再び交通事故に遭う訳ですが、
この猫、figure.1で登場した飼い猫のモーアルとは尻尾の模様が違うのですよね。
意外なつながりが絡み合いつつクライマックスへ
これまでの登場人物たちの意外な関連性が明らかになり、世界の終末に関わる人たちも、そうでない人たちも、次々に登場しながら物語がクライマックスへ向けて収束していく感じが素敵でした。
断片的に見えていた部品が綺麗に組みあがった全体像。そのお披露目のワクワク感。
私にとって完全に理解不能の猟奇エピソードだったfigure.4 Internal organs………〔内臓〕が、まさかここで絡んで来るとも思いませんでした。好きな子の臓器を抜くのが女子高生の間で秘かにブームって嫌すぎるブームですね。
猫のモーアルの正体がフレーメン部隊の片割れであったことは予想通り。
予想外だったのは、彼が地球を守ることに懐疑的だった方の猫だったことですね。やられました。
相棒が死に、自身も故郷へ帰る手段を失った彼の心中は察するに余り有ります。それでも、先に1つだけ突っ込ませてください。
流石に「忘れっぽい地球人」でも、巨大隕石による地球滅亡の危機を忘却したりしませんよ。あらゆる手段が使われて人類史に残り続けることでしょう。
メランコリア彗星を巡る一連の出来事を地球人がいずれ忘れてしまうだろうことを寂しく思った彼は、相棒の活躍を原稿にまとめあげ、この漫画の作者である道満清明先生へと送り付けます。
これ自体は使い古された話の結び方ですが、これはつまりfigure.19⁻bで登場した漫画家が道満清明先生であったことになり、自分で自分の漫画のことをカルトな作風と言っていることになります。
あまつさえ、お嬢様によって、テロリストになった元刑事さんとの脳内カップリングもされていることになりますね。
そう思うとクスリとくるものがありました。
そしてfigure.1へ
そして、話はぐるりと輪っかになって、figure.1に戻ってくるのですが、結局のところ、フレーメン部隊の生き残りである猫・モーアルはサトミに何をしたのでしょう。
モーアルが持っていた星のステッキ。
これはヤコブソン機関の超技術によって造られたアイテムですが、「魂を切り離し圧縮した次元断層に」という断片的な説明しかわかっていないので、そこから1つの正解を導くことはできません。それでも、ある程度の推察は出来ます。
ウロボロスが作った「輪っか」、つまり、メランコリア彗星による世界の終末とフレーメン部隊のタイムワープによるやり直しの繰り返しも終わり、最終話のラストシーン以後のルートでは世界の終末も来ないでしょう。
タイムパラドックス的なことがどうなっているのかは不明です。繰り返しのループは抜けたので、終末を回避した世界と、終末が来なかった世界で枝分かれしてパラレルワールドになるのでしょうか。
ただ、わかっているのは、終末を回避した世界では、サトミが事故にあった時点で死んでしまうという事。
世界の終末が迫る中で、サトミは余命いくばくもない状態で入院していましたが、終末を回避した世界ではサトミは死んでしまっています。
これはfigure.11の冒頭の場面で分かります。実はこのfigure.11、「輪っか」から抜け出した後の話なのですよね。
世界の終末が来る世界ではサトミは入院していて、車に轢かれてすぐには死んでいません。
しかし、figure.11でキッドナップは初陣の時に「女の子が車に轢かれて死んだんだ」とサトミのことを話しています。
彼の思い違いでしょうか。いいえ、違います。断言できるのは、サトミのヘアピンのデザインが「星のステッキ」になっているからです。
サトミが事故に遭う前後の場面は何度か出てきますが、ヘアピンのデザインが、ただのヘアピンになっているものと、星のステッキ型のヘアピンになっているものがありました。
物語の最後にモーアルの持ってきた「星のステッキ」は、ヘアピンの形で、死にゆくサトミの頭に取り付けられたのです。
サトミとモーアルの魂は肉体から切り離されて、圧縮された次元断層とやらの中で、現実の世界とは違う時間の流れの中で、実際に10年分の人生を生きたのでしょう。
サトミの聴いた「終末のサイレン」と、現実の世界の救急車のサイレンが重なる演出がありました。音が聞こえたり、音が止んだり。
これは現実の世界との距離というべきか、時間の流れる速さとでも言うべきものが、近づいたり、離れたりしていたのではないかと思っています。
「今度の10年は有意義に使ってくれよ」というfigure.1のラストシーンでのモーアルのセリフからも単なる末期の夢などではないことが伺い知れます。
モーアルがサトミと一緒に扉を潜った1コマでこのfigure.1は終わりますが、彼はサトミが自分の人生に納得するまで、その世界でサトミに寄り添い続けるのでしょう。
作中で言われている通り、おおむね丸く収まった感じですが、名残惜しい気持ちもあります。
私としては、勘違いの失恋の末に輪廻の彼方に旅立ってしまった千里さんのその後と、figure.11で失踪した刑事さんと不治の病の少女が、終末のこない世界ではどうなったのかが気になりますね。
あっちへこっちへと展開が跳ね回る漫画に振り回されつつ、少しずつ組みあがっていく物語を見守るのは楽しい体験でした。