コミックコーナーのモニュメント

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虚構推理18巻 感想


虚構推理(18) (月刊少年マガジンR)

 

 江戸時代の剣術家・白倉半兵衛。晩年「ゆきおんな」と言い残して謎の死を遂げた男と、その男が完成させたという無偏流に纏わる謎に琴子が挑みます。

 果たして、琴子は自分が雪女の血を引くことにうすうす感づいている白倉静也青年を納得させることができるのか。「雪女を斬る」編クライマックスの虚構推理18巻の感想です。

 

合理的な虚構、雪女=白倉半兵衛の女装説

 琴子が雪女の存在を否定しつつ謎を解くために提示した解決案「雪女=白倉半兵衛の女装」説。いつもの琴子の「合理的な虚構」なわけですが、今回の白倉半兵衛が雪女に化けて侍を斬り、秘剣会得のための修行としていたという考え方は盲点でした。

 前の巻で、白倉半兵衛が雪女と似た容姿をしていたという情報があったので、白倉半兵衛自身にも雪女の血が流れている可能性を考えたり、前の巻の感想では書きませんでしたが、実は雪女が人間に化けて白倉半兵衛として振る舞っていた可能性なども考えたりしていたのですが、これは完全に盲点でした。

 「白倉半兵衛=雪女の男装(本物とすり替わり)」説は考えていたのに、「雪女=白倉半兵衛の女装」説はまったく思いつきませんでした。

 合理的な虚構を成立させるには、雪女の存在を否定した上で解決案を組むことは必須なのですが、やはり、読者の私としては、無意識に「雪女が実在している」という前提条件で考えてしまい、この解決案はまったく思いつきませんでした。

 

「完成された無偏流をお主の手で人の世に広めてくれ」のセリフで痺れる。

 半兵衛と雪女の峠での戦いの後の場面。

 上のセリフで痺れました。いえ、その場面に感動したという意味ではなく、自分の推理が当たっていたことに快感を覚えました。

 11巻のスリーピング・マーダー編を読んだ時の様な完全正解に近い形でもなく、雪女が峠で侍を斬っていた理由が当たっただけなのですが、やはり、自分自身が納得できるかどうかの1点ですね。ミステリーで真相的中した時の気持ちよさは。

 

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 前の巻の感想はこちらです。「無偏流と雪女の関係についての仮説」の項に前の巻を読んだ時点での推理を書いています。

 

 前の巻を読んで今回の事件について考えていたのは、もう何か月も前なのですが、上のセリフを読んだ瞬間に、私の脳内でなんらかの快感物質が溢れるのを感じました。

 ここより後の展開で、秘剣・しずり雪を完成させたのは開祖の又右エ門ではなく、この雪女であることが判明したり、当時の知恵の神はまったく話に絡んでこなかったりと、私の考えていたものとは細部がいろいろ違うことも判明します。

 雪女と又右衛門の関係に思い至ったにも拘らず、雪女の血を引く半兵衛の養子・勇士郎が2人の孫であることに気付けなかったのは、我ながら不覚でした。

 しかし、この場面を初めて読んでいた当時の私にとって、それらはもっと後の別の話。

 「やった!」と思った瞬間は凄く気持ちよかったですね。

 

雪女姉妹

 以前の感想で、室井さんちの雪女(※以降は雪女(妹)と呼びます)についても書いたのですが、この漫画に登場する雪女は、様々な創作物に登場する雪女たちの中でも特に魅力を感じています。

 怪異として強力な力を持っている割に、妙に人間臭かったり、かと思えば、人とは違うものの人外感もしっかりあったり、人間との絶妙な距離感や、そのキャラクターも含めて総合的にお気に入りです。

 何より、とてもいい表情をするのですよね。

 「雪女を斬る」編で登場した峠の雪女(※以降は雪女(姉)と呼びます)も魅力的でしたね。

 

剣術に嵌まった雪女(姉)

 旅に出たまま行方不明になっていた無偏流の開祖・又右衛門。雪女(姉)はその最後の弟子でした。

 又右衛門は寝ても覚めても剣術のことばかり考えている様な人間で、雪女(姉)の正体にも頓着しないかなり癖の強い人物でした。

 「面白いやつであった」とは彼を評した雪女(姉)の言葉ですが、この雪女(姉)も又右衛門に負けず劣らずの面白い人でした。

 人間の様に闘うために必要なわけでも、身を立てる手段になるわけでもないのですが、又右衛門の剣術修行に付き合う内に、剣術に嵌まります。

 雪女(姉)は又右衛門との間に子を成していますが、又右衛門に惚れたから剣術を好きになったのではなく、剣術修行を通して又右衛門とそういう仲になった印象ですね。

そして、雪女(妹)ともまた違った面白おかしく可愛らしい表情の数々。

 修行中の又右エ門を脅かしてやろうと近づいたら、木刀を突きつけられ、そのまま訳も分からない内に剣を握らされ、構えさせられたと思ったら、はたき落とされた時のびっくり顔。

 武士道に反するから、立ち合いでは妖力を使うなと言われた時の1コマ。「ぶしどう…」と呟きながら、言葉の意味合いを分かっていない様な、その割に何故か納得もしている様な謎のリアクション。

 又右衛門に剣の振り方を教わり、初めてうまく振れた時の嬉しそうな顔。

 個人的に一番好きなのは、うまく振れた直後に調子に乗って変な剣の振り方をして、又右衛門に怒られた時の顔でしょうか。

 隣のコマの又右エ門の怒った顔と、怒られた雪女の顔が並んでいます。セリフも、描き文字もない画でしたが、読者の方でセリフを入れたり、オノマトペを付けたりしたくなるような、不思議な面白さの絵でしたね。集中線の活かし方が凄いです。

 自分が30年以上かけてしずり雪を会得し、又右衛門の無偏流を完成させたという話を半兵衛にした時に見せた笑顔も素敵でしたね。

 この漫画の雪女は本当に魅力的でいい表情をします。

 

食いしん坊の雪女(妹)

 雪女(妹)は、江戸時代に起きたこの事件の生き証人であるわけですが、半兵衛と雪女(姉)の秘剣・しずり雪伝授のための修行パートでの存在感が凄かったですね。

 剣術の修行にはまったく関係しないですし、ページ数や、コマ数あたりの登場率はそれ程でもないのに、出てくるたびに食いしん坊の印象を更新していきます。

 雪女と半兵衛がシリアスなやり取りをしていたすぐ横で、舌なめずりをしながら鍋をよそっていたという登場の仕方には笑いました。

 直前の「ああ、我が剣に誓って」と、その次のコマの「それで、先日から飯時に現れるこのものはいったい…?(もう5杯目だ…)」の温度差が酷いです。相変わらず食べ物を前に凄くいい笑顔です。

 半兵衛の死に纏わる場面でも、シリアスパートの導入なのに「食い意地の張った…」で半兵衛に覚えられていることに笑いそうになりました。

 

豆腐百珍

 17巻の巻末おまけまんがで室井さんが読んでいた『豆腐百珍』。

 江戸時代に出版された料理本のベストセラーで、豆腐を使った料理のレシピが100品も載っているそうです。※室井さんが読んでいたのは現代語訳版です。

 今回、雪女(姉)が58話・144ページで、豆腐ののったまな板を前に、何やら本を開いていましたが、これはこの『豆腐百珍』ですかね。

 何せ豆腐ですし、ベストセラーらしいですし、そういうことですかね。

 物語の筋にも、ミステリーとしての謎解きにも全く関わりがない1コマですが、雪女(妹)は江戸時代の姉と、現代の室井さんが、同じレシピ本で料理を作ったことには気付いていないだろうなあ等と妄想していました。

 

ミステリーとしてだけでなく、エンタメ作品としての完成度が素晴らしい。

 今回の「雪女を斬る」はミステリーとしてはもちろん、エンターテインメントとしての完成度が素晴らしかったと思います。

 原作者の城平先生は、あとがきで「ミステリ漫画ではないと思われそうです」とおっしゃっていましたが、私としてはどちらの意味でも大変満足でした。

 56話・57話での半兵衛と雪女の峠での戦いは、もう描写が本職のバトル漫画顔負けのものになっていました。

 剣術家同士の戦いの剣筋や、体の動きがしっかりと分かるような構図で描かれ、その上で絵としても美しい。ここぞという所で迫力のある見開きが使われ、それ以外も細かく丁寧で、かといって、冗長にはならず、雰囲気もとてもよく出ていました。

 56話最後の1枚絵、「秘剣『しずり雪』」と剣を構える雪女(姉)の一枚は、絵から感じる圧が凄かったです。

 半兵衛の悲恋の結末にして、ミステリーとしてのクライマックスでもある半兵衛の死の真相の場面も素晴らしかったです。

 事実上の自死に至った雪女(姉)も、そのことに絶望した半兵衛も、2人がその感情を抱くに至った理由や、気持ちの重みに、すっきりと、あるいは、ずっしりと納得ができるだけの描写がされています。

 雪女(妹)に、雪女(姉)が死に至った理由を聞き、固まり、目を見開き、呆け、俯き、その合間に思い出したかのように質問を呟く半兵衛。

 「もう一度くらい、俺に顔を見せに来てくれてもよかったではないか」に感じる気持ちの一方通行の残酷さ。

 その直後の見開き2枚の慟哭じみた告白。

 雪女の死の重みに、その理由に、かなわぬ恋だったことはわかっていても、まったく自分の想いが届いていなかったことに、絶望する半兵衛の感情を追えました。

 死に際の最後の一言が「ゆきおんな」であったことも、ミステリーのロジックとしてだけ考えるなら、真相への伏線というよりも、ミスリードのためのものに思えてしまいます。

 しかし、末期の最後の瞬間、想い人の名を知らなかったゆえに、「ゆきおんな」としか言えなかった半兵衛の悲しさは、彼の自刃の理由の1つにもなっていて、だからこそ、半兵衛の自刃というミステリーとしての真相にも納得ができました。

 ミステリーだから、エンタメだから、というよりも、漫画としての説得力・迫真性が凄まじかったです。

 そして、悲しい結末に後味が悪くなくなってしまわない様に、フォローも完璧。

 現代での雪女(妹)の微笑みと、事件の関係者達の人生が、決して不幸なことばかりではなかったことが描かれ、読者も、白倉静也青年もすっきり。

 城平先生も、片瀬先生も仕事のクオリティーが高すぎます。

 

 

 一件落着した後の琴子と雪女(妹)のやり取りには笑いました。

 「またおひいさまはそんな意地の悪い作り話をおっしゃる」と大笑いする雪女(妹)と、不満そうな琴子。

 琴子は普段から嘘ばかりついていますし、「合理的な虚構」で白倉静也青年を追い詰めている時も、意地悪な顔をしていましたからね。

 そして、雪女(妹)は、自分が恋人に太ったと思われているという話を全く信用せず。

 琴子の言葉の信用の無さと、自分の食生活を省みない雪女(妹)どちらも面白かったです。

 今回のエピソードを読んでいる最中に、雪女(妹)は、室井さんに自分の名前を教えたのかが気になりましたね。まあ、そういう場面がなくとも、こっそり教えていそうですが。

 次巻は短編の詰め合わせとのことでしたが、その中に、室井さんと雪女(妹)の新エピソードはあるのかないのか、今から気になっています。