コミックコーナーのモニュメント

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令和のダラさん1巻 感想


令和のダラさん 1 (MFC)

 

 第1巻のものとしては、あまりにカオスなこの表紙。

 しかし、この漫画の方向性を端的に表していると考えると、とても1巻の表紙にふさわしい絵である気もします。

 『令和のダラさん』1巻の感想です。

 

シリアスもコミカルも恐るべき表現力

 豪雨の夜に、祟り神を祀る洞の確認をしに山に入ったお爺さんと、お爺ちゃんが心配でその後を追う孫たち。

 土砂崩れで壊れた洞を目にして慌てるお爺さんの背後に、「しゃりん、しゃりん」という鈴の音とともに現れる祟り神・屋跨斑(ヤマタギマダラ)。

 第1話で屋跨斑が登場する場面ですが、ここまでの最初の10ページでこの漫画に引き込まれました。

 単に絵が綺麗という程度の話ではありません。漫画の画面としての総合力が恐ろしいほどです。

 登場人物や背景の精緻さ、表情の描写ももちろん素晴らしく、映す情報の取捨選択や、動きと状況の変化が適切に伝わってくるコマ割りのテンポや、アングルの選び方、そして複数の技法を駆使してその場の空気や、雰囲気を伝える漫画表現と演出の妙。

 特に夜の闇を切り裂く雨の白線と、少しずつ大きくなっていく「しゃりん」の音にお爺さんが気付いた直後に、毛筆を思わせる特大の「しゃりん」の書き文字と共に、背後に現れる屋跨斑。

 鳥肌ものの表現力です。

 そして、このシリアスから直後のコミカルへの温度差が酷い。※誉め言葉です。

 お爺さんを追ってきた孫たちが屋跨斑と遭遇しますが、初対面の祟り神の名乗りを前にして、「あー山田サン…?」と突っ込み待ちのボケをかます弟。※見た目は外国人美少女。

 さらに姉の方は、「弟はこんな見た目だけど日本生まれ日本育ちやで」と説明して屋跨斑を混乱させた上で、「小学生男子の前で全裸はちょっと…」と、半人半大蛇の女性型怪異に常識的な苦言を呈します。

 人に恐れられる存在であるはずが、濃すぎる姉弟に終始圧倒される屋跨斑。笑いました。

 この後も、コミカルパートは登場人物の顔がデフォルメされたり、ギャグ漫画的表現を盛り込んだりしたものも増えてきますが、ダラさんの凄惨な過去の回想などでは、冒頭同様のおどろおどろしい表現もまだまだ出てきます。

 何というか、シリアスパートとコミカルパートで話の内容も、画風も、漫画表現の方向性も温度差が凄いのですが、シリアスはシリアスで、コミカルはコミカルで、どちらも非常にクオリティーが高いのが素晴らしいです。

 登場人物の動きと、話の流れがわかりやすいコマの使い方をしている上に、背景に登場人物の考えていることのイメージを映したり、顔のカットインを盛り込んだり、その他漫画ならではの表現を多用して、とても賑やかな画面になっています。

 これだけ賑やかな画面になりながら、ごちゃごちゃしてわかりづらくなったり、くどくなったりしていない点にも、ともつか治臣先生の絶妙なバランス感覚を感じました。

 

屋跨斑(ヤマタギマダラ)とダラさん

 半人半大蛇で六本腕。祟る系の怪異にして、土地神として祀られている屋跨斑ことダラさん。

 彼女が祟り神である事を全く恐れない胆力のあり過ぎる姉弟相手だと、突っ込み役にならざるを得ず、毎回愉快なことになっています。

 呆れ混じりに苦言を呈しながらも、姉弟を邪険にできない人の好さと、常識人ぶり。

 彼女が祟り神として恐れられているという事実とのギャップが、毎度笑いを誘います。

 かつて、祟り神として荒ぶっていた時期もあったものの、怨みを晴らした現在は霊的にも安定している模様。

 どのような場合に、どの程度祟るべきか、迷ってしまう生真面目な性格が素敵です。

 毎回の導入部分で、彼女がどのようにして祟り神になるに至ったのかが少しずつ語られていきますが、その内容はとにもかくにも人の悪意が生々しくて、だいたいがコミカルパートである現代偏との寒暖差が凄いです。

 物語の舞台となる忌み地には、彼女とは別に呪物も封じられていたり、いろいろと霊的な事情が変わった現在の彼女は、既に『屋跨斑』とは呼べないという話が出て、姉弟に『ダラさん』という呼び名を貰ったりと、今後の物語の伏線と思しきものもちらほらしています。

 今後の物語がどのように進むかわかりませんが、どうか幸せになってほしいですね。

 

三十木谷(みそぎや)日向・薫 胆力のあり過ぎる姉弟

 毎回ダラさんを振り回す胆力のあり過ぎる三十木谷(みそぎや)姉弟

 姉の方は黒髪黒目で、弟は金髪碧眼。特別な事情があるわけではなく、母方の血が濃く出た姉と、父方の血が濃く出た弟ということらしいです。

 姉が中学生になっても一緒に野山を駆け回る仲良し姉弟で、呼吸もぴったり。

 ダラさんのいる山の管理をいずれ自分たちが継ぐことに気付いた際に、2人揃って大規模な秘密基地計画を考えていた場面では笑いました。

 昔は識字率が低く、長い時を経て宛てられる文字が変わるのはよくあるという話をダラさんがしていた時に思ったのですが、この理屈で言うと2人の名字の「三十木谷(みそぎや)」は「禊(みそぎ)」とも取れますね。

 

三十木谷日向(みそぎやひなた)

 スカートが死ぬほど落ち着かなくてズボンを好み、手入れが楽であるという理由でショートカットの髪型を好む結果論的ボーイッシュ女子。

 囲碁将棋部とのことですが、一般的なフェンスよりも上部が水増しされた禁則地のフェンスを軽々よじ登り、そこから三点着地を決められる運動能力の持ち主。

 この場面の謎の決め顔、独特の効果音からパロディーである事には気付きましたが、とにかく表情がツボに入りました。

 弟の方が個性の塊すぎるので目立ちますが、彼女も十分に面白いキャラクターをしています。

 姿を消した状態のダラさんを目視で発見したり、ダラさんの神隠しの術で異界にいる状態で現世の物体に干渉したりと、ダラさんが驚くレベルの霊的能力の持ち主。

 その能力を使ってやることが、ダラさんの祠を調査に来た巫女さんの頭に、こっそりカナブンを乗せることだったのには笑いました。

 今後もシリアス方面ではなく、コミカル方面でばかり能力が使われそうな気がしますね。楽しみです。

 ダラさんから霊験あらたかすぎる御守りを貰っていたので、シリアス方面ではあまり心配していません。

 

三十木谷薫(みそぎやかおる)

 姉が嫌がった可愛らしい服を幼少の頃から母親に着せられて現在に至るものの、本人は特に服装への拘りがないため、特に嫌がることなく受け入れている結果論的女装男子

 おまけページで上記の解説を見て、姉はともかく、弟の方の設定は現実的にあり得そうか考えてしまったものの、この薫少年ならあり得そうだと納得してしまいました。

 胆力だったり、趣味嗜好だったり、行動力だったりいろいろと規格外なので。

 作中では小さくしか映らないのに、おまけページでわざわざ解説されていた「バ美肉マン」なる漫画も、もしかしたら関係あるのかもしれません。

 1つ1つ例を挙げだすと切りがない突っ込み所の塊ですが、年相応の表情をしていることもありますね。

 ダラさんに初対面で名前を教えたり、家に招いたりと、姉弟ともども「怪奇現象リテラシー」が低いことを彼女に心配されていました。

 ところが、他所の土地から来た悪霊が家を訪ねてきた時は、違和感に気付いて危機回避。

 その違和感を言語化した結果が「(ダラさんなら)もっとエッチなシルエットになるはずや!」だったのには笑いましたが。

 

技術は完璧な巫女・梛(なぎ)と、昆虫大好き理嗣(まさつぐ)叔父

 この漫画、ダラさんと姉弟以外も面白い登場人物が多いのですよね。

 この巻で私が一番笑ったのは、ダラさんのいる山に調査に来た巫女・梛(なぎ)と、その後見人である叔父・二十尋理嗣(はたひろまさつぐ)のコンビが禁則地に来た第8怪です。

 ダラさんの術で異界に入って、現世からは見えない状態で大はしゃぎする三十木谷姉弟と、大真面目に調査をする2人との落差でまず笑えました。

 日向なんて、緊張感のある表情で話す梛の頭に、こっそりカナブン置いたりしていますからね。

 画面手前の大真面目な緊張感と、画面後方のバレない様にこっそりの緊張感。同じ緊張感でも方向性が大違いで笑えました。

 生前は凄腕の祓い屋で、土地神歴数百年のダラさんをして、「完璧」と言わしめる程の技術の持ち主である梛。

 しかし、瘴気の残り香にも、カナブンを置いた日向にも気づかないことから、霊感がゼロなのではと衝撃を受けるダラさん。

 本人に霊感ゼロの自覚がまるでないのがなおのこと可笑しいです。

 その直後に眼光鋭く振り返った理嗣氏。

 すわこちらが霊感を担当するのかとダラさんが緊張感を持ったのはつかの間。理嗣氏は山の昆虫に思いをはせていただけだったというオチに笑いました。

 こちらも大人な見た目と、少年ハートとのギャップが凄まじい衝撃でした。

 理嗣氏の後日談や、姉弟のお山改造計画、おまけページでの梛と理嗣氏のキャラクター解説と、この回は本当に笑わせていただきました。

 梛の無自覚霊感ゼロも、今後まだ話に関わって来そうな気がします。コミカルパートで面白いのはもちろんですが、実際に巫女の後継者に選ばれているので、霊感ゼロをあえて本人に教えていないことに理由がありそうな気がするのですよね。

 

 

 あとがきで、ともつか治臣先生が数年前の脳梗塞によって、現在も右腕が満足に動かない状態であるということを知り、本当に驚きました。その状態でここまでの漫画が描けるものなのかと。

 脳梗塞になったこともなければ、体がマヒして動かなくなる経験をしたこともない私ですが、この漫画のこのクオリティーに、プロのクリエイターの執念を感じた気がしました。

 次巻も楽しみに待っています。