コミックコーナーのモニュメント

「感想【ネタバレを含みます】」カテゴリーの記事はネタバレありの感想です。 「漫画紹介」カテゴリーの記事は、ネタバレなし、もしくはネタバレを最小限にした漫画を紹介する形のレビューとなっています。

水上悟志短編集 放浪世界 感想


水上悟志短編集「放浪世界」 (ブレイドコミックス)

 

 いろいろな種類の短編が取りそろえられた『水上悟志短編集 放浪世界』の感想です。

 

虚無を行くが凄く良かった

 この短編集の総評としてまず言いたいのは、「虚無を行く」が凄く良かったということです。

 総評というより読切である「虚無を行く」の個別の感想なのではないかと自分でも思いましたが、この短編集を読んだ上での正直な感想なので。

 いえ、他の短編にも面白いものはありました。

 それでも、とにかく「虚無を行く」が良かったとまず言いたいですね。

 導入部分の少年時代の情景、虚空の黒に独特の書体の白抜きで書かれたタイトルロゴ、途中の紆余曲折の展開、舞台設定、物語の経過、最後の結末まで含めて完成する漫画全体としての世界観が凄く良かったです。

 他の短編にも共通する感想として、絵や演出はあっさりとしている様で、常に読者の斜め上を行く展開と、独特のテンポに味がありますね。

 

 

 以下のタイトルは短編ごとの感想です。短編に収録されているタイトルをそのまま使っています。

 

 

竹屋敷姉妹、みやぶられる

 自分たちの「同一人物化」を目標に掲げる双子の女子中学生のお話。

 最後まで読んで、この双子が自分たちの同一人物化に拘っていたのは、周りの人間に間違われ続けてきた反動だったのではないかと思いましたが、特に作中ではその辺の理由には触れられていませんね。

 フュー〇ョンのポーズのコマで、単なるパロディー的な描写だと思ったら、次のページで、本当に河川敷で練習をしていて笑いました。

 双子の見分けがついてしまったために、襲われる梅松少年。女子制服の2人組で、同じ体格で、息が合いすぎているという顔を隠してもバレバレすぎる襲撃犯の特徴にも笑いました。その後の軽快なテンポとノリも面白かったです。

 

まつりコネクション

 他の人には見えない小さな宇宙人(ドワーフ)の見える女性・まつりの日常。

 唐突な「超次元UFOロボみそ田楽」の登場に笑ったりもしましたが、謎が謎を呼んだまま全部放置での終幕。

 ドワーフたちは人間の脳に間借りする情報生命体なのではと、私なりに解釈と予想をしながら読んでいましたが、最後の最後まで正体についての説明はなし。

 漫画の構成としてはありだと思いますが、正直な所、少しモヤモヤしました。

 

今更ファンタジー

 ストーリー的には「だいたい全部が大雑把で雑なランプの精のせい」という感じのお話。

 短編だからこそ許されるスピーディーかつ雑な展開を逆に最大限に活かした漫画。

 「虚無を行く」の次にお気に入りですね。面白かったです。

 主人公、ヒロイン、ラスボス全てが、主人公・巣鴨徹(37)が昔書いた設定の全部乗せでごちゃごちゃしている訳ですが、話の展開は大雑把で雑なのに、細かい所が的確に面白いのがずるいです。

 本人もよく覚えていない火属性への不自然な執着だったり、属性の過積載どころか混ぜすぎで人格に一貫性がなさそうなヒロインだったり、デザインは雑な盛り合わせなのにサイズで危機感を煽ってくるラスボスだったりと、全部ごちゃごちゃにもかかわらず面白かったです。

 一番笑ったのは、ラスボスとしての風格を感じさせる吹き出しとフォントで、「出てこい巣鴨徹。我らの因縁に決着をつけよう」という「千年前に宇宙犯罪で魔界に封印された伝説の妖魔獣王」からまったく初対面の巣鴨徹へのご指名でしたね。腹筋が崩壊しました。

 3年越しの大冒険の末に、ようやくラスボスを打ち取った巣鴨徹。

 2つ目の願いで「全部なかったことにした」直後の「この世界の扱いの軽さこそ本当の悪夢だな…」というセリフも好きですね。メタ発言の様でもあり、この展開の大雑把さに対する突っ込みの様でもあり。

 何より家族の生死も、世界中を巻き込んだ3年間の戦いも一瞬でなかったことになる理不尽への正当な感想である気もしました。

 

エニグマバイキング

 妖怪を仕留めて喰らうことを生業にする「闇食い」の陣道さんと、口減らしで売られて彼に買われた毒見役の少女・みやこのお話。

 陣道さんが口封じ目的の襲撃者に撃ち殺された時点で、「あ、これは復活してくるやつだ」と思いました。冒頭で2人が食べていた妖怪が、その肉を食したもの多力を与えるという「ぬっぺふほふ」の様だったので。※見た目と効果音から判断。

 ところがその後の展開は予想外の連続。不死身の理由もぬっぺふほふではなく人魚の肉でしたし。

 やたらと口数が多くて陽気な妖怪が乱入し、襲撃者は肉団子に。

 そして、復活してきた陣道さんによって、妖怪はご飯になるのでした。

 勧善懲悪と食物連鎖をテンポよくまとめる展開に笑いました。

 自分は外道だと言いながら不器用にみやこを気遣う陣道さんと、彼の本心を理解してなつくみやこ。とても美味しそうに妖怪を食べるコンビが素敵でした。

 

虚無を行く

 団地で家族と暮らす主人公の何気ない生活の様子から始まって、展開がどんどん突飛に、かつ、スケールが大きくなっていくストーリーが良かったですね。とても良かったです。

 夜の団地の空に現れる超々巨大な怪魚、そして、次のページの見開きでそれを殴り倒す超々巨大な腕。超々大型の人型宇宙船の頭部に団地があるという絵面がとてもシュール。

 しかし、この設定をただのシュールで終わらせず、SFにふさわしい壮大なスケールで、主人公の人生の物語として完成させているのが素晴らしいです。

 主人公が箱庭の中で育てられ自分の人生を定められた立場でも、緩やかな絶望の中を惰性で生き続けても、最後の最後には自分の意思で自分のやるべきことを決断して、自分の人生に意義を世界に希望を見つけることができたという物語。

 人型の超々巨大宇宙船。

 人間とロボットの関係性と、ロボットに心はあるのかという話題。

 平穏な日常が根底から崩れ去り露になる真実の世界と、それを知ることで決定的に変わってしまう人間関係。

 異星の友人。

 SFならではのスケールでの悲壮な覚悟と、壮絶な決断。

 主人公の人生の結末と、受け継がれる未来。

 根底にある「心しだいで世界は変わる」というテーマ。

 どれもが、私の琴線でしたが、これらはただ盛り込まれていればいいという話ではなく、それらをどういう風に見せて、どのように物語として結実させるのかが重要なのですよね。

 冒頭のとんでも舞台設定でびっくりして、その後の二転三転しながら私の予想の斜め上に突き進んで行くストーリーに夢中になり、報われない「天田ゆう」の人生について考えながら見ていたら、そのままクライマックスへ。

 物語に飲まれてあっという間でした。

 異星の友人・サロの壮絶な覚悟や、主人公の決断も凄まじいものでしたが、何よりも主人公の生き様を知った次代の決意と、それを見届けて「おねいちゃん」に見守られながら静かに息を引き取った主人公が、最後の最後で世界を肯定できた結末が印象的でした。

 ロボットの「おねいちゃん」と主人公の関係も、単純な人間同士の幼なじみや、姉弟のそれとはまた違うSF的な奥深さを感じました。

 人間同士の関係と同じ様に見えても、きっと違うもの。それでも同じ様に価値があるもの。

 自分を取り巻く世界の真実を知った主人公が、それまでの世界と決別した後も、主人公は団地の様子を気にしていますし、「おねいちゃん」もカメラ越しに見つめ返しているのですよね。次代の守るべき存在がいても、主人公のことを心配そうな顔で。

 ロボットの心と人間の心はたぶん違うものです。それでもきっとこのロボットたちにも心はあると、そう思えました。

 

 

 シリアスにしろ、コミカルにしろ、細かい所をしっかりと押さえていて、その上で、短編ごとに何処をどう重視するかのフォーカスとでもいいましょうか、漫画の癖の様なものや、絵にも変化があって面白かったです。

 「虚無を行く」はそこで描かれている物語がとにかく好きです。

 そして、1つの読切漫画として完成した世界観も素晴らしいと思っています。

 自分の正義を貫いて故郷を滅ぼしたサロがこの後どうしたのか。

 主人公の生き様を知って、辛い道を歩き続ける決断をした次代と、その後に続く人たちがどのような道を歩み、どのような結末を迎えたのか。

 「おねいちゃん」が今までどのような想いで「天田ゆう」を見送ってきたのか。

 気になることを挙げだしたら切りがありませんが、あくまでも「この主人公」の視点で、彼の人生の物語として描かれているからこそ、この読切は美しく完成しているのだと思いました。