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父さんな、デスゲーム運営で食っているんだ1巻 感想


父さんな、デスゲーム運営で食っているんだ(1) (角川コミックス・エース)

 

 デスゲームが合法化された近未来の日本。

 業界最大手にして老舗のデスゲーム運営会社・FATHER社。

 そのデスゲーム運営部門統括部部長を務める黒崎鋭司(くろさきえいじ)38歳。彼は自分の愛する家族を養うため、今日も笑顔と驚異のアドリブ力を武器に戦うのでした。

 『父さんな、デスゲーム運営で食っているんだ』1巻の感想です。

 

大手デスゲーム運営会社勤務、黒崎鋭司(くろさきえいじ)38歳

 デスゲームが合法化された近未来の日本という世界設定。

 世界設定の説明だけを聞くと、シリアスでハードな近未来SF系の作品を連想する人が多くなりそうです。

 ところが、この漫画の世界設定はそこまで練り上げられたものではありません。大きな齟齬こそないものの、読んでいて疑問に思う部分が、録に説明されずに放置されることも多々ありました。

 物語は「東京デスゲームショウ」という突っ込み所しかないイベントで、主人公である黒崎部長がプレゼンテーションをする場面から始まります。

 デスゲームとは何かという根本的な部分から説明してくれる親切設計。

 ところが、デスゲームとは何かの話に続き、「フリーの殺人鬼」、「今はだいぶ(デスゲームの)法整備も進んでおります」、「国民的美少女デスゲーマー」といったパワーワードの大渋滞。

 動画サイトで誰でも簡単にデスゲームが見られる時代とのことですが、何がどうしてこんな社会になったのかといった説明もなく、そうしている間にもFATHER社のデスゲームのリピーター率は9割以上という話題に。

 デスゲームの顧客満足度とは一体何なのでしょうか。参加したら大体死ぬのではないでしょうか。※枠外に回答したのは生き残った人達である旨の記載は有りました。

 そして、そんなデスゲームのプレゼンに期待を募らせるデスゲームファンの聴衆たち。

 突っ込みが追いつきません。それ以前に、まず何処から突っ込んだらいいのかもわかりません。

 こんな具合に第1話は、疑問と、不謹慎さと、パワーワードの連続でした。

 しかも、そんなデスゲームの運営者である黒崎部長は、自分の担当する大規模プロジェクトに不安を抱く中間管理職のサラリーマン。おまけに妻と娘を愛するマイホームパパ。

 マイホームパパとデスゲーム運営のギャップ。そして、デスゲームが公的に認められている社会と、現代の価値観に通じる温かい家庭のギャップ。

 世界設定から始まって、何から何まで全てが突っ込み所。朝、黒崎部長が家族に見送られながら颯爽と出勤する場面では笑ってしまいました。

 

娘の友達を依怙贔屓するデスゲーム運営

 自分の担当するデスゲーム「ピカレスクゲーム」の無人島イベントの参加者リストを確認する黒崎部長。

 愛娘である美咲の親友・青山梨々香(あおやまりりか)の名前を見つけてしまいます。

 自分の運営するデスゲームで娘の親友が死んだりしたら、娘に一生口を利いてもらえないと、私事でデスゲームに介入を始めます。

 未成年どころか、中学生が堂々と参加できる国家公認のデスゲームとは一体何なのだろうと、今さらながらに疑問が付きません。

 いえ、デスゲームモノの漫画は根本的に倫理観が狂った様な世界観や、世界設定のものも珍しくないのでしょうが、デスゲーム関連以外は現代の日本とそれほど変わらないこの漫画の世界設定、世界観。

 ふと正気に戻ると、その不整合さに突っ込まざるを得ません。

 おまけに、中学1年生の梨々香ちゃんを失格にするために、デスゲームの第一試験を中学2年生レベルの学力テストにするという前代未聞の暴挙。もちろん、試験に落ちても死んだりはしません。

 口八丁で現場の部下を丸め込む黒崎部長。余裕で中学2年生レベルの試験を突破してくる予習もばっちりの梨々香ちゃん。笑いました。

 そして、不意打ちの見開きでの不気味な縫いぐるみの顔のアップ。中々に迫力もあります。そこまでの展開との急激な雰囲気の落差。ここでも笑ってしまいました。

 デスゲームを盛り上げるため、厳しい言葉で参加者たちを煽る黒崎部長。しかし、梨々香ちゃんが落ち込んでいるのを見て、話を無理やり方向転換。参加者をいたわり、励まし、「命を大切に」といい話風に締めます。

 運営側も、他の参加者も唖然とする中、黒崎部長と梨々香ちゃんだけが笑顔。

 特に梨々香ちゃん、ハートフルな感じの漫画作品でそのまま使えそうな、温かみのあるタッチでの凄くいい笑顔です。もうこの回は笑いが止まりませんでした。

 

梨々香ちゃんに忍び寄る魔の手。本当の外道は誰なのか?

 観客側がデスゲームを楽しみやすい様に運営が用意する「視点役」。

 今回のゲームで運営が用意した視点役は、過去に2度のデスゲームを完全クリアした怪物・新條友(しんじょうとも)。梨々香ちゃんのいるエリアに徐々に近づいていきます。

 依怙贔屓で殺傷力の高そうな武器がいっぱいのエリアを割り当てられたのに、よりによってモデルガンを選んでしまった梨々香ちゃん。

 娘の親友を守るために、部下に後を任せて、自ら死闘の場に降り立つ黒崎部長。

 決め顔でネクタイを締め直す黒崎部長と、丁寧なお辞儀で送り出す部下の山羊山さん。とてもスタイリッシュに決まっています。

 そして、ついに新條友の魔の手が梨々香ちゃんにのびようとした所で、満月に照らされた廃墟を背に、見開きで登場。

 この場面、一見するとか弱い少女のために戦場に降り立つ大人というかっこいい感じに見えるのですが、実際は自分の命を賭けて、ルールに則ってデスゲームへ参加している人たちへの悪質極まりない横殴りです。

 ピカレスクゲームはAR(拡張現実)技術を使ったARパートナーの戦闘と、銃や刃物も使った生身での殺し合いもするデスゲームですが、黒崎部長のパートナーはファンシーなデザインであるものの、一目でチートと分かるあり得ない巨体。

 運営側ですものね。しかも現場責任者。何という理不尽。

 そして、生身での戦いでも、デスゲーム優勝経験者を圧倒する黒崎部長。

 デスゲーム運営の最大手で老舗でもある企業に勤務しているわけですからね。不測の事態に備えて日頃から鍛えているのでしょう。銃器の扱いも手慣れたものです。

 こちらは本人の実力と言っていいのかもしれませんが、そんな存在が完全武装でいきなり乱入してくるのも、参加者にとってはとんでもない理不尽と言えるでしょう。

 本当にこの人は運営側の立場をこれでもかと悪用してやりたい放題です。

 梨々香ちゃんを人質に取ろうとした新條友を一蹴。「この外道」と機関銃を乱射し、超巨体ARパートナーを嗾けます。

 か弱い少女を外道な殺人鬼から守った形になるわけですが、果たして本当の外道は誰なのかと考え込んでしまいました。いえ、考え込むほどの事でもなかったですね。

 まあ、新條友も外道に違いないでしょうが、そもそも、その外道の殺人鬼をゲームの視点役に選んだのは、誰なのかという話ですし。

 本当にこの漫画は突っ込み所の宝庫です。

 乱入から撃退の場面までの勢いのある漫画表現も良かったです。スタイリッシュと、コミカルと、シュールが入り乱れていて素敵でした。

 

 

 運営側の立場を濫用し、依怙贔屓でやりたい放題の黒崎部長。

 デスゲームが合法化された社会という設定なら、運営側の依怙贔屓や、八百長を罰するための法律や、取り締まるための仕組みはないはないのだろうかと、真剣に考えてしまいました。

 ただ、ここまで考えて思いましたが、ギャグを投げっぱなしにするもっと軽いノリのギャグ漫画なら、読者はここまで真面目に考え込んだりしないでしょうね。

 そうなると、この不条理さや、理不尽さでここまで笑えることもなかった事でしょう。

 漫画表現としてのクオリティーの高さも大事です。真面目な顔で面白いことをされると笑ってしまうあれですね。

 依怙贔屓される対象も、娘本人ではなく、娘の親友というワンクッション挟んだ微妙な距離感が大切な気がします。

 実の娘を依怙贔屓だと、運営の権限濫用の問題を誤魔化すのが困難になると思います。

 その結果、話の展開も今よりさらにご都合主義になり過ぎて、読者が白けてしまいそうです。

 ストーリー的にも、漫画表現としても、もの凄く繊細なバランス感覚と、コメディーセンスの上で成り立っている作品だと思いました。