Present for me 石黒正数短編集 (ヤングキングコミックス)
石黒正数先生の初期短編作品集、『Present for me 石黒正数短編集』の感想です。
読みやすいのに、癖の強さも感じる短編集。
この短編集は石黒先生の初期の作品を収録した短編集です。
人物画はシンプルで、話の流れがわかりやすい構図とコマ割りの読みやすい漫画でした。
収録作品の書かれた時期としては2000年代前半。現代日本を舞台にした短編も多く、時代を感じることもありました。
所々に遊び心が感じられるアイディアが散りばめられていたり、かと思えば、妙にブラックな所もあったりと、全体的には読みやすい漫画であるにもかかわらず、妙な癖の強さを感じることもありましたね。
以下は特にお気に入りの短編の感想です。タイトルはそのままのものを使用しております。
ススメ サイキック少年団
研究所の爆発事故で、無人島に取り残された超能力者の少年少女のお話。
超能力の発動シーンが、某日本の男性名がタイトルである世界的に有名な超能力SF漫画のパロディー。
真面目にかっこいい感じの顔で、仕様もない能力の使い方をしていて笑えました。
パロディーとして見ても笑えますが、絵とやっていることのギャップの可笑しさでも笑えますね。
ただのパロディーではなく、元ネタがわからない人にも笑えるように描いているのが素晴らしいです。
博士が出て来た辺りから一気にギャグよりになったかと思えば、またシリアスな雰囲気になると思わせて、まさかの大爆発大炎上。この展開とオチは完全に想定外でした。
みんなで力を合わせてテレパシーを使おうとしていた本人たちも想定外のこの結果は、それぞれの超能力が合体した上で増幅された結果なのですかね。「透視」×「念動力」×「発火」=洋上の空母が内部から大爆発。
シリアスそうでシリアスじゃない、コミカルかと思えばシリアスと見せかけて、やっぱりコミカル。妙にブラックな所もありました。
セリフの掛け合いもテンポの良さの中に、妙なリアルさがあったり、マニアックな言い回しが混じっていたりと、短編全体を通して独特の味がありますね。
表紙では登場していた「No.002」と、「No.003」の超能力者と思しき2人が、結局最後まで出てこなかったことにも笑いました。
Present for me
ポストアポカリプスな世界で、身動きできなくなっているロボットと、少女が出会うお話。この短編集の表題作。表紙イラストもこの2人ですね。
他の短編はギャグ・コメディーでしたが、この作品だけ毛色が違いましたね。クスリと笑える場面はあるものの、ギャグやコメディーではなくSF短編。
ロボットのセリフしかないので、読み始めは少女がしゃべれないのかと思っていたのですが、意思疎通できていますし、少女の口が動いていたり、ロボットが少女の悲鳴を聞いた場面でも悲鳴が読者にわかる様に描かれていなかったり、読者にわからないだけで少女は話せていますね。
言葉を話さない少女が何を言っているのかを読者に代弁させることで、読者が「ロボットと出会った人間」の視点で読める様に意図したものでしょうか。導入も少女から見たロボットの姿でしたし、セリフからもその意図を感じます。
私は残念ながらその視点で物語を読み進めることはできませんでしたが、この演出の意図はそれだけではないですね。
特にクライマックスでロボットが喋らなくなってからは、不思議な趣を感じることが出来ました。
それまで作中で唯一言葉を発していたロボットが話さなくなったことで、静寂の寂しさが際立ちます。
日付が変わると同時に魔法が切れたように動かなくなるロボット。静寂の中に取り残される孤独な少女。バッドエンドと思わせておいて、少女が開けた箱の中には希望が入っているという終わり方。
ロボットが何をするために作られたロボットであったのかと、「トモダチ」を欲しいと言った少女にロボットが渡したプレゼントの箱の中身が、このお話の肝であるわけですが、それだけではなく、この最後の場面の「静寂」がとてもいい味を出していたと思います。
もちろん、ロボットのプレゼントチョイスのアイディアも秀逸でしたが。
最後まで読んでから、もう一度この短編集の表紙を見ると、感慨深いものがあります。
なげなわマン
リストラされたおじさんが、子供の頃の特技だったなげなわを使って「なげなわ魔」になろうとしていたものの、偶然ひったくりを捕まえて称賛され、「なげなわマン」を目指すというお話。
社会的・精神的に追い詰められた人間が凶行に走るという冒頭の展開は、現実のニュースで目にする機会が多すぎてあまり笑えないと、頭でそんなことを考えていても笑ってしまいました。※この短編は20年近く前の作品です。
「仕様がない」というよりも「しょうもない」という感じの雰囲気のせいですね。
そのしょうもない雰囲気のまま、おじさんの主観視点寄りの突っ込み不在で、どんどん突き進んでいくパワーのあるコメディー展開。
風呂場で水垢離をしながらの「もう少しで悪に落ちる所だった――!!」から始まって、暗い部屋での孤独な鍛錬に、謎の「なわの神様」への崇拝と誓いの儀式。妙に力の入ったコスチューム。
大真面目な顔をして、素頓狂な行為に走るおじさんの奇行が笑い所なわけですが、目力のあるシリアスな表情だったり、努力の密度が窺える筋肉の仕上がり具合だったり、衣装の本気具合だったり、細かい所で着実に笑いの質を上げてきます。
おじさんは、ヒーローというよりも、それを描く漫画家の視点で悩んでもいて、メタネタでも遊んでいる感じですね。
コスチューム装着の場面の1枚絵では、読み切りの短編漫画なのに画面の端に「つづく」の文字があることに気付き、笑いました。
そして、飛び降り自殺を止めようとした結果のあまりにもブラックなオチ。
これまで主観視点で突き進んできたおじさんが、突然、読者に話しかけてきました。狂気を感じましたね。その時のおじさんの表情の怖さと、気持ち悪さ、不気味さも絶妙です。
ブラックジョークに狂気も内蔵した秀逸なオチでした。
私は電子書籍版でこの短編集を読みましたが、目次も、収録作品の一覧もなかったのにはびっくりしましたね。紙書籍版は裏表紙に一覧がついていたのでしょうか。
短編漫画の内容については、わかりやすく面白い漫画が多くて満足しました。
石黒先生のデビュー作である『ヒーロー』も収録されていました。
妙に生活感のある変身ヒーローモノや、悪の組織を倒した後にやることがなくなってしまったヒーローの話などは、私もいくつか心当たりがあったのですが、私が思いついたものを知らべた限りでは、この石黒先生のデビュー作が一番古くて、そのことにも驚きましたね。