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ぜんぶきみの性7巻 感想


ぜんぶきみの性 7 (電撃コミックスNEXT)

 

 「身も心も繋がったとき縁結びは果たされる」。一線を越えて縁結びの願いが成就すれば、2人とも両性ではなくなると告げられた了。

 15年間男として生きてきた後天性TSSの了。生まれつき両性だった先天性TSSの凪沙。2人の出す答えはどのようなものとなるのでしょうか。

 カルテ風の目次には本編よりも成長した了の年齢が記され、これまで「男・女」に両方丸がついていた欄も、「TSS」と記載されていた体質の欄も、どちらも空白になっています。

 物語が始まる前から思わせぶりな最終巻。『ぜんぶきみの性』7巻の感想です。

 

微細な変化を伝える漫画表現が凄い

 神ちゃまちゃんが夏祭りの夜に紛失した神器を見つけ出した了と凪沙。

 了が普通の男に戻れることとなり、結果として凪沙は自身の性別の選択を迫られます。

 「でも、うん。了くんは男の子に戻りたいでしょ?それなら…僕が女の子になるのが自然だよ」と夕焼けの差し込む校舎で微笑む凪沙。

 この場面、いろいろ絶妙でしたね。

 凪沙の微笑自体も普通に微笑んでいるように見えて、微妙な表情の書き分けで本心を押し殺していることを表現しています。

 そこに校舎に差し込む夕日があたり、光に照らされた部分と影ができた部分で微笑の影に隠された本心の存在を暗喩する演出。素晴らしいです。

 あからさまに無理をしている表情ではなく、ちゃんと笑っている様に見えて微妙に引っかかるぐらいの塩梅がいいのです。了を納得させようとする凪沙の本気が伺えます。

 ストーリーとは直接関係のない部分ですが、夕暮れの校舎や、その直後の薄暗くなり始めた神社の背景描写も凄いと思いましたね。

 夕焼けの眩しい夕暮れ時から、薄暗いながらも僅かに日の光の残る黄昏時へ。時間の経過を表現する漫画表現はいろいろな手法がありますが、光の表現や色調の変化だけでここまで正確に伝える技術力が凄いと思いました。

 

了の答え。凪沙の本心。

 その後、神ちゃまちゃんへ凪沙をずっとTSSのままにしてほしいと直談判するも、無理だと言われてしまった了。

 そんな彼に「僕を…女の子にして?」、「お願い」と迫る凪沙。

 見開きの大部分に大きくとられた背景が、凪沙の衝撃発言の瞬間の「間」を克明に表現しています。

 その上で続く「お願い」の一枚絵は、了の主観視点でのものとなっています。

 絵に色気があります。あるのです。しかし、それは過度に強調されたものではなく自然なもの。何より、ページを開くとまず凪沙の目に、その真っ直ぐな眼に吸い寄せられてしまいます。この絵も凄かったですね。

 大まかな構図の問題だけではなく、目元の描き方であったり、了の首に回された腕が読者の視線を誘導するレールの様になっていたり、いろいろ仕掛けや工夫があるのでしょうか。自然と眼に吸いこまれてしまう絵。こういうことをされると、物語の内容だけでなく、その漫画表現のクオリティーにも感動してしまいます。

 凪沙の懇願と口付けから始まった2人の行為。その最中に了の脳裏を過るのは、凪沙と出会ってからの思い出。

 心臓の鼓動が、体の熱量がどんどん加速して高まって行くような場面で、それとは温度差のある淡いきらめきを放つ回想群。

 男の了と女の凪沙。凪沙が女になることを受け入れて、ようやく結ばれる「男の了」が願った最高に幸せな展開。そのはずなのにどうしても了の心には引っかかるものがあると。

 女の凪沙を抱きしめた了の口から出てきた言葉は「俺…男の先輩に会えなくなるの…イヤです」、「男のときも女のときもどっちも…先輩だから…会えなくなるのは…イヤなんです」。 

 男の了が女の凪沙にこのセリフを言うのもいいですね。告白は女の了へ男の凪沙からでしたし。

 単純に肉体が女性化したから精神も女性化してその感情に引っ張られるというシチュエーションも好きですが、これはこの漫画のTSSの設定だからこそ、さらにそこからの掘り下げられた心理描写ですね。

 了が言ったように、男の凪沙も女の凪沙もどちらも凪沙。そしてそれと同様に、男の了の心の中にも、女の了としての視点で見たものや、男の凪沙との思い出も強く根付いていると。

 了の言葉が単に凪沙を気遣ったものではなく、本心からのものだったとその感情と思考を読者が感じ取れるいい場面でした。

 そして、了の本心からの言葉であったからこそ、本当はTSSでなくなることが嫌だ・怖いという本心を凪沙も明かすことができたという物語の構図も素晴らしいです。

 後天性のTSSの了と、先天性のTSSの凪沙の恋と、2人のTSSへの答え。TSモノとしてもラブコメとしても素晴らしいものでした。

 『ぜんぶきみの性』のタイトルに偽りなしです。

 

神ちゃまちゃんの大活躍・大金星

 了と凪沙は2人で両想いのまま一線を越えず、「今のままでいること」を決めました。

 ところが、神様会議である神議りから帰ってきた神ちゃまちゃんから驚愕の事実が告げられます。

 神の世界の縁結びに関するルールを根本から変えてきたので、もう結ばれても両性でなくなることはないとのことです。

 何という力業のハッピーエンドでしょうか。

 しかし、この展開、ハッピーエンドへの持って行き方としては反則一歩手前の力業にも思えますが、漫画としては決して雑な展開ではないのですよね。

 了と凪沙は2人でちゃんと答えを出していますし、何より神ちゃまちゃんも行動しています。

 彼女は人間のことを理解していない上層部に腹を立て、直談判に無理だと言われてトボトボと帰る了をどこか悔し気な表情で見送っていました。

 凪沙に恋心を抱き、その上でなお了への気持ちに戸惑う凪沙の背中を押して2人の恋を成就させました。

 彼女の思考や想いはしっかりと描写されてきました。

 神ちゃまちゃんは単なるTSSを説明するためのギミックでもなければ、舞台の外から主人公たちを見守る解説役でもなく、1人の登場人物としてしっかり物語の舞台の上に立っていましたからね。

 彼女自身が神の世界のルールや、2人の現状に思うところがあって、神議りでプレゼンした結果として勝ち取ってきた新ルール。ドヤ顔も然るべきでしょう。

 了は本当に凄まじいまでにご利益を受けていますね。

 神社で願掛けをするとTSSになれる・TSSが治るというニュースが最終回の冒頭で流れていましたが、神社の境内にある「縁結び」の幟の向かい側に「性転換」の幟が並んでいるのを見たときは変な笑い声が出てしまいました。

 

最終回+その後のお話 了の選択。みんなのその後。

 初詣にモナンジュのメンバーとともに神ちゃまちゃんの神社を訪れる了。了が女バージョンで振袖。凪沙が男バージョンの袴で登場。

 とてもいい最終回でした。

 神ちゃまちゃんに「良縁には恵まれたか?」と問われた凪沙。彼に見つめられた時の了の表情がとても好きですね。私がこの巻のハイライトの1ページを選ぶならここです。

 「男の体に戻れますように 鷺宮了」と書かれたハートの絵馬を手にする了。

 いえ、そんな思わせぶりなことをされても、了が男に戻るなんて終わり方がないことはわかりきっていました。

 これまで描かれてきた物語の方向性からしても、漫画のタイトルからしても、この作品で見せつけられてきた浅月のりと先生の趣味嗜好的にもありえません。

 何より、了は凪沙が絡むと途端にチョロくなりますからね。「お願い」の1つでもされてしまえば、TSSのまま留まるだろうという予想はつきました。

 凪沙の「お願い」は予想よりも大分ずるいものでしたが。

 了が絵馬を奉納しようとした瞬間に抱擁。

 ずっと自分以外のTSSに会いたかったこと、自分1人だけじゃないのだと実感したかったこと、自分と出会ってくれたことへの感謝を言葉にします。

 そして、了が男に戻ることを受け入れつつも、寂しげに微笑みながら、了の頬に手を当て「女の子の了くんに会えなくなるのは…少し…寂しいな」。

 いえ、凪沙の性格からして、計算ずくで了が男に戻るのを阻止したりはしないでしょうから、この場合、ずるいのは浅月のりと先生でしょうか。

 了は両性であるありのままの凪沙を受け入れたのに、凪沙は了が男に戻るのを嫌がったりしたら、引っかかる人も出てくるでしょうからね。

 しかしこのやり方ならば一切角が立たず、何より、ラブコメの最終回にふさわしい情感がたっぷり。まさにプロの仕事。

 凪沙が天然たらしであることも、了は凪沙が相手だとチョロいこともここまでの物語で証明済みですからね。2人のラブコメにふさわしい落とし方でありオチでした。

 最終回の後半は了がTSSのままであることのネタ晴らしだけでなく、その後のみんなのお話もあって良かったですね。

 巻末や表紙裏のおまけ漫画のエピソードにも大満足。

 相変わらず楽しそうなモナンジュのお客様方に、塁の身長が伸びていたり、海がTSSになって男の体を手に入れていたり、さらには意外な相手と恋仲になったり。みんな幸せになりました。こういう所にも浅月先生のキャラクターへの愛を感じます。

 主役の2人も面白可笑しく幸せいっぱいでしたね。

 お泊りの夜、自分で使うつもりで準備していたものを先に凪沙に使われてしまった了。

 翌朝、朝ご飯の調理をさりげなく阻止される凪沙。

 最後の最後まで面白かったです。

 おまけ漫画ラスト3コマでの凪沙の笑顔と了へのセリフが本当に素晴らしかったです。あの最終回の後でさらに追い打ち。これは単行本を買った読者へのスペシャルプレゼントだったのだと勝手に思っています。

 

 

 TSモノとしてもラブコメとしても魅力あふれる素晴らしい漫画でした。

 可変型の両性・TSSの後天性と先天性のカップルというアイディアだけでも面白いのに、了と凪沙のキャラクターの組み合わせが良すぎました。ラブコメ表現のセンスも良く、漫画としてのクオリティーが高くて最高でしたね。

 凪沙の実家や弟の話が出てきたのに、具体的な描写がなかったので、そこだけ気になっています。果たして、凪沙と弟の関係はどんな感じなのか、了と引き合わされたとき、弟はどんな反応をするのでしょうか。

 『ぜんぶきみの性』は7巻で完結しましたが、了と凪沙の物語は浅月先生がネット上でも供給してくれているので、そちらで出てこないか期待しています。