コミックコーナーのモニュメント

「感想【ネタバレを含みます】」カテゴリーの記事はネタバレありの感想です。 「漫画紹介」カテゴリーの記事は、ネタバレなし、もしくはネタバレを最小限にした漫画を紹介する形のレビューとなっています。

バックヤード ジャンク ユニバース 感想


バックヤード ジャンク ユニバース (デジタル版ヤングガンガンコミックス)

 

 Xでの人気から単行本化、連載化した『メカニカル バディ ユニバース』シリーズの加藤拓弐先生がSNSに趣味で上げていた作品群を集めた短編集。

 SFメカ多め。短編、超短編の比率多し。突飛なアイディアと、漫画センスで読者を笑いへといざなう『バックヤード ジャンク ユニバース』の感想です。

 

メカ愛と遊び心を感じる短編集

 全体的には線の多いロボやメカニックが登場する話が多く、デザインだけでなく話の内容からもロボ愛が感じられる作品が多かったです。

 どこかで聞いたことがあるようないわゆる「あるある」なシチュエーションにロボやSFが合体したり、聞いたことのあるシチュエーションからとんでもない方向へと飛んでいったり。

 その際に飛んでいく方向も、ぶっ飛んでいく勢いも申し分なかったです。突飛なアイディアの面白さが、漫画の勢いでさらに面白くなります。

 加藤先生曰く「思いつきの垂れ流しの雑多な作品ばっか」とのことで、たしかに、テーマやコンセプトだけでゴリ押すような作品もありました。ただ、そういう作品でもしっかり面白いのが凄い所です。

 アイディアの面白さだけではなく、漫画という形に加工する際のセンスの輝きを感じました。

 SNSに挙げていた作品群ということで、絵のタッチや、ペンの種類・ラインの太さも作品ごと、場合によっては場面ごとにいろいろ変わっています。

 その作品の雰囲気を考えて変えていると思われるものもあれば、実験的にいろいろ試している様にも見受けられましたが、その辺りがいろいろ変わるのも面白かったですね。食感の変化と言いますか、触感の変化と言いますか、そういう感じの楽しさです。

 以下は特にお気に入りのエピソードです。

 

魔法少女あキララ☆

 ひょんなことから魔法少女に変身して悪と戦っている少年・あきらのお話。少年です。少女ではありません。TS(トランスセクシャル)ですね。

 彼の悩みは、魔法少女に変身した自分が親友である亨(とおる)に惚れていること。変身前はそんなこともなく、友人として大切に思っています。どうやら性別が切り替わることで、友情の強さがそのまま恋愛感情に転じてしまう様です。

 徐々に女性化していく自身の精神に戸惑う等の展開はTSジャンルの醍醐味ですが、この作品はそういうものともまた違いますね。

 魔法少女に変身している間は、性自認や、恋愛対象としての異性の基準が切り替わり、変身を解除すると元に戻ると。

 男と女で切り替わる部分以外は共有していて、完全な別人格というわけではありません。

 にもかかわらず、まるで主人格が別人格に乗っ取られていく恐怖を描いた多重人格モノみたいな展開に笑いました。

 亨への恋愛感情に流されそうで変身するのが怖いと真剣に思い悩みつつも、変身すると途端に恋愛感情で胸が満たされてしまうあきら。

 「ああ…でもなんて心地よい胸の痛みだろう」「この思いに全てを委ねてしまいたい」「でも…もう戻らないと」「また少しの間手放すだけだから…」「元の姿に――」

 「戻る必要あるかな?」ここで笑いました。

 「恋するときめきは魔法少女の力の源なのピコ☆」とおそらく確信犯な誘導を試みるお供のマスコット。それを瞳孔の開いた横目で見つめる1コマ。

 戻らないことを正当化できてしまうことに気づいた瞬間の口元の表情。

 もう完全に身体を乗っ取ろうとする別人格の図です。しかし、いわゆる多重人格ではなく、男に戻った時に、女の自分が何を考えていたのかすべて覚えているわけで、何とか思いとどまって元の姿に戻った後で震えが止まらなくなると。

 普通のTSモノとも違うこの塩梅が凄く新鮮で面白かったです。

 お供のマスコットが所々邪悪さをにじませていたり、自分に負けるなと決意を秘めた少年漫画チックな表情で変身した次のコマで恋する乙女になっていたり、苦虫を嚙み潰した様な表情で女の自分が亨に惚れている事実を告白するあきらだったり、面白い場面が多すぎました。

 極めつけがラストシーンです。あきらが勝てなかった敵に代理で変身した亨が勝利します。

 女に変身している時に、自分を見て何か気になったりしなかったかというあきらに、そっけない態度の亨。

 しかし、「恋するときめきは魔法少女の力の源なのピコ☆」とのことなので、あきらでも勝てなかった敵に亨が勝てた理由を考えると、この続きが読みたくなります。

 

異世界勇者ジーシャイン

 異世界召喚モノで召喚された勇者が、「勇者ロボ」だったらという駄洒落から始まる作品。

 勇者ロボ云々はシリーズ名だった気もしますし、ジャンルの正確な定義は不明ですが、人格を持ち、言葉を話すスーパーロボットと、人間のパートナーが絆を育みながら巨悪に立ち向かう感じの物語だと思っています。

 この作品の場合、勇者ロボ・ジーシャインと、彼を召喚したお姫様がこれに該当します。

 魔王の軍勢に追い詰められた国のお姫様が「異なる世界の勇者」を召喚。魔法陣が輝き、登場したのは膝立ち状態の「勇者」ロボ。

 お姫様の第一声の「…でかっ」の時点で、いつの間にかその腕に巻き付いている定番アイテムのブレスレット。通信機とかが付いているやつですね。

 ネタの細かさという意味でも、展開の速さという意味でも、本当にいつの間にか巻き付いているブレスレットには笑いました。

 後半は子供の頃にアニメで見た気がする場面の羅列なのですが、ダイジェストかつワンパターンな描かれ方なのに面白い。再現具合と言いますか、ツボの押さえ方と言いますか、「それっぽさ」が凄かったのが面白かったです。

 何度も何度も「〇〇合体!!△△の勇者ジーシャイン!!」で押し通る勢いも好きです。

 

僥倖戦艦ハオスガイスト

 もうタイトルのセンスの時点で好きです。僥倖戦艦。僥倖戦艦(ぎょうこうせんかん)です。

 宇宙戦艦が活躍するSF世界観で、敵の攻撃に主人公たちの艦が撃沈するかと思われた矢先、艦が突然のパワーアップ。

 敵を退けたものの、残ったのは謎。艦橋(ブリッジ)に現れた少女の姿の立体映像。同じタイミングで突然上がった艦の出力。

 少女の立体映像は何らかの隠しシステムのオペレーション用のものでしょうか、しかし、艦は改修を続け使い古された老朽艦。それも元は居住船。そんな大それたものが付いているはずもなく、謎が謎を呼びます。ここまでだったらSFでありそうなシチュエーション。

 訝し気に少女を見つめる艦長へ、少女は自分が何者か答えました。

 ただ一言。「座敷童(ざしきわらし)」と。

 もうこれズルいですよね。SFでも、スピリチュアルや、オカルトな何かが登場するパターンはありますが、座敷童はズルいです。ネームバリューの高さと、SFとのミスマッチさからくる意外性。SF世界観からの落差が凄いです。

 正体だけ告げてフッと消える座敷童も、整備工作班に「神棚」作成の命令を出す艦長も面白すぎました。

 半透明だったのは立体映像じゃなくて神霊だったからか、元が居住船だったから座敷童がいたのかと納得しつつ、それにしても、SF世界の戦争で使われる兵器を退けてしまう座敷童のご利益が凄まじいな等、考えている内にどんどん楽しい気分になってしまいました。

 いかにもSF世界の立体映像・ホログラムで出てきそうな、それでいて座敷童だと言われてしまえばそう見えるキャラクターデザインも素晴らしい。

 最後のページで艦内を自由に動き回る座敷童と、それを当たり前の光景と受け入れている船員(クルー)も面白かったです。適応力がありすぎます。

 

 

 上に挙げた作品以外にも「エルフロイド森星国物語」等も好きです。TSモノであると同時にエルフ愛に全てを注ぎ込んだオタクの人生の物語。エルフオタクの愛の熱量と、倒錯的な覚悟が面白かったです。

 一般的なTSモノと少し違う感じがとても面白かった「魔法少女あキララ☆」も収録作品中で最も思い入れのある作品だったとのことですし、もっと加藤先生のTS漫画読んでみたいですね。