お姉さまと巨人 お嬢さまが異世界転生 (5) (青騎士コミックス)
感想その①はこちらです
エンデバー号の避難艇で王都を脱出したヒナコ達。そんな彼女たちの前に突如として現れて、襲い掛かるハイ・エルフ、ミミナシ卿。
『お姉さまと巨人(わたし) お嬢さまが異世界転生』5巻の感想その②です。
『異世界人殺し』ミミナシ卿
突如として次元跳躍で登場。ヒナコ達に襲い掛かってきたミミナシ卿。
王都を脱出して一段落、コメディーパートに入ったと思った直後に、突如としてそれまでの流れが、場の空気が一気に変わる展開は良かったですね。ワクワクしました。
一段落かと思ったタイミングで、いきなり虚空に黒い穴が開き、現れる敵。一目で生身でないことがわかる異形の姿。見開きを使った登場シーンから、次のページでは別アングルで異形を丁寧に描写。
正面から見ると手足の一部の内部構造が露出しているかの様に見えて、別アングルで見ると胴体はそれどころではないSF味のあるサイボーグボディーのデザインも好きですね。メカニカルな部分のディテールもばっちり決まっていて素敵です。
生々しいグロテスクさのフィロソマと大分デザインの方向性が違ったので、てっきり「ハイ・エルフ(エルフもどき)」でないサイバネティクスエルフの登場かと一瞬思いました。カルラのセリフにすぐに否定されてしまいましたが。
緊急停止コード『ERAMORT(エラモート)』でエイリスとトルガナーナの動きを封じ、カルラを蹴り飛ばし、一瞬でヒナコの胸を貫くミミナシ卿。
ヒナコの胸を貫いたのは異世界人のチートコードを破壊するデバイス「アンチチートコード」であったために、正規コードのヒナコには無効。怪我もありません。
胸を貫かれたと思って固まるヒナコと、何故かアンチチートコードの効果がないヒナコに「あれぇー?」といいながらヴォンヴォンと何度もやりなおすミミナシ卿。
この辺りの空気が面白かったです。
このミミナシ卿は同じハイ・エルフのフィロソマと比べるとだいぶ印象が違いますね。物事の考え方のバランスがいいと言いますか、ある程度公正と言いますか。
自身が保護した異世界人たちの集落を見せて、この世界における異世界人の立ち位置とその歴史、現状を語って聞かせる等の行為には、「この世界を救う」ためにヒナコを利用しようとしている意図はありますが、最終的な意思決定は本人の自由意志に委ねていますし。
だいぶ人間味があって、愉快な性格をしています。
ロボット三原則を知らないヒナコや、彼女によって自由意志を獲得したトルガナーナとのやり取りには笑いました。
異世界に憧れた少年・吉沢武流(ヨシザワタケル)の最後
ミミナシ卿から借り受けた『アンチチートコード』を「セーブポイント」に突き立てて、吉沢少年を解放するヒナコ。
ヒナコの覚悟と悲痛な祈りが美しく、その先の展開にもつながるとても良い場面でしたが、吉沢少年は死んでしまいました。
私は彼が復活する展開が、十分にあり得るのではないかと考えていたので、彼の死は正直ショックでしたね。
私が彼の復活を期待したきっかけは、ヒナコ達が大暴れしたダスメイニア王国の国王であるジェームズ・クックルーⅧ世です。
3巻のおまけ漫画で、彼が「カプセルに入った脳みそ」という姿で登場したからです。
王様が脳みそだけの状態なら、その脳みそを入れるための身体があるだろうと、そう考えました。
「このエンデバー号それ自体が王の肉体である」という感じの展開だったとしても、非常用の予備ボディーぐらいはあるのではないかなと。
ハイ・エルフや、一部の教会騎士の様に、どう見てもサイボーグとしか思えない見た目の連中がいましたし、SF味の強い世界設定的にも、生身の身体を培養する技術なども出てきてもおかしくはなさそうでしたので。
ヒナコの「正規コード」の意味が判明した時点では、王城から奪うなり、王都地下の遺跡から発掘するなりしたそれらを使って、ヒナコは吉沢少年を復活させるのではないかと半ば確信していました。
何を隠そう4巻のあとがき「おしえて!ヒナコ先生!」で名前が黒塗りになっていた人物を吉沢少年だと思いこんでいたのですよね。
「弟ポイント」ではなく、「妹ポイント」になっていたのも、ある種のミスリードだと思っていました。「女性型のサイボーグボディーしか見つからなかったのかな?」くらいに考えていました。
結局、ジェームズ・クックルーⅧ世は王と呼ばれていても、教会の人間にとってはエンデバー号の部品扱いで、私の考えは最初から間違っていました。
異世界転生の物語に夢を見た少年は、その異世界に踏みにじられるだけ踏みにじられて、死にました。ヒナコの言葉も届きません。ヒナコの言う通りあまりにも報われない結末です。
だからこそ、ヒナコのあの祈りの言葉に切実な意味が宿り、だからこそ、あの美しい場面が成立するわけですが、やはりショックでしたね。
キョウゴク姉妹三女・カルラ
フィロソマに引導を渡したり、エイリスと姉妹喧嘩をしたり、ヒナコに縋りつこうとする異世界人たちに啖呵を切ったりと、今巻ではカルラが大活躍でしたね。
その正体という意味でも、ヒナコ達との関係という意味でも立ち位置がはっきりしたカルラ。
これまでも魔族であると名乗っていましたし、登場した時点で上の方の立場であることが匂わされていました。それが今回、元魔王であることが確定。
しかもカルラ本人はやめたつもりでも、妹のハルラは魔王『代理』を名乗っていると。
これは今後の展開が楽しみ過ぎます。巻末のおまけ漫画でのわずかな登場シーンだけで、カルラを大好きなことが窺えてしまうハルラ。
尊敬している大好きな姉が、他所で「妹」をやっていることを知った時のハルラのリアクション等が特に楽しみです。楽しみ過ぎます。
前の巻の時点でエイリスのことを『お姉さま』呼びしたりもしていましたが、今巻で彼女の立ち位置がはっきりと固まった気がします。
フィロソマに引導を渡した場面でヒナコに語った本心、それはこの世界で『当たり前』に行われる非道にずっとずっと怒っていたのだというものでした。そして、この本心が嘘でないことはこれまでのカルラの様々な言動や反応からも窺い知ることができます。
ヒナコに縋りつき『勇者』として担ぎ上げようとする異世界人たちへ啖呵を切った場面からもこの時の「怒り」が感じられましたね。
怒り以上に悔しそうな表情。その中にどことなく卑屈さの様なものを感じるのは、かつては自分も利用することを仕方ないと割り切ろうとしていたからでしょうか。
何にせよ、今後カルラがヒナコを利用しようとする側に回るのはありえないでしょう。これまでは自分に求められた役割と、本心の間で迷っていた彼女の立ち位置が、この巻ではっきりとしました。
犬養大志と『ドン・キホーテの物語』
異世界人の村でヒナコは、以前魔物の群れに襲われた村を守るために共闘した異世界人・『武具錬成』のチートの犬養大志(いぬかいたいし)と再会します。
この世界のニンゲン達による異世界人の扱いが明らかになってきた頃、彼も何処かで狩られてしまっているのではないかと思ったのですが、再登場に安堵しました。彼の歩んできた旅路は決して明るいものではなかったようですが。
自分たちを救ってくれと、王国を打倒したヒナコに縋りつく異世界人村の村長たち。
犬養さんは村長の非礼を詫び、村の異世界人たちが『異世界転生』の物語とヒナコを重ねている事情を話します。
この場面のやり取りが好きですね。
『異世界転生』の物語を知らなかったヒナコにその浪漫を語り、その上で「そんな都合のいい現実逃避の嘘っぱちの甘い夢物語だ」と言い切る犬養さん。
異世界転生の勇者になれると勘違いしていた過去の自分ごと、「異世界転生」の幻想を信じていた人たちを冷笑する彼に、ヒナコは「『ドン・キホーテの物語』をご存じですか?」と尋ねます。
「ありもしない騎士物語に憧れて自分を騎士だと勘違いした狂人の話だ」と犬養さん。
「いいえ」「ありもしない騎士物語に憧れて本物の騎士にならんとした人間の話です」と返すヒナコ。
魔物に襲われたあの村で何の報酬もなく村にいる親子を守り、自分が助けた人に片目をえぐられた今でもなお誰かを救おうとしている彼こそが、ヒナコにとって異世界転生物語の『勇者』なのだと続けます。
異世界転生の物語に詳しくないヒナコが『ドン・キホーテの物語』を例えに出すのも、彼女の『ドン・キホーテの物語』の解釈も、彼女の言葉を受けた犬養さんの表情もいいです。良すぎます。
あまりにも無情で残酷な異世界の現状に膝をつきかけていた犬養さん。
それでも、今日まで本当の意味では膝をつかずに頑張ってきた彼の頑張りが、ヒナコの言葉に、真っ直ぐな眼差しに報われ、救われました。
あの村で無私で人助けをする犬養さんに出会わなければ、自分は復讐をするだけの人間になっていたかもしれないと話すヒナコ。
次にヒナコに会った時に恥ずかしくないようにと今日まで頑張ってきた犬養さん。
正しくあろうと頑張っている人の姿を見ることで、他の正しくあろうとしている人が頑張れるということ。綺麗ごとを貫くことの意義。その姿が誰かの力になっているというお話でした。
巷にあふれかえった「異世界転生」へのアンチテーゼ等では終わらず、「いい大人が夢を見ること」の是非も超えて、もっと先に綺麗に着地しました。
この場面、話の展開も、内容も、漫画としての人物描写も何もかもが良すぎましたね。
エイリスと『勇敢で義に厚く何より誇り高い巨人(おねえさま)』のおとぎ話
難民の子供たちを保護すること。その責任の重さにまだ迷いが見えるヒナコ。彼女よりも早く助けようと切り出すエイリス。
エイリスにはエイリス自身の幸せを求めてほしいと言うヒナコに、エイリスが語りだしたのは、かつて種族も体の大きさだって違う見ず知らずの自分に、『姉妹になろう』と声をかけてくれた勇敢で義に厚く何よりも誇り高い巨人(おねえさま)の話でした。
「そんなおとぎ話を私は知ってるんです」というエイリスの言葉が、先ほどの「『異世界転生』の物語」や、「ドン・キホーテの物語」の例えに綺麗に重なりますね。
以前のエイリスが「勇敢で誇り高く義に厚い種族巨人族」というおとぎ話を信じられなかったことも思い出します。
第1話のラストシーンを思い起こさせる丘陵地帯の日の出を背景に、ヒナコに手を差し伸べるエイリスと集結する4姉妹の構図が綺麗でした。
そして、妹の成長に「置いてかないで」と呟くも、すぐに撤回し「私も」「もっと早く歩いて見せるから」と決意と自信の宿った眼差しのヒナコ。
綺麗に第一部が終わりました。
綺麗に第一部が終わったと思っていたら、そこから始まった巻末のおまけ漫画の情報量が多すぎてびっくりしましたね。
特に4年後。「マーフィアの首領(ドン)エルダーシスターキョウゴクヒナコ」。
マーフィアという言葉は巨人語で採石業を意味する「マーハ」という言葉が崩れたものだと説明が入っていましたが、こじつけにしか思えませんでした。
「黒百合会(ブラックサレナ)」という組織名もいいですね。
ヒナコの持つ「正規コード」の意味は明かされましたが、依然として影の巨人や、日蝕の時にジュンコが見たものの正体は謎のままです。こちらも気になります。
謎を残したまま新章に突入。続きが楽しみ過ぎます。