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魔女の下僕と魔王のツノ16巻 感想


魔女の下僕と魔王のツノ 16巻 (デジタル版ガンガンコミックス)

 

 電子書籍のページを開いてすぐ目についた「完結」の文字。それぞれの成長が実を結び大団円へと向かう『魔女の下僕と魔王のツノ』16巻の感想です。

 

名残惜しいけれど大団円。祝完結。

 電子書籍サイトのこの漫画のページを開いてすぐに「完結」の文字が目に入りました。表紙はいかにも最終巻と言わんばかりの全員集合。目次にも「最終話」の文字。

 ああ、もう本当に名残惜しいです。

 物語が続いてほしくて、魔王に取りついた悪魔の生存に望みを託していたのですが、15巻を読み返してみたら、レジーナが魔物に変身したのは悪魔との契約の影響などではなくて、悪魔そのものが入っていたのですね。無言で入るから気付きませんでした。何か言えよもう。

 エリックも「冥王の毒針」の修行で色々面白そうなことが起きそうな伏線を張っていた気がしたのですがね。まあ、故郷ヒュペルボレアで、女性の身体で生活していても誰にも変化を気づいてもらえないエリックの「厚着だから…そう…厚着だから」の1コマは面白かったのですけれど。もっと丸々1話くらい使ったドタバタしたトラブルやハプニングを期待していたといいますか。

 八つ当たりと情緒不安定はこのくらいにしておきます。

 それぞれの人物の葛藤の積み重ねと成長がこれまでしっかりと描写されてきて、それが結実した素晴らしい大団円でした。

 漫画としての表現も最後まで賑やかで楽しく、それぞれのキャラクターの持ち味がよく出ていました。その上でいい意味で予想を裏切られる展開が多く、最後の最後まで楽しかったです。

 アルマの男に戻る発言へのサウロの予想外かつ自信満々の返し。こう来るとは思いませんでした。

 レイの呪いの件を乗り越えて、ビビアンの治療によって健康な体も手に入れたエリックからロイドへの「世界を壊すことになってもお前を離さないよ」発言。これまでのエリックだったら考えられないセリフだからこそ、確実な変化が感じ取れてよかったですね。本気度と艶やかさがにじみ出ている表情も良かったです。

 アルセニオのレイに対する愛の告白に関しては、事前の予想通りの展開のはずでした。

 しかし、物語序盤のアルセニオの魔物の身体に対する負い目や、『教国のレクエルド』でのエピソードや、自分の中のわだかまりを自覚して、それを乗り越えてきた彼が前向きな言葉で真っ向から告白していることが感慨深く、感情に頭が追いついてきませんでしたね。

 全部が終わってから「告白というより、今のはプロポーズじゃないか!?」となりました。

 

大魔女ビビアンの復活

 ビビアンがついに目覚めます。この物語の開始時から提示されていた終着点にして、レジーナとの出会いと決別を通して改めて「家族」というものについて答えを出したベティの、何より今まで寂しさと不安に耐えて頑張ってきた彼女にとっての願いの成就。

 「魔女の魔法」らしい楽しい薬の製造工程だったり、薬を飲ませた後、僅かに不安さを感じる表情でお祈りのポーズで待機するベティであったり、呪いの茨が砕け散り、目を覚ます瞬間がビビアン側の始点になっていたりと、あいかわらず、ゆるい様に見えて凄く丁寧な漫画です。

 わんわん泣くベティを見守るアルセニオの頬の弛み方も絶妙でしたね。

 ビビアンも関係各者への軽いノリの挨拶の次のコマで、自分の天敵・ヒルデガルドに気付き逃亡したり、さらにその次のコマではヒルデガルドのお説教にぐったりしていたり、彼女の豪放さが無駄なく楽しく表現されていましたね。

 お説教への反論のコマでの睨め上げる表情も良かったですね。美人の上目遣いなのに全然可愛くない一方で、絶妙に彼女らしい表情だと思います。

 さて、ビビアンは協力者たちへの礼として、願いを叶えることになるわけです。

 ヒュペルボレア勢たちのエリックの心臓を治療してほしいという願いへの「もっと無茶ぶりしてみろ」という駄目出しや、「簡単すぎてあんまり面白くない…」という人間性を疑われる反応も面白かったのですが、一番笑ったのは魔王キングブルの願いという名の求婚へのリアクションでした。

 さらには、サウロのアルマへのプロポーズの件を耳に入れて、アルセニオに女になってサウロと結婚するように迫ったり、それに異議を唱えたレイを「知らんアタシはイケメン増える方が楽しい!」と一蹴したり、かと思えば、その次のコマではレイを堕落の道へと誘惑していたり。自由過ぎます。すごくよく動く楽しいキャラクターしていますね。

 最終話でのキングブルとの続報も含めて、度肝を抜かれました。

 

まさかのラスボス。もしくは裏ボス。クラウド

 度肝を抜かれたといえば他にもありました。それは最終話直前の92話のラストシーン。

 15巻までの物語で、魔王の身体を乗っ取ってラスボスと化した悪魔に、悪魔と同化し魔物になったレジーナも倒して、ビビアンの復活も確定。

 私はこの巻で魔女の下僕と魔王のツノが終わると知った時、最後の巻は長めのエピローグのような構成になるものだと思っていました。

 今までの物語が綺麗に収束して、その後のお話が描かれるという意味では、この予想はそれほど間違っていかったはずです。

 ところが、最終話直前にまさかのラスボス登場。いえ、この場合は裏ボスでしょうか。

 とってもいい笑顔でスラリと愛刀を抜くレイとエリックの父・クラウド。アルセニオへ「表に出ろ。ロイドもろとも氷の海に沈めてやる」とおっしゃります。

 レイの呪いの件に関する真相や、エリックの魔女としての事情説明。そして、アルセニオとレイ、エリックとロイドの交際の報告を受けた彼。

 「情報が多すぎて頭が痛い」と当然の反応をして、それでも言っておかねばならないことがあると、「4人目の娘」であるレイへの「愛しているよ」の言葉をかけます。

 この漫画では、男女で明確に役割を分けるヒュペルボレアの社会のことや、その中で、長男なのに体の弱かったエリックや、男から女になったレイが、心無い言葉をかけられてきたことも描かれてきました。

 だからこそ、事情を知った上で、大切なことを改めて言葉で伝えます。クラウドの優しさと気遣い、愛を感じられるいい場面です。そこから次のページの1コマ目で、そのままいい顔で抜刀。

 笑いました。しかも場面転換で戦闘シーンカット等という事もなく、その続きの戦闘シーンから最終話突入。

 男だから女だからと押し付けられるものには関係なく、自分はなりたい自分になれると、レイは自分の出した答えを父へとぶつけます。

 この場面もやはり、自分の性別のことでこれまで悩み続けたレイの出した答えと決意が言葉になり、これまで愛を注いできてくれた家族への想いもあふれ出るとてもいい場面です。

 しかし、導入部分が完全にギャグですし、ロイドやサウロのサポートも込みで見ると、完全に主人公パーティとラスボスの戦闘場面の構図になっていて、そのせいで何となく笑えてしまいました。

 緩急つけて来るこのテンポも、これが最後だと思うと名残惜しいです。

 

ファンタジックラブコメディーとTS

 この漫画はTS(トランスセクシャル)を題材にした漫画としても、すごく読み応えのあるものでした。

 昨今、こういった要素を作品に盛り込んだものや、柱として使っている漫画も増えてきました。私も好きです。ただ、やっつけ仕事というか、ただの思い付きで使っているようなものも多いのですよね。

 その点、魔女の下僕と魔王のツノは違います。

 身体の変化とはすなわち精神の変化でもあることがしっかりと描かれていますし、周囲の見る目が変われば本人もその影響を受け、アイデンティティーの危機に、本人たちによる自身の主観の変化の分析など、いろいろと美味しい部分をしっかりと押さえています。

 さらに、そこから性自認性的指向・同性愛などに関する話、男女間での生物学的な感覚の違いに関する話といった真面目な蘊蓄まで盛りだくさん。しかもその話が面白く、テンポもいいのです。

 この辺りは、博識で知的好奇心が暴走気味のエリックの存在が活きていましたね。時に天然で、時に計算づくで周囲を混乱の渦に巻き込む彼もしくは彼女は、この漫画でも特にお気に入りのキャラクターでした。

 男とはこうあるべき、女とはこうあるべき、なら自分はどうなのかという事に葛藤を繰り返して、自分の答えを見つけたレイ。実は2回性別が変わっていたという展開にも驚かされましたね。

 宗教と現実、人と魔物の間で苦しんで、答えを出したアルセニオ。男女の間で苦しんだレイと共に、TSを柱にしつつもただそれだけではないこの漫画のテーマを体現するキャラクターでした。

 この漫画の本編ラストシーンが「俺が俺らしくいられて、君が君らしくいられる。それがすごく幸せ」という彼の独白と、アルセニオとレイの一枚絵で終わっているのも良かったです。

 最後の1ページでこの漫画で描かれてきたテーマが、もの凄くシンプルに、かつ美しく収束する感じが素敵でした。

 まあ、私が選ぶアルセニオのハイライトシーンは、アルマとサウロのTSカオス劇場なのですが。ファンタジックラブコメディー万歳。

 

 

 魔王城の魔物組と、亡国テイベレスのその後のエピソードにも驚かされました。

 人間も魔物も関係ない国・テイベレス。魔王城あり。大魔女ビビアンと薬草魔女ベティのカフェあり。炎の騎士サウロが所属。

 本当にこの漫画で今まで描いてきたテーマや、葛藤して成長してきたキャラクター達、復活した大魔女の存在などが、無駄なく瑕疵なくめでたしめでたしを築き上げていました。

 正直な話、魔王のデザインを始めとして、ゆるい部分はとことんゆるいこの漫画で、ここまで綺麗なハッピーエンドを見られるとは、読み始めた頃は夢にも思っていませんでした。

 ハッピーエンドだとは思っていましたが、もっとアバウトなめでたしめでたしになるのではないかと思っていたもので。最後までいい意味で裏切られました。

 もち先生。素晴らしい漫画をありがとうございました。