コミックコーナーのモニュメント

「感想【ネタバレを含みます】」カテゴリーの記事はネタバレありの感想です。 「漫画紹介」カテゴリーの記事は、ネタバレなし、もしくはネタバレを最小限にした漫画を紹介する形のレビューとなっています。

ぜんぶきみの性1巻・2巻 感想


ぜんぶきみの性 1 (電撃コミックスNEXT)


ぜんぶきみの性 2 (電撃コミックスNEXT)

 

 性転換体質になってしまった少年・了(りょう)と、生まれついての性転換体質である凪沙(なぎさ)のラブコメディー。『ぜんぶきみの性』1巻と2巻の感想です。

 

TSS(トランスセクシャルシンドローム)とラブコメ

 最近は漫画を中心にTS(トランスセクシャル)ジャンルは増えてきましたが、最終的に元に戻るにしろ、完全に不可逆なものにしろ、一度性別が変わったら基本的にその性別のままというものが多い気がします。

 この漫画のTSS(トランスセクシャルシンドローム)の場合は、男から女へ、女から男へと何度も何度も性別が変わります。

 類似の設定として、某二分の一で無差別格闘流なコメディー作品がとても有名ですが、あちらはお湯や水をかぶることで性別が変わる設定でした。日常生活でお湯や水を頻繁にかぶるのはギャグ寄りのコメディーだからこそ、許される展開でしょう。

 この漫画は、ギャグよりもシリアス寄りのラブコメディー。いえ、笑わってしまうタイミングでの性転換も多いのですが、よりラブコメディーにふさわしいものがトリガーとなっています。

 TSのトリガーは「ときめき」です。ときめくたびに性転換してしまうというこの設定に、読者も、主人公も振り回されることになります。

 変則的な設定のTSが物語の要であるわけですが、ストーリーや展開は王道のラブコメ。それでいて、恋愛モノとしての部分でもTSSの設定が深く絡んできます。

 

後天性TSと先天性TSのラブコメディー

 片や男として15年間生きてきたために、女性としての身体や自分の性転換体質に振り回される了。

 精神面でも影響を受けていることが伺え、アイデンティティーが危機的状況になったりするのもTSのお約束。

 片や生まれつきのTSSであったために、自分の本来の性別がわからず、恋愛というものを遠ざけてきた凪沙。

 「イケメン」・「美少女」ともてはやされる一方で、周囲から男であり女でもあるというありのままの自分を受け入れられず、異性という感覚がないために男女としての距離感もバグっています。

 TSSの設定だけでも、可変型両性同士のカップルというだけでも面白いのに、後天性TSSと先天性TSSのカップリングは天才の所業であると言わざるを得ません。

 

後天性TSS鷺宮了(さぎみやりょう)

 後天的にTSSになった了は、自身の身体の変化や、それに伴う心の変化、周囲の反応に振り回される等、TSジャンルのおいしいお約束は守りつつも、決してそれだけではありません。

 凪沙に恋をして志望校を変更する等、恋愛に対してアグレッシブ。ところどころで自己評価が低いわりに、自分で「高嶺の花」と称した相手に好意を隠さず真っ向勝負。

 生まれつきのTSSであるが故に異性という感覚がなく、恋愛感情も理解できないと寂しげに笑う凪沙の「僕を好きになるなんてやめておいたほうがいい」という言葉に、「俺が先輩にわからせてあげますよ!人を好きになる気持ち!」と速攻で返す男振り。

 突っ込みの切れもいい反面、友達の目の前でハート型の絵馬に凪沙の名前を書き、大きな声に出して縁結びの願掛けをする等、ボケ属性にも似た妙な思い切りの良さがあります。

 そしてチョロいです。

 コスプレカフェでコスプレドレスを着せられ、「む…無理ですよこんな…!俺…男だし…」と言っていた舌の根も乾かぬうちに、「ここでバイトすれば凪沙のコスプレ姿も見放題だぞ?」というオーナーの懐柔と、「了くんと一緒に働けたら僕もうれしいな」という凪沙の笑顔にやられてアルバイトを承諾。

 この場面、絵もテンポも漫画表現も完璧でしたね。

 羞恥から勧誘を拒絶。しかしあこがれの先輩に褒められ頬を染め、オーナーの言葉に懐柔されかけ、それでも自分は男として先輩に見てもらいたいと踏み止まろうとした所で、男の凪沙の天然イケメンスマイルに屈するまでの流れが最高でした。

 格好良く、チョロ可愛く、微笑ましさもあり、基本的に突っ込み役でありながら真顔でボケるかの様な面白さもあり、非常に魅力的なキャラクターです。

 

先天性TSS水上凪沙(みかみなぎさ)

 凪沙はラブコメにありがちな、テンプレート的な天然属性と見せて、単純にそうとも言えないキャラクター。※極端な料理下手といった古典的なキャラ付けもありますが。

 男女としての距離感がバグっていたり、女同士の状態で了と一緒に風呂に入っても大丈夫だと思っていたりと天然で了を振り回しますが、この辺りの天然ぶりには先天性のTSSであることが強く影響しています。

 生まれつきのTSSであるが故に男女どちらも同性として見ている節があり、相手側からすれば異性である状況でも、距離感が近くなりがちです。

 その反面、恋愛感情に疎く、誤解を誘発する思わせぶりな言動をよくします。

 凪沙の天然の全部が全部TSSに起因するものではないのでしょうが、そう窺える部分があることで、浮世離れした性格の背景がいろいろと想像できます。その分だけキャラクターに説得力と深みがあるのですよね。

 最初は恋愛感情が理解できないと言っていた凪沙が、了やモナンジュのメンバーの影響で、人を好きになる気持ちを知りたいと思うようになっていくまでの展開も、味わい深く、見応えがありました。

 了に初めてときめいてTSした夏祭りの次の回で、特に何の下心もなく女同士のお風呂に誘っていたのには笑いましたが。

 一緒にお風呂に入りたがったのも、生まれつきのTSSに絡んだ事情があったのですが、全く下心なく問題もないと思っている凪沙と、断るに断れず、己の理性と闘いながら赤面と面白リアクションを連発する了には笑いました。

 

「Mon ange(モナンジュ)」の個性的なメンバー 塁(るい)と伊織(いおり)

 個性的なメンバーが多いコスプレカフェ「Mon ange(モナンジュ)」。

 クールに佇んでいる様で、自分の欲望を隠す気がないオーナー木原砂羽(きはらさわ)。お爺さんから継いだレトロな純喫茶をコスプレ喫茶にしてしまった業の深い人です。

 面倒見の良いお姉さん瀬尾一夏(せおいちか)。同性の砂羽さんとこっそり恋愛中。なお、他のメンバー全員にバレている模様。

 女の子が大好きな褒め上手カイくんこと榊海(さかきまりん)。イケメンでモナンジュのエース。自分の心と不一致な女性の身体を他人に見られるのが嫌で、かわいい名前がコンプレックス。

 女装の達人・神楽坂塁(かぐらざかるい)。自分の可愛さに絶対の自信を持つ一方で、運動音痴であることや、身長のことは気にしている様子です。

 裏方の衣装作り担当・八重樫伊織(やえがしいおり)。塁の幼馴染でかわいいものが大好き。かわいい服を着られる自分になりたかった少年。

 あくまでラブコメのメインは了と凪沙で、カフェメンバーのサイドストーリーはコンパクトに収まっている印象なのですが、それがうまくメインに絡んでくるのがまたいいのです。

 一夏と、カフェのオーナーが同性同士でむつみ合っている現場を凪沙が目撃して「『性別』にこだわってたのは僕のほうなのかもしれない」と気付くきっかけになったり。

 初めてのキスの後、凪沙を避けてギクシャクしていた了が、伊織の「かわいい服を着たい」という願望をうっかり暴いて避けられるようになり、顔を合わせると逃げられる現状は、自分が先輩にしていることと同じなのではと反省するきっかけになったり。

 モナンジュのメンバーの物語が了たちの物語を動かすきっかけになっているのと同時に、了たちによって彼らの物語が動かされることになります。この相互関係がいいですね。

 2巻では塁と伊織のエピソードが動きました。

 男らしくなりたかった。女の子に間違えられたくなかった。かわいいことがコンプレックスだった。そんな塁が開き直った結果、現在は女装コスプレで堂々と接客できる様になっていると。メンタルが強すぎます。

 親友のために積極的にかわいい服を着るようになった動機も含めて、かわいい男の娘をかわいいままで、あそこまで格好良く描けるのはすごい気がします。

 

フェチズムと王道

 この漫画はTS関係というか、男女の描き分けが凄くしっかりとしています。

 キャラクターの顔は一見、古くは少女漫画、現代では幅広く使われるキャラクターの眼を大きく描く画風ですが、男性の顔と女性の顔を目と輪郭の比率でまず間違えないくらいにはっきりと描き分けています。

 同じキャラクターでも性別が変わるとはっきりと顔が変わるのですよね。それでいて、同じ人物の顔だと違和感なく認識できます。

 全体的な男女の体格差や、手や指といった部品の大きさの違いがはっきりと分かる様に構図やカットも工夫されていて、何より骨格の違いではっきりと見分けられる描き方をしています。

 過度に筋肉質にしたりせずとも、骨格と現実味のある肉付きだけで男性の身体のごつさを表現できて、同じように、胸や臀部の凹凸だけではなく、骨格とその上の肉の付き方で女性の身体の柔らかさを表現できているのですよ。

 何と言いますか、絵からフェチズムが溢れていると言いますか、こだわりを強く感じる印象に残る絵です。そこがすごく好きですね。

 いわゆる写実的というのとはまた違いますが、リアリティーを感じつつ、漫画の絵ならではの魅力も感じることができる絵です。

 ここぞという場面での表情描写も好きですね。絵としての見応えはもちろんですが、漫画の表現として説得力があります。

 その時の状況・シチュエーションではなく、絵そのものに「こんな顔されたらときめくよな」という説得力があります。

 この漫画はTSSというTSモノの中でも少し変わった設定を中心にしていますが、ラブコメとしては直球ド真ん中です。

 直球ド真ん中の作品を「王道」と「ありきたり」に分けるのは、このクオリティーの違いですね。漫画の表現に物語に対する説得力があるのです。

 

 

 同じTSSでも男性時と女性時の体格差の変化に幅がある設定も好きですね。

 男同士の時は了の方の背が高いのに、女同士だと凪沙の方が大きく、一番体格差があるのは女の了と男の凪沙の組み合わせ。視点の変化で見えてくる世界も変わりそうです。

 この漫画は絵にも、物語にも、キャラクターにも、作者の趣味嗜好とこだわりが感じられて、その上で、漫画としてわかりやすく読みやすくまとめられています。そこが好きです。