無防備な凪沙にドキドキさせられっぱなしの了。
一方の凪沙も、生まれつきの両性ゆえに意識したことのなかった「異性」を了に感じ始めます。『ぜんぶきみの性』3巻・4巻の感想です。
TSSの秘密と縁結びの神様
モナンジュに突然現れた謎の少女。大切なものをなくして困っている彼女の正体は了をTSSにした縁結びの神様でした。
了が普通の男に戻るには縁結びの神様が紛失した神器(タブレットPC)が必要であるというある種の物語としての落としどころもこの回で提示されました。
物語のスタートも了が凪沙との仲を神に祈ったからでしたし、実際の問題として、了は物凄くご利益を受けていますね。
しかしながら、了や凪沙がTSするときに出ていた「0」と「1」の羅列のエフェクト。2進法ひいてはプログラムコード的な何かを連想するエフェクトでしたが、まさか神様のタブレットのアプリでTSが管理されていたとは。
妙に細かい演出だったことが判明したTSSの裏事情に、何だか笑ってしまいました。
ショッピングデートと恋人つなぎ
モナンジュのメンバーでプールへ行こうという話になり、了は女バージョン用の水着を買いに凪沙とショッピングデートへ行くことに。
前日に何を着ていくべきか迷う了と姉のやり取りも良かったですね。
TSして女子の制服を着る羽目になった弟を指さして大笑いする了の姉。その一方で弟のことを大事に思っていて、了の方もそれがわかっているから姉を憎からず思っていると。短いやりとりながら2人の関係が伝わってくる場面でした。
デート当日の了は完全にあこがれの先輩と初デートする女の子の図。そのものですね。
いえ、好きな相手とデートなんてことになれば緊張するのは当たり前ですし、男だって身だしなみを気にするのも普通ですが、絵面の問題です。少女漫画のワンシーンの様。
水着選びも終わった帰り際に、凪沙の提案で手をつなぐことに。「手…つないでもいい?」と聞かれた時のリアクションと、恋人つなぎにときめきかけるも、気合でTSを我慢する了に笑いました。この場面TSの時のエフェクトが出かかっているのですよね。
デート開始時からそうですが、ドキドキする了は、凪沙が男で、自分が女の状態であることをまったく気にしていません。そんな自分の変化を自覚している様子がないのも読者目線から見ていてニヤニヤものでした。
凪沙の方も、女としての自分を好きになったのに、男としての自分にも好意を向ける了の様子を「うれしい」と感じます。
そして、何故「こんなにも」嬉しいのかと、ふと疑問に思います。ただ嬉しいで終わらないのですよね。自分の胸のときめきを少しだけ自覚します。
この辺りの心象描写のテンポが完璧でしたね。
恋人つなぎにドキドキする了。一方、凪沙の思考は過去の記憶へ。
1ページだけ挿まれた回想。TSS体質である自分への悪意なき言葉に傷ついた記憶。回想を挟んでもテンポが全然くずれておらず、凪沙の心象についての説得力は抜群。凄いです。
記憶の中の男子たちと了の違いに嬉しさを感じ、ふと、何故「こんなにも」嬉しいのかと胸の高鳴りを自覚すると。
単純なTSラブコメではなく、TSS同士、それも後天性TSSと先天性TSSの組み合わせでないと成立しない恋愛ストーリーになっているのが本当に素敵です。
みんなでプールへ
そしてプール当日。みんなで遊びに行く時のワイワイガヤガヤ感に加えて、他にもいろいろと面白かったですね。
海先輩、真面目な顔して語彙が面白いです。
凪沙と女同士で、2人用浮き輪に乗ってドキドキしていたら、物凄くくすぐられる羽目になった了。
コミカルなシーンと見せかけて妙に高画力で書かれているコマもあったり、他の3人の会話が進んでいる間もずっとくすぐられていたり、笑い死に仕掛けている了を何かに目覚めた貌で見ている凪沙だったりと、このプールでのエピソード、本当に面白かったです。
当て馬の様な何か・田辺に完全勝利するTSSカップル(仮)
みんなと楽しんでいた了に「おまえ男のくせにそんな格好して恥ずかしくねぇの?」と絡んできたのは、了と同じ中学出身の少年・田辺。
この田辺のキャラクターが何とも絶妙でしたね。
彼は単なる嫌な奴というべきか、年齢に不相応な酷い言動をする男で、人物的な魅力は皆無でした。
では、何が絶妙だったのかというと、了と凪沙の関係を発展させる起爆剤としてですね。
バトルやスポーツをするわけではないので「かませ犬」というのは何だか違いますし、「当て馬」という程には恋のライバルにもなれていないので、何とも表現に困りますが。
凪沙が自分の嫉妬を自覚するきっかけになり、さらには了から凪沙への言葉を引き出して結果的に2人の恋の進展に貢献しました。
どうも女になった了に気がある様子ですが、気を引く手段が悪口を言って絡むのみ。
わざわざ了を呼び出して「あんな顔だけの奴に心まで女の子にされちゃったわけだ」と煽ったり、了を押さえつけて「力で敵うわけないだろ?それが女の子なんだよ了ちゃん」と煽ったり。
ついには凪沙を貶めて、了から手痛い反撃を受けるわけですが、この辺りを読んでいて、「浅月先生、いろいろと調整力が凄いな、漫画を描くのが本当にうまいな」と思いました。
昨今感情的に暴力をふるう場面にクレームがつくことも多いですが、田辺の言動は常識の範疇を超えていて、女子を壁に押さえつけている図から言っても完全に危険人物。
ピンチ故に物語的に盛り上がり、だからこそ、了の反撃は身を守るための正当防衛。※喧嘩口調ですが、やっていることは暴力的な拘束からの脱出にすぎないわけですし。
腕力で負けている状態からの怒りの一撃も、ご都合主義ではなく、とても現実味のある反撃方法でした。
そして、この時、了が田辺へ向けた怒りの顔。あえて少女の姿で男気を爆発させるのもTSモノならではの良さがあります。普段、凪沙の前で乙女になっている時とのギャップが素敵。
さらにはモナンジュメンバーの連携で田辺を適切に処理。テンポもいいですね。
帰宅時にまた絡んできますが、凪沙の堂々とした恋人宣言と、それにときめいて男になった了のたくましさに田辺は完全敗北すると。
全く同情の念がわかない人物でしたので、彼の失恋の様子は純粋に笑えました。
了と凪沙の恋愛の進展に、漫画としての盛り上がりはもちろん、いろいろな方面への気遣いと細かい調整が完璧でしたね。こういう調整をなんでもないことの様にできてしまうのが、本当に凄いと思いました。
凪沙が本当に聞きたかった言葉
ロッカー前のベンチに並んで座る了と凪沙。
「あの先輩ももったいないよな。女だとあんなイイ体してんのに半分男とか萎えるわ」田辺の口から出て、了を怒らせた言葉は、凪沙にも聞かれていました。
そしてその言葉はショッピングデートの時に凪沙の頭をよぎった記憶と同じく、これまでに凪沙を傷つけてきた言葉と同じものでした。他にもいろいろあったし、もう慣れてしまったという凪沙。
「好きな相手が性別不詳とか…やっぱり…うれしくはないだろ?」と寂しげに笑う彼女。
了は「俺は…初めて会ったとき先輩のこと女の子だと思っていたし、先輩を女の子として好きになった…けど」、「それでも…男でも女でも先輩は先輩ですから俺は先輩のことが好きなんです」と直球で返します。
この場面、変に気遣うでも同情する感じでもなく、自分の中の言葉を静かに探す感じで話し出して、澄んだ目でまっすぐに返す了が良かったですね。
気遣ったり、同情したりしている感じだと、言葉の裏を読んでしまいそうですし、何より透明感のある了の表情がいいです。
男でもあり、女でもあることが本人にとって当たり前で自然なことであったのに、それを受け入れられず傷ついてきた凪沙。そんな凪沙が本当に聞きたかった言葉を偽りのないまっすぐな瞳で返す了。
ショッピングデートの時や、これまでの積み重ねもありますし、了の好意も、その言葉も嘘偽りのないものであることは凪沙にも読者にも明白です。こういうのは絵の説得力も大事ですし、これまでの物語で積み重ねてきたものの説得力も大事ですよね。この場合、どちらも完璧です。
感涙にむせびながら、思わず抱きしめてしまった凪沙が自身の了への気持ちに気づきかけた瞬間、凪沙に抱きしめられて、ビキニを着たままトランスしてしまった了によって、いい雰囲気の状況は中断。
さらに、その後、男の了と女の凪沙がシャワールームで何やら妖しい雰囲気になりますが、こちらも了が再びTSしてしまったことで状況は終了。
TSSの設定は、ラブコメ的な展開や状況をリセットするのにも便利ですね。
大浴場でのハプニングは本編も、おまけ漫画のバージョンも面白かったですね。
本編では生理現象を目撃された挙句、それに両性ゆえの理解あるコメントを返されて変な扉をこじ開けられる了に笑いました。
おまけ漫画では、男同士なら安心安全だと思っていたらあっさりTSさせられてしまった上に、TS深度のかなり深い心理描写を披露する羽目になった了と、凪沙の照れた顔も良かったです。
TSS発症直後の了や、凪沙の過去エピソードも良かったですね。真面目な凪沙がなぜ校則違反のアルバイトをしているのかにも納得がいきました。
ついに自分の了への気持ちを自覚し始めた凪沙。24話のぎこちない表情とかも最高でしたね。