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魔女の下僕と魔王のツノ9巻 感想


魔女の下僕と魔王のツノ 9巻 (デジタル版ガンガンコミックス)

 

 前の巻から引き続き、アルマを巡って拗れる話が面白い。魔女の下僕と魔王のツノ9巻の感想です。

 

三文芝居から思わぬシリアス展開に

 サウロが回収してしまった魔導具・帰宅の鍵を取り戻すため、犯人役・ロイド、人質役・アルマの三文芝居が繰り広げられます。

 アルマがロイドハーレム(仮)の一員だと勘違いしたサウロが殺気だっていたものの、前の巻を読み終わったときに期待していたよりも、かなりあっさり人質作戦は終了。

 しかし、「アルセニョは死んだ」と聞いたサウロが笑ったことで、ロイドが激昂。アルマもショックを受けます。

 サウロはアルマの正体に気が付いていたので、三文芝居に対して笑ったのですが、自分の反応が誤解を生んで、アルマを傷つけたことをサウロも悔やみます。

 私としてはもっとコミカルな方向性で拗れた展開を期待していたのですが、思いもよらぬシリアス展開になりました。

 この失敗と、直後に街を襲撃した魔物たちとの闘いを通して、かつてアルセニオを助けなかった自分を悔いるサウロや、魔物であることがばれたアルマを仲間のイスパニア兵の攻撃から庇って倒れるサウロの姿には、正直すっきりとしました。

 別にサウロが傷つくところを見たかったわけではないのです。

 ただ、サウロがもう一度、アルセニオと向き合う上での禊と言いますか、けじめと言いますか。トノコ信教の教義に当てはめて、アルマと自分の関係を勝手にご都合解釈しただけでは、魔物になったアルセニオに対するサウロのこれまでの態度を知っている読者としては、正直腹に据えかねる部分があったので、その辺がすっきりとしました。

 これで心置きなく、この先のTSカオス劇場・第二部に没頭できます。

 

ベティの魔法

 魔王城攻略ではずっとお留守番と後方支援だったベティが、今回、鮮やかに活躍しました。危機的状況でも、自然な笑顔で思い切った行動に出るところに、器の大きさを感じます。

 年相応に落ち込んだり、泣いたりする場面も描かれてきましたが、そういった子供らしい面と、今回の様な年齢不相応な器の大きさの両方が描かれていても、人物像に一貫したものを感じるのは、要所要所の細かい描写がしっかりしているからです。

 この漫画、楽しくノリの良い会話と、セリフのテンポの良さが特に目立ちますが、人物描写が丁寧なのも魅力だと思います。

 ベティは知識が凄くても実技が苦手なタイプかと思っていたのですが、得意分野なら実技も凄かった模様。自分に剣を向けるイスパニア兵たちの空気を丸ごと無視した笑顔の自己紹介から、得意魔法の披露へ続く演出も好きです。

 花と植物に飲まれる街、街の中に森ができるという描写も、ファンタジー感全開で好きです。

 街1つ飲みこむ魔法は、ビビアンが事前に仕込んでいた仕掛けを使ったからこそとの説明でしたが、表紙裏のオマケを見る限りでは、それを使いこなせるのはベティの実力ということでいい気がします。

 

サウロの誤解、TSカオス劇場・第二部

 サウロは「他に好きな男の人がいます」、「忠誠を誓った主人がいるんだ」というアルマの言葉に、女の姿をしているのは、「その男=主人」のためなのではと疑います。

 更に、アルセニオの仲間で、外見からはっきり男性とわかるのはロイドのみ。

 サウロは「ロイド=アルマの主人=自分の恋敵」と思い込みます。

 レイ、エリック、ベティまでメンバーに含むハーレム疑惑を一方的にかけられたロイドをはじめ、サウロの勘違いと、それによってもたらされる珍事がいろいろと面白かったです。特に下の2点。

 決闘を申し込まれそうになるベティ

 故郷・イスパニアへ戻る船を見送り、再びアルマに会いに来たサウロ。

アルマの正体がアルセニオであることは最初から分かっていたということを伝え、その話の流れのまま、プロポーズも本気だったということを伝えます。

 アルマは自分がサウロを受け入れられない理由の1つとして、好きな人がいることを明かし赤面。サウロはそんなアルマに「お前の主人に決闘を申し込む」と言い放ちます。

 この場面、大真面目で恥じらう様子もなく話すサウロと、犬に化けたレイ(=好きな人)を抱いたまま赤面するアルマに、動物に化けて2人の様子をうかがう仲間たちというほのぼのとしつつも面白い構図でした。

 そこから、いきなり自分が決闘を申し込まれるという展開になった際のベティの反応に笑いました。

 サウロはロイドに決闘を申し込むつもりで、そもそもアルマ=アルセニオが好きな人はレイであるというのに完全なとばっちり。

 目の前で展開する恋愛劇にドキドキしていたら、いきなり決闘を申し込まれてしまったベティが衝撃を受ける様子がなんとも言えません。

 大真面目な態度でズレた会話を続ける2人、猫ベティの動揺、幾重にも重なった理不尽な勘違い。

 作中人物の目線ではシリアスなのに、読者目線ではとことんコミカル。このカオスな感じが大好きです。

 アルマの魔力供給手段(サウロの想像)

 魔物であるアルセニオは、魔力がなくては生きていくことができず、自分の体に魔力を取り込む必要があります。一般的な魔物は人間などを襲ってその血肉から魔力を取り込みますが、アルセニオは主人である薬草魔女・ベティの薬草料理や、青汁で魔力を賄っています。

 今回、サウロがその辺の事情を誤解。

 「おまえに魔力を与えているのはその主人か?」という問いに「Yes」、「血液を食べてる?」に「No」と答えたアルマに、自分と主人を食べ比べてみろと迫ります。

 アルマは最初意味を理解できず、私も意味が分からなかったのですが、続くサウロの言葉に大笑い。

 前の巻でも「性行為によって魔力を得る魔物は多い」という記述がありましたが、正直その発想はありませんでした。

 一度誤解であるとわかった直後に「試そう」と改めて言うサウロと、赤面などを一切含まない必死な顔で「断る!!!!」と反応を返すアルマに再び大笑いしました。

 

エリックの助言

 相変わらず見識の広いエリックによるアドバイス。今回はレイとサウロに想いを告げられたアルマへ。

 人間は本来、両性愛者であると説く識者がいる事や、両性愛者にも男性・女性どちらを好きになりやすいかに偏りがある事などが語られました。

 ただ、印象に残ったのはむしろ話の後半で出てきた「正しさ」について。

 「何かを正しいと信じるためには、他は間違っていると断じなければならないからね」という言葉は、世に蔓延る誤解や偏見、価値観の押し付けなどの核心をついている言い回しだなと感じました。

 と同時に、トノコ信教の教義がそのまま社会的な価値観になっているイスパニア出身者に対しては、まさにベストな助言だと思いました。

 

「アザラシごっこ」の秘密

 サウロに負けじとアルマに大胆な告白をするレイ。告白時のしっくりくるポーズをいろいろと検証するのが面白く、最終的に力いっぱいのハグに落ち着いたのがかわいかったです。

 しかし、話をそれ以上進める前に、レイとロイドは関係を清算するため、2人だけで話をすることになります。

 レイはロイドに対してこれまでの態度を謝罪すると同時に、自分の秘密を打ち明けました。

 子供の頃にレイが好きだった「アザラシごっこ」。2巻で、幼少の2人の回想シーンでも出てきた遊びです。具体的に何をするのかと言うと、頭からシーツをかぶり、正面から顔を出します。

 これが実は「アザラシごっこ」ではなく、「お嫁さんごっこ」だったというのがレイの打ち明けた秘密です。自分が男に戻れないのはきっと自分が男に戻りたくないからでロイドには責任がないと言うレイ。

 しかし、それではレイは女性になりたかったのかというと、それは本人にもわからないという話でした。花嫁衣装に憧れていたのも、男が好きだからではなく、ただ綺麗な服を着たかったからとのこと。

 2人の故郷であるヒュペルボレアが、男女の社会的な役割分担のはっきりした国だったことや、レイが3人の姉にかわいがられていたことを考えると、いろいろと想像が働くと同時に、「お嫁さんごっこ」が秘密の遊びだったこともしっくりときます。

 自分の好きになった相手が、男の姿でも、女の姿でも自分の気持ちが変わらなったことで、自分の性別もどっちだっていい気がしてきたというのが、レイの出した答えです。

 レイが出した答えは、一見曖昧な様で、ここまでの物語で積み重ねられた説得力がありました。自分の本質が男でも女でもどちらでもいいという答えは、心からそう思えたのであれば、とても素晴らしい答えなのではないかと。

 伏線だとは夢にも思わなかった「アザラシごっこ」に関する「秘密の告白」からの話の流れも美しく、レイの心が男だったのか女だったのかという問題の決着としては大満足です。

 ただ、今回のエピソードを見て、女になったレイが、家出するまでの間、家族とどんなやり取りをしていたのかが無性に気になってしまいました。

 家族仲がいいのは間違いないのですが、いきなり女性になったレイと、家族のやり取りが気になります。

 本編では語られることはなさそうですが、オマケの4コマか何かでぜひ読んでみたいと思いました。

 

 

 最終的にサウロもすっきりと一向に合流。恋のライバルであるはずのレイと2人で、アルセニオ包囲網を組んでいて笑いました。

 てっきり殺されてしまったものだと思っていたアルセニオの両親も無事だったという話も出てきて一安心。

 ただ、物語の続きは楽しみなのですが、次巻でアルマがアルセニオに戻ることが作者コメントで明言されていて、少しだけがっかりしてしまいました。