コミックコーナーのモニュメント

「感想【ネタバレを含みます】」カテゴリーの記事はネタバレありの感想です。 「漫画紹介」カテゴリーの記事は、ネタバレなし、もしくはネタバレを最小限にした漫画を紹介する形のレビューとなっています。

ぜんぶきみの性5巻・6巻 感想


ぜんぶきみの性 5 (電撃コミックスNEXT)

 


ぜんぶきみの性 6 (電撃コミックスNEXT)

 

 自分は了のことが「好き」なのか。自分の中で渦巻く様々な感情に思い悩む凪沙。

 その一方で、体育祭で凪沙と別チームになってしまってやる気が出ないとぼやく了に、「負けたほうは1日何でも言うこと聞くとかどうだい?」と何の気なしに持ち掛けます。

 『ぜんぶきみの性』5巻・6巻の感想です。

 

熱血と煩悩の体育祭

 チアボーイ凪沙と、学ラン少女了の応援合戦には、浅月先生のこだわりとフェチズムを感じました。

 凪沙をチアガールではなくチアボーイで出したり、女子バージョンの了に学ランを着せたり、あえて性別逆転衣装をチョイスする辺りもそうですが、どちらも見開き画面でいろいろなカットを並べています。

 両サイドに筋肉質な男子を配置し、相対的に華奢に見える凪沙のチアボーイ。それでも、筋肉や骨格の表現はしっかりと男子仕様。

 わざわざ男バージョンの凪沙にチアをさせ、その上で可愛さを強調して、実際にかわいく描けてしまっている辺りに、単純なTSへのこだわりだけではなく、そのもっと先にある執念の様なものまで感じてしまいました。

 了は凪沙のチアボーイを見てTSしてしまったため、急遽女子バージョンでの応援合戦参加に。あらかじめこのような事態も想定していた団長によって目立たせていく方針へ。

 サイズが合わなくなってしまった学ランをマントの様に装着。さらしを胸の位置に巻き直します。限界まで締めても腹ではなく腰の位置まで落ちてきてしまうズボンや、手袋に覆われた手元の描写に、細部までのこだわりを感じましたね。

 急遽女子バージョンで演技をすることになっても、安易に恥ずかしがらせたりせずに、堂々とした表情で演技をさせて、了の男らしさ・凛々しさを強調。その上で演技が終わってからTSギャップのあるオチをつける辺りに熟練の技を感じました。

 男子リレーに女子の体で参加する羽目になった了。

 男女の体格差・筋力差を根性でカバーしようとする熱血展開の熱源が、凪沙に対する煩悩であることがとても笑えました。

 CASE.25の最後の1コマなんか、真剣そのものの必死さを感じる表情で、モノローグが「このままじゃ…先輩に1日なんでも言うこと聞いてもらえない!」。

 その後も了が真剣に大真面目な顔で奮闘すればするほど、必死な顔になればなるほど、煩悩まみれの動機とのギャップで笑えました。

 

恋人ごっこからの急展開。応援したくなる2人。

 体育祭は凪沙のいる白組の勝利ということで、1日なんでも言うことを聞くことになった了。

 恋愛感情を理解したい凪沙のために、凪沙が一夏から借りてきた漫画を参考資料に、いろいろな恋人シチュエーションに挑戦することになります。

 私としては、至近距離で眼鏡をはずされ、演技であるため普段の凪沙とは全く違う表情の彼に「おまえメガネ取るとかわいいじゃん」をやられて、最近実装されたばかりの乙女回路を焼かれる了が一番ツボでしたね。

 恋人ごっこの最後に、下の名前で呼ばれてトランスしてしまった凪沙。

 それまで全然気にした風もなく、わくわくした顔で自分の名前を呼ばれるのを待っていたのに、いざ呼ばれると自分自身に対して不意打ちのときめきになってしまったのが最高でしたね。

 そして、トランスした凪沙を見て、ずっと気になっていた夏祭りの日に凪沙がトランスしたのは自分が原因だったのかを尋ねた了に、答える凪沙。事実上の両想いの判明。

 ここからは急展開でした。

 後日、凪沙から相談を受けて「それはもう好きなんじゃ?」と読者の代弁をしつつ、凪沙が自分で気持ちに気がつける様に、じっくり考えてみるように助言する一夏。

 モナンジュのイベントの劇で男役として女の了のパートナーに立候補し、凪沙の嫉妬を煽る当て馬役をこなす確信犯・海。

 そして、自分の中に生まれた綺麗なだけではない感情たちに戸惑う凪沙の背中を押す神ちゃまちゃん。本人も言っていた通り、これ以上ない働きでした。

 みんなに背中を押されて駆け出す凪沙。いいですね。

 なんといいますか、周りのアクションに納得できてしまうといいますか、周りが応援したくなる気持ちがわかってしまいます。

 相手に対して誠実であろうとする2人。純粋な凪沙。真っ直ぐな了。このカップルには応援したくなってしまう魅力があるのですよ。

 劇に乱入してきた凪沙の相手をノリノリでする海に、前のめりでナレーションをする一夏、訓練の行き届いたお客様方。完全に『略奪されるヒロイン』ポジションの了。

 面白かったですね。特に了は。

 脚本無視の乱入に理解が及ばず、完全に置いてけぼりのはずなのに、真剣な表情で迫る凪沙に強引にヒロインにされてしまう様が非常に面白かったです。

 

告白

 凪沙が劇に乱入して了を略奪した日、モナンジュ閉店後の帰り道。

 凪沙の乱入は演出ではなかったと聞かされて、凪沙の言葉の意味を考え、了の胸の高鳴りが加速する中、普段と違う真剣な表情で自分の胸中を語り始める凪沙。

 性別不詳の自分には恋愛なんてできないとずっと思ってきたこと。自分には理解することもできないと諦めていたこと。了が性別なんて関係なく自分を好きになってくれてすごくうれしかったこと。

 そして、了への想い。

 この告白シーンは控えめに言って最高でしたね。

 1巻でも登場した凪沙お気に入りの帰り道。了が凪沙に「俺が先輩にわからせてあげますよ!人を好きになる気持ち!」と啖呵を切った道と同じ場所で違う時間帯。

 夜道のほど良い暗さの表現、川の向こう岸の灯、了の髪やスカートを揺らす風などからは、その場所にいるかの様に空気を感じることができました。そのおかげで、より一層、告白の場の空気の臨場感を味わえました。

 自分の気持ちをできる限り誠実に伝えようという凪沙の言葉、頬を染めて目を見開いて聞き入る了。コマ割りも構図もテンポも完璧。

 右のページ右半分を使った縦長ゴマと、左のページの左半分を使った縦長ゴマでそれぞれ凪沙と了を大きく映し、その間のコマで向かい合った2人をいろいろなアングルで映したコマ割り。凪沙と了の表情と顔のアングルも素敵でした。

 そして、了が聞きたかった言葉をはっきりしっかり聞けた場面は、了がその言葉の意味を理解した瞬間を切り取り、そのまま2人の顔をそれぞれ正面から描写。真っ直ぐな目と見開いた眼。

 そして、「了くんのことが好きだ」と「だから僕と本当の恋人になってくれないかな?」はそれぞれ全く別の構図の見開きを2連続。2人だけの世界が輝いて見えるもので1つ。ムーディーかつその場所の空気が感じられる夜景を背景にしたもので1つ。

 巻をまたいでの次の回も2人は艶のあるすごくいい表情をしていました。絵の放つ色気に加えて、コマ割りや構図などから感じるリズムも、普段とは違う特別なものを奏でていました。

 本当に最高でした。

 

海(まりん/カイ)の告白。一夏(いちか)の慟哭。砂羽(さわ)からの言葉。

 凪沙の背中を押す一方で、了の言葉に背中を押されて、一夏に自分の秘めていた想いを告げた海(カイ)。そして、かつて女としての海(まりん)に恋心を抱いていた一夏。

 同性として海のことを好きになった同性愛者の一夏と、異性として一夏を好きになった性同一性障害の海。両想いであったのにすれ違ってしまった2人の恋が切ないです。

 海側の回想によると、彼は砂羽さんと一夏が付き合い始めた瞬間を目撃していましたが、逆に一夏側の回想からするに、彼が来るのがもう少し早ければ、一夏が砂羽さんに海への想いを打ち明けていた場面に出くわしてもおかしくなかったのですよね。

 その一方で、この日、1人の男性として告白してきた海と、一夏が真っ向から向き合うことができたのは、かつて砂羽さんが一夏にかけた言葉があったからこそで、もう本当にこの辺の物語としての塩梅が凄く好みでしたね。

 海の一夏への想いはこれまでも描写されてきましたが、海の告白をきっかけに読者の前にあふれ出てきた一夏の海への恋心。その痛みと慟哭。

 かつて、その慟哭に砂羽さんが掛けた言葉があったからこそ、今日この日、本当の意味で海と向き合うことができたという構図。

 一夏の手を握ったまま告白していた海の手が一度離れた後に、友人としての握手の形で結びなおされる演出も良かったです。

 海の告白の場面が終わった後で、一夏と砂羽さんの穏やかな恋の様子が挿入されていたのも良かったです。

 ひたすらに丁寧でセンスがいい心に響くラブコメでした。

 

TSSカップルが直面する問題とエロ本

 ついに結ばれた了と凪沙。元々バグっていた距離感よりもさらに間合いを詰めてくる凪沙に、了が我慢できなくなった所で、乱入してきた縁結びの神・神ちゃまちゃん。

 神ちゃまちゃんが言うことには、縁結びの願いが成就されれば2人とも両性ではなくなるとのことでした。「身も心も繋がったとき縁結びは果たされる」つまり一線を超えると性別は固定されてしまうと。

 後日、了の実家に凪沙が挨拶に来た時に、浮かれた母親に、将来の結婚や子供のことを意識させられる言葉をかけられて悩むことになった了。

 凪沙の選択を尊重したいと思う一方で、もし凪沙が男になることを望むのなら、自分は女になることを選べるのか、同性のカップルだっているのだから今更気にすることでもないのか、男女になれるのなら男女の方がいいのだろうか。苦悩します。

 この辺りのモノローグもテンポに味があって良かったです。了の思考の間間に挟まれる「…」や「?」だったり、悪意なく結婚や出産の圧をかけてくる母の顔が浮かぶ1コマ。自問自答、思考の迷路の閉塞感がとても生々しかったです。

 凪沙の方も了に男女どちらになりたいかを問われて言葉に詰まってしまいます。

 告白から正式な恋人になるというラブコメの一大イベントが終わったら、今度はTSモノとしての大きな岐路に行き当たりましたね。

 物語の終着点が見えてきた感じです。了と凪沙はどんな選択をするのか。2人にとっての正解とは何か。

 それはそれとして、それまでのシリアスな流れをぶった切った了の部屋でのエロ本発見。男バージョンの凪沙がエロ本を発見して、女バージョンの了が涙目で大慌てする図がなんだか面白かったです。

 

 

 愉快犯・塁と、邪悪なる常連客・木村さんに誑かされて、了を縛り付けた凪沙。真剣な表情や、さわやかな笑顔でとんでもなくズレた言動をするのが面白いです。

 プールでのくすぐりの時点で片鱗を見せていた凪沙の性癖が目覚めてしまうのも面白すぎました。あのタイミングでのトランスは言い訳できませんね。

 天然キャラの天然をちゃんと面白く描けるというのは、何気に凄いことなのだと思います。