クミカのミカク(6)【電子限定特典ペーパー付き】 (RYU COMICS)
ついに最終巻になってしまいました。冒頭からクミカさんの家族が出てきて楽しいクミカのミカク6巻の感想です。
紅葉と山登りとクミカさんとエピーちゃん
出流原デザインの面々はこの日、エピーちゃんの職場の近くの山に、山登りに来ました。メンバーは事務所の面々と、エピーちゃんです。
「飛ぶのはナシ」と言われてしまったクミカさんは、歩くと疲れると言っていましたが、一定の速度で飛び続けるにしろ、飛んだり降りたりを繰り返すにしろ、他のメンバーが歩く速度に合わせて飛ぶ方が、よほど疲れそうだと思ったのは私だけでしょうか。
あるいは、触手は毎日の通勤飛行で鍛えられているけれど、その分、足回りは使われずにいるため、貧弱であるとかそういう感じなのかもしれません。
この回は全体的にエピーちゃんがちょこちょこしていて、かわいかったのですが、一番いい顔をしていたのは、驚異の運動能力を見せつけた「このくらいへっちゃらだよっ!」のコマだと思います。
いえ、目を凝らすか、拡大しないとわからないくらい小さいのですが、いい顔をしている気がします。フィクションの中のニンジャのごとき動きで、山道の道でない部分と、他の人の頭上を飛び跳ねるエピーちゃんは輝いていました。
山頂間近でへばってしまったクミカさんと、それを気遣うチヒロさん。
クミカさんも弱音を吐くようになったこと、そもそも昔のクミカさんだったら倒れるまで無理をしていたということに触れ、「休んだらまた…歩けますもんね」とクミカさん自身の言葉で締めるのも深みがあって良かったです。
クミカさんの成長と変化、彼女自身がそれを自覚し、受け入れている様子がよく分かます。
さりげなく、最終巻にふさわしいエピソードだったと思います。
泣き顔と黒の重み
36話はこれもまた、表情と演出が凄い回でした。
クミカさんへのバースデーサプライズで、コース料理の最後にケーキが出てくるはずが、出てきたのはダイヤモンドの指輪。
受け持っている仕事の関係で、地球の石言葉等を調べていたクミカさん。故郷では宝石の加工を仕事にしていたわけですし、地球の石言葉などについても興味深そうに勉強していました。
そんなクミカさんはその指輪の意味に気が付いてしまいます。
ところがこの指輪は店側の取り違えによるもの。
真っ赤になるクミカさんと、他のお客さんの注目も集まる中、しどろもどろになって「間違いなんだ」と弁解するチヒロさん。
ページをめくった先のクミカさんの泣き顔は予想外でした。
いえ、クミカさんのチヒロさんへの感情はこれまでも描かれてきているので、泣くかなとは思っていたのですが、泣き顔のクオリティーが予想以上でした。
落ちた視線と。流れる涙と、笑っている様にも見える口元。顔への影のかかり方とか、体の傾け方とか、椅子にもたれかかっているのも体勢で分かります。もう誤魔化そうとして全然誤魔化せていない感じが生々しいです。
その後、店から出る際に、外が妙に暗いなと思っていたら、ページをめくってその意味に納得しました。
この回の終わりはページの半分以上を使った大きなコマで、真っ黒な影の街へと歩くクミカさんの背中でした。
前のページの「何故こんなに街が暗いのか」という疑問が氷解すると同時に、クミカさんの心象を演出する闇が一気にのしかかってきます。
この最後のコマの重さが凄まじかったです。
チヒロさんの告白。雲間から降り注ぐ光
サプライズ取り違え事件の翌日、曇り空の土曜日。街角でばったり出会った2人。
とりあえず、公園のベンチに腰掛けますが、クミカさんも表情はにこやかなものの無理をしていることが分かります。触手の角度もいつもより下がっている気がします。
チヒロさんは改めてクミカさんに謝ります。謝りますが、謝るのは昨日の手違いのことではありません。
クミカさんが自分に何度も「ありがとう」と言ってくれたのに、自分は「ありがとう」の気持ちを伝えていなかったこと。クミカさんとご飯に行くのがいつの間にか当たり前になっていたこと。そもそもが、好きな人とご飯を食べたいという自分の我儘であったにもかかわらずです。
謝罪の勢いで自分の好意まで零してしまうチヒロさん。しかし、今日のチヒロさんはここで止まりません
見開きの大ゴマで背筋を伸ばして「ずっと好きでした」と伝えるチヒロさん。
告白の瞬間、クミカさんを見上げるアングルのコマの奥に映るのは、曇り空の間から差し込む陽の光。
表情も触手の角度も何とも言えないクミカさん。2人の間に降り注ぐ光。とても美しい構図です。
曇り空の1日だったのが、この場面で雲の間から陽が差す演出。
現実の空模様と心理描写を重ねる演出自体は古典的なものですが、それまでの曇り空の描写をあからさまにやり過ぎず、その上で、雲間から差す陽は一目でわかるようになっているのが凄く好みでした。
告白の瞬間、チヒロさんの背筋がまっすぐに伸びているのも素敵でした。
最終話:一番大好きな
チヒロさんが去った後も、公園のベンチで惚けたままのクミカさん。
告白の記憶に感情が追いつくと同時に、触手からあふれ出る光。
降り出した雪の中で、彼女の放つ光も舞い散る見開きは、最終回の始まりを飾るにふさわしい美しさでした。
翌日、ミムラちゃんと、エイリアちゃんに背中を押されるクミカさん。グルグル目がかわいいです。
そこへ、病院からチヒロさんがトラックと事故に遭ったという連絡が届きます。
泣き崩れるクミカさんですが、次のページでチヒロさんの怪我は右手のヒビだけだということが判明。変に引っ張らないでネタばらしするテンポが素晴らしいです。
最終回ですし、もっと描いてほしいものがあります。肩の力の抜けるこのがっかり感も名残惜しく感じるくらいですから。
右手を怪我したチヒロさんをお見舞いするために、クミカさんはチヒロさんの部屋を訪れますが、出会いがしらに凄まじいジト目。
誤爆プロポーズやら、告白やら、事故の知らせやらで、散々感情を揺さぶられた反動か、クミカさん、チヒロさんへの遠慮がなくなっていますね。
チヒロさんにさんざん文句を言ってからその勢いのまま告白返し。告白の時にクミカさんの触手が淡い色合いになっていたのも素敵でしたね。この淡い感じ好きです。
クミカさんがチヒロさんにふるまう料理は鍋焼きうどん。
1巻・1話目以来の鍋焼きうどん。特別感があります。でもそんなに大げさなものでもなくて、この漫画らしいこぢんまりとした特別感。
食べさせてあげるのも逆で、特に意識せずに、最初に手で「あーん」をした後で、真っ赤になったチヒロさんを見たクミカさんも真っ赤になって結局自分で食べてしまったりだとか、発光しっ放しの触手での「あーん」をチヒロさんが眩しがったりだとか、残念な感じも含めて、とてもこの2人らしいです。触手でも最後まで楽しませていただきました。
最後の最後まで新鮮で鮮やかな漫画
最後は全員集合で賑やかに終わりましたが、ここに登場回数の少ないトーワちゃんまでいる辺りに、小野中先生のキャラクターへの愛を感じました。
この漫画は、クミカさんをはじめとした登場人物の新しい表情が次々に出てきて、漫画的表現や演出も、毎回毎回新しいものが導入されて、常に新鮮さが感じられました。そこが読んでいてすごく楽しかったです。
それは最終巻でも変わりませんでした。
34話では、うっとうしい空気を散々放出した上で、自分の失恋話をしようとするキヨシゲ君にクミカさんが見せた「その話聞かなくてもいいかな」の凄い顔。
好奇心がマイナスの値を示していそうな目元と、凄く嫌そうな口元が一見ミスマッチの様で見事に1つの表情になっています。
35話の山登りの話は上にも書きましたが、山頂でおにぎりを食べるクミカさんの顔に、登山での疲労の様子がしっかり描写されていました。頂上についた場面の顔も疲労感が見事に描写されていましたが、その後の食事中の顔も、おいしそうな表情の中に疲労感もにじませている表現力が素敵です。
公園のベンチにて、意を決して立ち上がったチヒロさんに対するクミカさんの「ひぇ」のリアクションも細かくて好きです。
最終回も、いろいろ新しい顔を見せてくれたクミカさん。チヒロさんに鍋焼きうどんを食べさせてあげる場面の「はいどうぞ」の1コマは、優しい表情の中に、今までとは違う感情が含まれていて、小野中先生の表現力に唸りました。
物語が進めば、登場人物の新しい表情が増えていくのは、漫画であれば当然のことなのですが、この漫画のそれは、そのことに特別さを感じさせるものでした。
表情の表現が豊かであることも理由に挙げられますが、どうにも私には、小野中先生が意図して毎回「新しい何か」を用意していたように思えてなりません。
正直な所、まだまだ読んでみたいエピソードがあったという不満はあります。この漫画が面白かったからこその不満ですが。
クミカさんの家族が地球のご飯を食べる所が見てみたかったです。
イズル社長とハルニさんのその後の進展も気になりますし、イズル社長の実家との確執も経緯や事情がはっきり描かれないまま終わってしまいました。和解には向かっている様でしたが。
エピーちゃんの彼氏も見てみたかったですね。
チヒロさんの過去の面白エピソードもまだまだありそうでしたし、クミカさんの触手が、本体を裏切るところももう一度くらい見たかったです。
表紙裏の朝の様子は何年後のお話ですかね。
色々名残惜しいですが、とても楽しい漫画でした。クミカさんが美味しそうに食べる様子には癒されました。