万能にして無限の力を持つラスボス、悪魔・翼獅子との戦いは既に決着。
ここからはエピローグ。RPGで言えばエンディング。
大団円の『ダンジョン飯』14巻の感想です。
ダンジョン崩壊の謎と生ける絵画の謎
悪魔を倒して一安心かと思えば、そのまま崩壊するダンジョンからの大脱出へ。
脱出するまでの疾走感が凄かったですね。
ダンジョンをめぐる冒険物語の結末として、ダンジョンという場所の最後が描かれたことには感慨深いものがあります。冒険の終わり、物語の終わりを弥が上にも意識させられてしまいました。
そして、マルシルも言っていますが、何故迷宮は崩れたのかは不明のまま。
悪魔がいなくなったからなのか、最後の迷宮の主だったライオスがそう望んだからなのか、悪魔の呪い「お前の今一番の願いは決して叶わぬものとなるだろう」を考えると、ライオスが望まなかったからという可能性もありますね。
ライオスが魔物の姿から人間に戻って帰還したことも含めて、この辺りの理由は謎のままです。いろいろ思わせぶりな態度や反応、やり取りはありましたが、結局最後まで明確な答えが示されることはありませんでした。※悪魔の呪いの効果については作中で明言されたものがありましたが、「呪い」がそれだけだったとも限らないので。
謎のままの方が余韻に味はありますが、気になるものは気になりますね。
私は迷宮が崩壊したのも、ライオスが人の姿に戻ったのも、悪魔による最後の嫌がらせ、もしくは意趣返しだったのではと思っています。
あと、物凄く細かい話で、細かいコマのことなのですが、崩壊する迷宮から魔物たちが逃げ出す場面で、12話に登場した「生ける絵画」たちも絵の中で走っていました。
その中で2巻のよもやま話でライオスによって描き足された棒人間らしき姿もあったのです。
彼は他の棒人間2人と共に走っているようでした。この棒人間たちは他の生ける絵画とは明らかに画風が違うのですよね。
2巻のよもやま話では何とも悲しい結末を迎えてしまった棒人間ですが、もしかしたら、自分でパートナーや家族を生み出して、絵の中で家庭を築いていたのかもしれませんね。いえ、もともと絵の中にいた人物と家庭を築いたにしては画風が違い過ぎるので。
小さなコマのさらに背景のごく一部くらいの描写だったので、これ以上確認のしようもないのですが、凄く気になってしまいました。
それぞれのエピローグ。ワールドガイドおすすめ。
帰還後、悪魔を倒した男としてライオスに注目が集まる中で繰り出された「俺の妹を俺たちと一緒に食べてほしい!」発言。堂々としたライオス。恥ずかしそうに背中を丸めて並ぶマルシル、チルチャック、センシ。
それぞれ表情でリアクションをする主要人物+脇役一同。
前の巻で最強の魔物になったライオスを目撃し、その正体を知った場面を彷彿とさせますね。次のページでさらに追加のリアクションもあり笑いました。
いかついオークの人たちのリアクションが控えめな所とか面白かったですね。果たして彼らのリアクションが控えめなのは、魔物食に抵抗がないからなのか、それともライオスがライオスなのを理解しているからなのか。
そして、事情説明後にみんなの協力を経て、キメラファリンのドラゴン部位の解体と調理、宴会となるわけですが、この辺りは、ライオスパーティー以外の主要登場人物たちのエピローグという趣でしたね。
新しい料理が出てくるたびに繰り返される「ファリゴン」という呼称の連呼にも笑いました。ファリゴンのミートパイ。ファリゴンの煮込み。ファリゴンのグラタン。
生きる目的を失ったミスルンのその後と意外な表情。求めていた自由を手にしたからこそ自由の中の不自由を知り成長したイヅツミ。この辺りがしっかりはっきり描かれていて大満足です。2人ともいい表情をしていました。
イヅツミは最後に答えを出したすっきりした表情ももちろんよかったのですが、マルシルに好き嫌いはしすぎちゃだめと言われた後でそうしないと「長生きできないんだからもう二度と会えなくなっちゃう」と言われたコマの表情も好きですね。猫耳の角度とか。
シスルの最後にも救いがあったのも良かったです。
翼獅子に食べ尽くされて最後のひとかけらになっても、兄弟同然のデルガルを覚えていたシスル。
狂った後のシスルしか知らない世代なのに、デルガルの姿でシスルに話を合わせて見送るヤアドの優しさ。
尊く美しい場面でした。
故郷への帰還を決めるシュロー。「お肉とろとろでタレと御飯がよく馴染んでとってもおいしい」丼を手にしたイヌタデや、シュローを見つめるマイヅルさんの表情もお気に入りです。
意外となじんでいるカナリア隊の面々と、外交官内定で今後も苦労しそうなパッタドル。
シュローや、カナリア隊の話は『ダンジョン飯 ワールドガイド 冒険者バイブル』を読んでいると背景の事情や、言葉の意味がより分かる描写が多かった気がします。
本編で描かれている部分だけでも意味がわかりますが、『冒険者バイブル』を読んでいると、もっと細かいニュアンスも理解できるというとてもいい塩梅でした。
世界設定解説や、面白いショート漫画も多いので、まだ読んでいない方にはお勧めさせていただきます。
ファリゴン完食。ファリン復活。
みんなの協力のもと、キメラファリン・ファリゴンのドラゴン部位をほぼ完食。
ファリンの体に宿る竜の魂の影響を小さくしたうえで、ファリンの蘇生を試みます。
この場面、ファリンの主観・夢の中と現実の治療がリンクしている表現が素敵でした。
今まで巨大な竜の魂に押さえつけられていたファリン。それが食べられ、消化され、いつの間にか小さくなったことで夢の中で動けるようになります。
最初は足が自由にならず、這いずり移動。ファリゴンから切り出されたのは人の上半身と、キメラの首の部分で足がありませんでしたからね。
現実で足が再生されたのか途中からは2本の足で立ち上がって移動。転げ落ちた小さな竜の魂を抱え上げてあげる優しいファリン。こういうさりげない描写でファリンの性格面も描かれるのがいいですね。
そして現実でも口に食べ物を入れられ、ゆっくり食べるように言われているのか、意識がはっきりしていない状態で語りかけられた言葉が夢の中まで届いています。
人間の口に入った食物が消化され、吸収され、体の隅々まで行き渡ることを現す一枚絵。食べることの本質を表現するある意味でとてもダンジョン飯らしい絵でした。
一生懸命に栄養を取り込むファリンの描写に続き、このタイミングでまさかの翼獅子登場。そういえば、ライオス一行の中でファリンとだけ面識がなかったのですよね。
ライオスに欲望を食べられたことで消滅したかに思えた翼獅子ですが、あくまで人間への興味を失っただけで消滅はしていなかったようですね。
以前とは違うむっつりとしたつまらなそうな表情が面白かったです。完全に消えたわけではなかったことが確認できて、なんだか嬉しかったですね。
人間とは相容れない存在、人知を超えた存在。そんな存在であることがはっきりと描かれてなお、それを台無しにしない程度に、むしろその底知れなさを引き立てる人間味の持ち主で、とても魅力的なキャラクターでした。
そしてついにファリンが復活。
現実でキメラの部位が残っていたせいか、それとも、夢の中で竜の魂を拾ったせいか、体の一部に羽毛が残ってしまいましたが、本人は「すごくいい……」とのこと。
仲間への気遣いではなく、本気で言っている感じが流石ライオスの妹。
笑顔の口元に覗く牙もチャーミングでした。瞳孔も若干縦長になっている気がします。
物語開始時に竜に食べられて、そこから蘇生するまでよりも、一度蘇生した後で狂乱の魔術師の手に落ちて魔物になってから今回の復活までの時間の方が長かったですからね。感慨深いものがあります。
悪食王ライオスの戴冠 ハッピーエンドにも笑いを大匙一杯。
一度魔物になって翼獅子と決着をつけてから、ライオスの様子がずっと変だったので、てっきりこのまま消えていなくなったりするのではとドキドキしながら読んでいました。
ハッピーエンドで良かったです。
第1話の冒頭でも語られていた黄金郷の王・デルガルの遺言。その孫・ヤアドからの指名。世界を危機に陥れた悪魔・翼獅子の討伐の功績。
ライオスは黄金郷の王となるべき資格を有していました。
このまま今の島主たちや、長命種に任せていると居場所や、食べるものに困る人たちが大勢いて、古代魔術使用の件でマルシルもエルフに連行されてしまいます。
そんなみんなのために王になる決意をするライオス。
人間に興味がない様で、むしろ魔物になりたいと強く思っていたことが描かれたあのクライマックスの後で、ライオスのこういう人間味の部分が強く描かれたのが物語として、漫画として、とても魅力的でした。
どちらかが嘘というわけではなく、どちらもライオスです。
ライオスの戴冠後、地上に蘇った黄金郷。海の底から浮上してくる城や、国土はファンタジー味がありました。
国の周りには黄金郷と共に浮上した魔物が居つき、しかし魔物は悪魔に呪われたライオスを恐れて彼の国へは近づかず、むしろ国防に貢献する形に。
そして、戴冠後、魔術を利用した食料の生産や保存方法や、魔物食の研究に力を入れて国内外の人々の腹を満たしたという記述もいいですよね。ライオスらしいし、ダンジョン飯らしいです。
『ダンジョン飯 ワールドガイド 冒険者バイブル』で語られていたこの世界の長命種と短命種の勢力図や、それに基づく食料事情についての話も知っているとライオスのなしえたことがどういうことなのかわかって、感慨深さも一入です。
以前、翼獅子がライオスに見せた夢の理想郷にとても近い国が出来上がりましたね。みんなで魔物を食べて、様々な種族の子供たちが分け隔てなく一緒に遊ぶ国。ファリンやイヅツミも安心して暮らせます。
ライオスが魔物と触れ合えない点だけは夢と大きく異なる様子ですが。
最後の終わり方も面白すぎました。麦畑の中で「さあ食事の時間だ 今日は何を食べようか」とコボルトの子供を抱え上げて、微笑むライオス王。
ライオスとコボルトの子供の姿はとても牧歌的な様で、周囲の子供たちは「『悪食王』ライオス」に友達が食べられるのではないかと大慌て。
大きなお城と城下町を背景に豊かな麦畑の中で子供を抱え上げるライオス。よく見るとマルシルやファリンらしき人影もいて、ファンタジー世界での「めでたしめでたし」を綺麗に体現した絵。そこに笑いも盛り込むセンスが流石です。
今回はよもやま話も最終巻にふさわしいロングバージョンでした。
ファリンの羽毛の範囲が本編最終話よりも広がっていますが、隠すのではなく、むしろ自分の個性としておしゃれに見せている印象ですね。
イヅツミもファリンも幸せに暮らせているようで良かったです。
よもやま話のオチは本当に最後の最後までダンジョン飯という感じで好きです。ああダンジョン飯。ダンジョン飯。
謝辞のページではチルチャックの娘たちも登場。ワールドガイドのチルチャックの漫画でマルシルが言っていた「いつか会ってみたいなあ みんなでご飯食べたいね」が実現しました。
ああ、本当に名残惜しいです。読者の想像を掻き立てる謎を余韻として残しつつも、物語としてはこの上なく綺麗に完結。ハッピーエンド。
それでも、まだこの世界に触れていたい欲望が残っています。
ライオス戴冠後の物語や、シュローやカナリア隊のサイドストーリー等で短編集とかでないものですかね。
最初から面白い漫画でしたが、後半になればなるほど、画力や、様々な漫画としての表現のアイディアと迫力、ファンタジー世界観の深みと味が増していって、ワクワクが止まりませんでした。
九井諒子先生、素晴らしい漫画をありがとうございました。