お姉さまと巨人 お嬢さまが異世界転生 (3) (青騎士コミックス)
吐き気も催す異世界の闇が露になったと思ったら、ヒナコが探していた「お姉さま」とばったり再会。王都で戦いの火ぶたが切られます。
息もつかせぬ急展開の『お姉さまと巨人(わたし) お嬢さまが異世界転生』3巻の感想です。
今回は感想が長くなってしまったため、感想その①とその②へ分割してあります。
ヒナコとジュンコの過去
これまでの回想は断片的でしたが、今回はヒナコと樋高純子(ヒダカジュンコ)の2人の過去に何が起きたのかある程度の事情は把握できました。
ジュンコがかつて学園で起こしたのは組織的な援助交際事件。
かなり規模が大きくて、根の深い事件の様ですが、ヒナコは直接巻き込まれたわけではありませんでした。
ただ、その事件に関わってしまった学友の少女たちが心中する場面をヒナコはこれでもかと見せつけられたわけですね。
ジュンコ自身もヒナコを巻き込まないようにしていた様子。ヒナコのことを平気で騙そうとしますが、彼女に執着はある様です。
ヒナコも、ジュンコが連れている少女・ウェンディがジュンコを「お姉さま」と呼ぶまでは、再会に感極まったかのような反応をしていました。
ジュンコを突き飛ばしたヒナコの行動には、いつかの日に「いい人間になりたい」と言っていたジュンコ自身とした「約束」も絡んでいるようですし。
1巻の1話目や2話目の回想を見た印象だと、ヒナコが弄ばれた上で裏切られた結果の行動に見えましたが、思っていた以上に愛憎入り乱れた事情だった様です。
ヒナコの朗らかな笑みを浮かべながらの殺意でいっぱいの挨拶もインパクトがありました。
昨今、小説や漫画でのルビを使った演出はあちらこちらでいろいろなものを見ます。
それでも、真っ黒な吹き出しに大きな文字で「殺す」と書いたものを並べて、その「殺す」の文字に振ったルビでヒナコのセリフを描くという演出には度肝を抜かれましたね。
「殺す」の文字が大きすぎて、ルビが少し読みづらかったのですが、そんなことは些細なことです。この手の演出は読みやすさよりもインパクトの強さが大事ですよね。
あの時(ヒナコに殺される直前)はつい心に無い事も言ってしまったというジュンコの泣き落としに、「殺す殺す殺す殺す殺す(わかります。お姉さま。心にもないことを言ってしまうその気持ち)」と困ったような笑顔で返すシニカルなヒナコが最高でした。
対巨神用決戦生体兵器『ウェンディゴ』
戦闘開始と同時のエイリスの容赦ない蹴りによって、少女の姿のアバターを破壊されたウェンディ。エイリス以上に巨大なその正体を現します。
単行本だと1巻の巻末おまけマンガで登場していましたが、雑誌連載の方だけ読んでいる読者は驚いたのではないですかね。
人間の姿に化けていた怪物がその正体を現す展開や、その際に身体が大きくなる場面なんて、私も数え切れない程に見てきましたが、そこらのそれとはサイズが違います。見開きで表現されるサイズ感の迫力も凄かったですね。
ウェンディの正体は、大昔の戦争で作り出された生体兵器。
異世界人や、人類側の人造兵器への魔族側の対抗手段であり、「巨神」に対しての切り札まで備えていると。
ここまで読んだ私の正直な感想は、「いくらなんでも展開が速すぎない?」でした。
いえ、説明不足で読者が置いてきぼりになったり、物語の展開だけ描いて中身がスカスカになったりはしていません。
この漫画は展開が速くても、物語としても、漫画としても面白さがぎっしり詰まっています。
このテンポの良さと、展開の速さもこの漫画の面白い部分の1つだとも思っています。
それでもびっくりしましたね。
初めて「伝説の『白き巨神』」という言葉が出てきた時の雰囲気からしても、エイリスの正体については、もう少し引っ張ると思っていたもので。
エイリスなんて自分が「巨神」と呼ばれる存在である事すら知らなかったのに、大慌てで説明しようとするカルラと、目の前の巨人少女が自分の宿敵である「巨神」だと知ってテンション上がりっぱなしのウェンディに、完全に置いてかれています。
とにかく魔法で応戦しようとした直後に、カルラにウェンディゴの能力・第一機構「魔法無効化(マジックキャンセル)」の説明をされたエイリスが面白かったです。
魔法は不発。「はよ言えぇー!!」と叫びながら、ウェンディに弾き飛ばされるエイリス。
次のページの最初のコマにもコマ外に飛ばされた彼女のセリフが残響していたのには笑いました。
エイリスの見つけた答え
戦いが長引く中、エイリスを見失っても大はしゃぎで暴れ続けるウェンディに、街への被害とヒナコの身の安全の間で葛藤するエイリス。
そんな中で彼女の目に飛び込んできたのは、祭りの日に見かけた善良な家族。
自分は誇り高い父さんの子だから逃げないんだと、必死に瓦礫の下敷きになった父親を助けようとする少年でした。
「ボクは父さんの子だ!」という少年の姿に、これまで出会ってきた人たちの言葉と、かつての「妹に恥ずかしくない生き方を示すのも姉としての役目なので」というヒナコの言葉が思い起こされ、エイリスの中で何かが噛み合います。
このエイリスの中で答えが出て、それがそのままウェンディとの会話につながる流れが好きです。
再びウェンディと対峙したエイリス。
兵器として生み出され、自分の存在価値もわからないまま抑圧されてきたと言うウェンディにかつての自分の姿を重ねます。
自由を、賢さを、自分のために力を振るうことを「お姉さま」に教えてもらったと言うウェンディ。
それに対して、誇りと、礼節と、誰かのために力を振るうことを「お姉さま」に教わったと返すエイリス。
このそれぞれが「お姉さま」に教わったことと、右のページと左のページでウェンディと、エイリスのセリフと絵のタッチが対比になっているのが、すごく良かったですね。
右のページの黒く燃えあがる感情を連想させるタッチで描かれたウェンディの激情。
左のページの自分の中で答えを出したエイリスの静かで涼し気な表情と澄んだ目。
「勇敢で義に厚く誇り高い巨人族」というお題目を口にしても、自身の経験から、現代の巨人の姿から、これまではそのお題目を信じることができなかったエイリス。
お姉さまであるヒナコの生き様に、ヒナコの妹である自分に、自分の在り方の答えを出します。
読者がこれまで見てきたものが、エイリスの中で噛み合って答えになる流れをしっかりと追えます。その丁寧な漫画表現が素敵です。
「勇敢で義に厚く誇り高い巨人(お姉さま)の妹だ!」のエイリスのセリフの「巨人」のニュアンスが姉の人としての大きさになっているのも素敵すぎます。
エイリスVSウェンディ 魅せる戦闘描写
エイリスVSウェンディの戦闘描写は本当に凄かったですね。
エイリスの強みである高威力の魔法攻撃が無効化される所から始まって、何とか攻撃を凌ぎながら無効化能力を分析するエイリス。
能力の隙をついて仕留めたと思ったら、今度はウェンディの再生能力が判明。
焦りと葛藤の最中、目にした少年の姿と言葉に、自分の中での答えを見つけて、再びのウェンディとの対峙。
そこから圧倒されて焦るウェンディ側の視点も挟みながら「巨神」ではなく「エイリス」の本当の強さが明かされるという展開。
双方全力全開での最後の攻防。
上記の様な戦いの展開も手に汗握るものでしたが、絵の美しさや、漫画としての表現力も段違いでした。
巨大な建物の間を縦横無尽に駆けるエイリスのアクションの躍動感。
闘っている2人の巨大さが感じ取れるような構図や演出が間間で入っていることもあって迫力も満点。
特に、答えを見つけたエイリスが再びウェンディと対峙した所からのスパートは、熱量が凄いです。
兵器として与えられた機構とスペックで戦うウェンディが、ヒナコを守るために磨き上げたエイリスの技術に圧倒される展開。こういうのは大好きです。
間で挟まれる回想や、エイリスのセリフからヒナコとの絆も感じられます。
身体強化魔法全部乗せでのいわゆるリミッター解除状態に、形状変化魔法で作ったまさかの杭打機(パイルバンカー)といったバトル漫画的な浪漫技。
拳を繰り出す際の骨格や筋肉の動きまでもが伝わってくる格闘漫画染みた肉体描写。
バトルシーンのクライマックスで唐突に挟まれる古典百合のパロディー。
戦闘中の勇ましさと、戦いが終わった後の淑女モードでのエイリスのギャップ。
1巻のあとがきで「怒られるまで好きなものを詰め込んでみようと思います」とおっしゃっていたBe-con先生ですが、本当に欲張りますね。
アイディアの1つ1つはどこかで見たモノなのですが、調理の仕方がうまいと言いますか、組み合わせ方がユニークと言いますか、1つ1つの見せ方が工夫されていて、描写も丁寧で、全体的にクオリティーが素晴らしいのですよね。
真面目な熱いシーンでパロディーを差し込まれたりすると、普段なら一気に冷めてしまうのですが、この漫画の場合、熱量が高すぎて全然冷めませんでした。
「お姉さまに教わった誇りと礼節」でウェンディの「自由と賢さ」をぶち抜くエイリスが最高でした。
絵としての一番のお気に入りは、自分より二回りは大きなウェンディを盾で押し返すエイリスの見開きですね。
画面手前の王都民と、画面奥のエイリス達のサイズ差がわかる構図とアングル。
建物を突き破ってきた2人の勢いが伝わる漫画的表現力。
汗のしたたる肢体に、しなやかながら張りのある筋肉の肉体美と躍動感に力強さ。
こちらも最高でした。
この漫画は世界設定や世界観の面でも毎回想像を掻き立てられるのですよね。
今巻で出てきた新情報と、どう見ても軌道エレベーターな世界樹の下にあるという魔王城の話から考えるに、人間国家と魔族の争いは、古代人が思想の違いで2つに分かれて争ったのが今でも続いている感じでしょうか。
もしくは、人工的に作られた種族が人間に反旗を翻したパターンかもしれませんね。
その場合でも、一部の人間が人工種族側についた展開も考えられますし、考え出すと想像が膨らみ続けます。
今回は感想が長くなってしまったため、感想その②へ続きます。
感想その②はこちらです。