虚構推理(20) 番外編小冊子付き特装版 (月刊少年マガジンコミックス)
※今回は通常版と番外編小冊子付き特装版の2種類があるのでご注意ください。こちらの表紙は番外編小冊子付き特装版のものです。
妖たちの間で流行る悪戯、「密室開き」。
犯罪者が計画的に作った密室を台無しにして、その犯人のリアクションを楽しむという遊びのせいで、琴子は事件の後始末に追われることになりました。
「どのようにして密室が暴かれ、事件のすべてを目撃したかの様な犯人を告発する匿名電話がかけられたのか」に合理的な説明をつけなくてはいけません。
琴子に一目ぼれした少年・昴と、彼に思いを寄せる少女・美矢乃がどうなるのかも気になります。
今回は感想が長くなったため記事を2つに分けてあります。『虚構推理』20巻番外編小冊子付き特装版の感想その①です。
「かくてあらかじめ失われ……」でうっかり
19巻の最後の話から始まった新章「かくてあらかじめ失われ……」。
今巻で完結しましたが、これまでのお話と比べても、かなり上位のお気に入りエピソードになりました。
ただ、今回、私はミステリーの読者として、大きなミスをしてしまったのですよね。
ミステリーの楽しみ方も人によって様々でしょうが、私はこの漫画を読む時はいつも「解決編」を読む前に、自分で事件の真相や、琴子のでっちあげる嘘の解決案について考えています。
今回は前の巻での情報が少なかったのでまず話の続きを読み始めました。
そうして、琴子が事件の関係者である少女・美矢乃の前に姿を現しても、まだ本を置かずに読み続けてしまいました。
今回みたいな話の構成だと、琴子が現れた時点で解決編が始まったことはわかるはずなのですが、集中していたせいでうっかり読み進めてしまったのです。
気が付いたら「事件を最初から計画したのはあなたのお父さん。田内栄貴(たうちえいき)さんです」と、琴子が嘘の解決案を話し始めてしまっていました。
琴子のこのセリフで、被害者が故意に自分を殺させたパターンで事件の説明をでっちあげたのだと思い至り、その時点で嘘の解決案については考えるのをやめました。
私が全く思いつかなかったパターンでしたので。その一方で、琴子のこの言葉だけで事件を綺麗に説明できてしまうことはわかりました。
犯人を追い詰める目的で故意に自分を殺害させたのならば、合鍵を作れば密室の問題も解決できますし、目撃者を用意する手段もいろいろありますからね。
それなのに、全くその解決案に思い至らなかったのですよね。
今回の事件に限らず、なまじ事件の真相が最初から提示されているパターンだと、それが先入観になって「嘘の解決案」を考える難易度が上がっている気がします。
事件の影に隠れていたもの:美矢乃の秘密と依頼者の正体
ただ、まるで何も考えずに読んでいたわけでもないのです。
事件の真相はあらかじめ提示され、嘘の解決案の方向性も示された後で、私がドキドキしながら考えていたのは、事件の影に隠された秘密についてです。①「美矢乃が隠していること」、②「そもそもの依頼者」のことでした。
幼馴染である少年・昴(すばる)に思いを寄せつつ、彼への恋心を胸に秘めたまま悩む少女・美矢乃。
私は当初、彼女が自分の想いを伝えられないのは、昴の理想の女性像が彼女自身とはかけ離れたものであることや、現在の関係が壊れることが怖いからだと思っていました。
ところが、読み進めていくと所々引っかかることがありました。
私が決定的に「何かある」ことを確信したのは、3年前に死んだ昴の母親・紫藤綾奈(しどうあやな)についての2人のやり取りでした。
昴「そんな母さんを早くに死なせた運命か何かを恨んでるけど」。
美矢乃「その何かは私も恨んでるよ」。
このやり取りの後に紫藤綾奈の死亡事故の場面を読み直し、美矢乃は彼女の死に何らかの負い目があり、だからこそ、昴に恋心を伝えられないのだと当たりを付けました。これが①「美矢乃が隠していること」ですね。
そして、そもそも琴子が犯人逮捕後も駆けずり回っているのは、「関係者を見守るある幽霊」から依頼されて、関係者への影響を穏便に納めるためでした。
最初は離婚した元妻と娘である美矢乃への影響を心配した被害者の霊である可能性を考えましたが、それなら「関係者を見守るある幽霊」なんて回りくどい表現をせずに「被害者の霊」と言ってしまえば良かったはずです。
だからこそ、琴子へ依頼した幽霊はこの紫藤綾奈であると確信しました。これが②「そもそもの依頼者」は誰なのかですね。
そして、①と②の考えから、私は今回の物語の結末をこの様に予想しました。
綾奈の霊から事故の真相が琴子に伝えられ、琴子は美矢乃が負い目を感じない様に納得できる説明をして、琴子に理想の女性像を粉砕された昴と慰める美矢乃が結ばれてハッピーエンド。
大まかな流れとしてはこの予想通りでした。依頼者の幽霊は昴の母・綾奈。
ところが、私は大いに驚くことになりました。
私が思っていたのとは全く別の方向性で、幼馴染2人を取り巻く事情がドロドロしていたからです。
死後も子供たちを見守る心優しき母親・紫藤綾奈(しどうあやな)
1年ほど前、昴の父親と自分の母親の会話を盗み聞きしてしまった美矢乃。
2人が長年浮気していた事実を知った彼女は、綾奈の死亡事故が自分の母によって仕込まれたものだった可能性に思い至ります。これが負い目だったわけですね。
そして、自分が昴の父親の子供であることも知ってしまったと。美矢乃と昴は姉弟。章タイトルの「かくてあらかじめ失われ……」とは美矢乃の恋心の行き先でした。
まあ、紫藤綾奈の死亡事故が殺人であったという疑惑も、2人が姉弟であるという可能性も、琴子に自信満々に否定されるわけですが、ここからが酷かったですね。本当に酷かったです。※誉め言葉です。
琴子の実年齢で正体に気が付く美矢乃。ミステリ研のつながりで一部界隈では伝説になっていた琴子について知っていた彼女は、琴子の品性についても思い知ることとなります。
美矢乃「あの、岩永さん。話にあった恋人さんとは今も付き合っていて?」
琴子「この前バスルームで恋人のおいなりさんをつまもうとしたらなぐられましたよ」※箸でつまんだ稲荷ずしを見つめながら。
美矢乃「(この人はだめだ昴に会わせてはいけない)」
笑いました。もう笑いました。
何がおかしいって、美矢乃が先ほど自分の秘密を暴かれていた時以上の緊迫感のある顔をしているからです。
それこそ、見方によっては、琴子と刺し違えても昴の夢を守るという覚悟が窺えかねないレベルの表情です。
まあ、彼女に琴子は止められなかったわけですが。
自分が一目ぼれした少女(琴子)を発見したという知らせを受けて、喜び勇んでやって来た昴に、琴子が具体的にどんな言葉をかけたのかの描写はありませんでした。
それでも、美矢乃の表情と、全てが終わった後の昴少年のリアクションだけでも面白すぎましたね。
さらには、琴子が自信満々にDNA検査まで勧めていた根拠は、昴はいわゆる「カッコウの卵」だったからだというこれもまた酷い裏事情も、我々読者と六花さんには開示されます。
昴と昴の父親は血が繋がっていないので、昴の父親の実子である美矢乃との血縁関係もなし。
綾奈は元恋人の子供を妊娠している事実を隠して結婚して、そして、美矢乃の本当の父親が自分の夫であることも承知の上で、昴と美矢乃の仲を応援していたというのが真相でした。
死してなお子供たちを見守る心優しい母親ポジションだと思っていたら、想定外の方向に突き抜けていた昴の母・綾奈。
これ、昴と美矢乃が結ばれる時、どうなるのですかね。
琴子に理想の女性像を粉砕された昴少年でしたが、自分の尊敬する母親の所業や、美矢乃が自分の父親の娘だと知ったら、琴子の時とは比べ物にならない衝撃でしょう。
琴子の時と違ってこちらは完全にシャレになっていませんし。親の不実に振り回された同士ということで美矢乃との結びつきはさらに強くなりそうな気もしますが。
「かくてあらかじめ失われ……」での昴少年と美矢乃の幼馴染コンビと琴子のやり取りは、予想通りの期待以上でした。流石エンターテイナーの先生方です。
今回は感想が長くなったためその②へと続きます。