コミックコーナーのモニュメント

「感想【ネタバレを含みます】」カテゴリーの記事はネタバレありの感想です。 「漫画紹介」カテゴリーの記事は、ネタバレなし、もしくはネタバレを最小限にした漫画を紹介する形のレビューとなっています。

虚構推理19巻 感想


虚構推理(19) (月刊少年マガジンR)

 

 今回は短編4つに新章の導入を収録。虚構推理19巻の感想です。

 

「みだりに扉をあけるなかれ」:妖怪密室ひらき

 「人にとって本当に怖いのはわけがわからないこと」。

 だからこそ、人は心の平穏のために、架空の妖怪やら何やらを創造してまで訳がわからないことに説明を付けたがるというという説明から61話は始まります。

 人の想像力が新たな怪異を生むというのは、この漫画の出発点、鋼人七瀬を巡る事件でも語られた怪異誕生の仕組みです。

 怪異たちの間で、人間の犯罪者が作った密室を開いて密室ではなくしてしまう「密室開き」の悪戯が流行。

 琴子はこれが続けば自分の密室殺人を台無しにされた犯人たちの恐怖と不安から新たな怪異・妖怪密室ひらきが誕生する可能性を危惧していました。

 「世の中、そんなに密室殺人が実行されているのか?」を始めとした九郎の突っ込みだったり、淡々としている様で時折ボケを挟む琴子の語りだったり、まあ、いつもの虚構推理なのですが、なんとなく、原点回帰的な印象を受けました。

 わざわざ原点回帰などと言わなくても、毎回の事件で琴子がやっているのは同じ様に「非合理な真実に合理的な解決策を提示する」行為なのですが、自然とそういう言葉が頭に浮かびました。何故でしょうね。

 妖怪密室ひらき誕生の可能性から最初の鋼人七瀬を思い出したからかもしれませんし、九郎と琴子が話しているのを見たのが久しぶりだからかもしれません。「雪女を斬る」では九郎がほとんど出てきませんでしたからね。

 人の想像が新たな怪異を生むという話なのに、その過程に既存の怪異が絡んでいるという拗れ具合も虚構推理らしい気がします。

 まだ誕生していない密室ひらきのビジュアル想像図にも笑いました。

 そんな感じでこの回を読み終わると、今回登場していたオリジナル妖怪の一体の正体がおまけページのカットで判明。

 「メロンもやし小僧」なる彼もまた、最近人間の想像力によって生み出された新種の妖怪であったという細かくて地味な二段オチに笑いました。単行本読者限定の二段オチですね。

 

「MK計画」:琴子VSメカ琴子

 第63話「MK計画」では琴子の偽物が夜な夜な出没していることが判明。

 現地に赴いた琴子が見たのは、重厚なキャタピラと、四角いボディーのレトロなデザインの「メカ琴子」でした。

 この場面を始めて見た時の率直な感想は「おまけマンガのノリで本編をやるな」というものでした。いや、びっくりしました。完全におまけマンガのノリだったので。大笑いましたけど。

 キャタピラや金属部品の質感の描写だったり、メカ琴子のロボットアームに琴子の杖そっくりの杖を持たせてあったりと、漫画担当の片瀬先生も、作中のメカ琴子の制作者の六花さんもどちらも芸が細かくて、なおのこと笑えました。

 この杖、本物は特注のオーダーメイド品で140万円するはずなのですが、まさか同じぐらいお金かけたりしていませんよね。※3巻おまけマンガ参照。

 件の未来決定能力で競馬をする六花さんは事実上無限の財源を持っている様なものですし、妙に凝り性な所もあるので、そんなことも考えてしまいました。

 「理不尽で災害的でひたすら凶悪な敵に対抗しようとするなら、そのメカ版を作るのは日本の伝統・様式美でしょう」とのことですが、六花さんは意外と特撮好きですよね。平成版メカ〇ジラ。

 対抗兵器としてのメカ版は某ゲゲゲの大先生の漫画の方が古い様ですし、六花さんも特撮だとは言っていませんが、彼女は以前も〇ルトラマンの光線技のポーズが右手と左手どちらが縦でどちらが横かで思い悩んだり、「大豆戦隊マメレンジャー」なる特撮番組を見たりもしていました。

 大真面目な顔をして、やたらと壮大な「人工知能による知恵の神代替計画」を語る六花さん。しかしその実は地元の商店街のイベント用に作ったロボットで、琴子に似せたのは悪ふざけだと。

 琴子にメカ琴子を壊せと命じられて「おひいさまそっくりなものを壊すなど」と恐れおののく怪異たちに「もしやこれが真の狙いですか?」と焦る琴子。

 遅れてやってきた九郎の容赦のないメカ琴子破壊。自分の思い通りになったはずなのに、その容赦のなさになんだか釈然としない琴子。

 完全なギャグ回である一方で、知恵の神の代替の話や、妖怪たちの恐れおののきぶりは、もしかしたら先の展開への伏線なのではと思ってしまいます。そして、そこから勢いのあるオチにつなげて真相を有耶無耶にしてしまいます。

 これが伏線とミスリードのプロである一流ミステリー原作者・城平先生の犯行。

 そして、作画クオリティーと漫画的表現力で笑いの力を大幅に増幅する片瀬先生。

 カオスなギャグ回でしたが、お二人の仕事ぶりには感服いたしました。

 

「怪談・血まみれパイロン」:落語家の芸の妙。漫画家の表現の妙。

 64話で大勢の化け物を相手に落語を演じる落語家・釜飯亭鶏五目。

 語り始めの影のかかった貌。おどろおどろしい雰囲気が良く出ている味のあるいい貌です。

 これは落語家としての芸の妙か、それとも彼が既に人ではないモノだからでしょうか。そんなことを考えつつもワクワクさせられる導入でした。

 落語の演目の内容や、ミステリーなどでも犯行動機などでよく扱われる人の心の機微や思考の癖の話も面白かったのですが、この回はとにもかくにも表情描写や顔芸の類が面白い回でした。

 いえ、そこまで派手なものはありませんでした。では何が面白かったのかと言えば、これら落語の物語として語られている場面の登場人物たちの表情が、全て落語家が演じているものであるだろうからです。

 落語の主人公である男に夜な夜な起きる怪奇現象の相談をされる後輩の顔や、狸をひっ捕らえる男の生き生きとした顔。後日、狸が幽霊だったということに気付いた男のぞっとした顔。

 いつものこの漫画の表情描写よりも少し癖が強めに描かれています。表情だけでなく手のジェスチャーやポーズの使用頻度も明らかに多めです。

 落語の中に登場人物として琴子出てくる場面や、狸の惨殺死体風ぬいぐるみを見た化け狸が悲鳴を上げる場面では、落語家がこれらを演じていることははっきりと描かれています。

 いろいろな身振り手振りや、不気味な「コッコッコッ」という足音を扇子で表現するなどの落語の演出の描写があり、落語に詳しくない私にも寄席の雰囲気が伝わりました。

 そして、一度読み終わった後に読み直して、落語の作中の登場人物たちの表情の癖の強さや、ジェスチャーの使用頻度がいつものこの漫画と違うことに気付き、その意図に思い当たった時には感動を覚えましたね。

 落語家の芸の妙を適切に表現する漫画家の芸の妙。素晴らしいです。

 

 

 新章「かくてあらかじめ失われ」が始まりました。

 ミステリーとしての展開やこの事件の落とし所をどうするのかも気になりますが、この事件に関わってくるだろう少女・美矢乃(みやの)と、少年・昴(すばる)の幼なじみの高校生2人の恋がどのような展開を見せるのかにワクワクしています。

 今の時点で既に出オチと言いますか、何となく結果がわかっている様な気もしますが、そこに行きつくまでの過程で、どのような展開とリアクションが見られるかにワクワクと言いますか。

 特に琴子に「小さくてとんでもなく可愛くて大人っぽいけど年上じゃない女の子」、「清純そう」、「マカロンしか食べなそう」という印象を抱いて恋してしまった昴少年。

 彼が琴子に一目ぼれした瞬間の見開きに笑いました。

 見開きの一枚絵は人が恋に落ちる瞬間の絵としてとてもいいものなのですが、琴子が凶悪な顔をしていた場面の次のページで、よりにもよって見開きで出してくるのがずるいです。

 厳しい現実と美化された理想の落差に笑ってしまいました。