かつて、妖狐に自分の妻の殺害を依頼したという音無会長の頼みで、彼が殺人を犯したという合理的な「嘘の殺害方法」を求められた岩永琴子。
さらには、それを彼の子供たちに信じさせるためにと、遺産相続も絡んだ厄介な案件の調整役も引き受けることに。
前巻から続く、スリーピング・マーダー編が完結する虚構推理11巻の感想です。
浮かれています。
今回のスリーピング・マーダー編、これまで『虚構推理』を読んできた中で、私は初めて自分でも納得のいく形で論理的な「解答」を成立させることができました。
おまけに事件の合理的な解釈として考えていた第1案と第2案が、それぞれ「嘘の殺害方法」と「真相(一部に琴子の嘘を含む)」にほぼ一致。
嬉しいと言いますか、楽しいと言いますか、正直ものすごく浮かれました。
この作品ではそもそも探偵役が嘘を重ねたり、虚偽の真相をでっちあげたりしますし、1つの正解が絶対的な答えというわけでもありません。提示された条件やピースで合理的に、論理的に、秩序だった解答を作れるかといった所が大事にされている作品です。
ですが、ミステリーで思い付きや当てずっぽうではなく、論理的に順序だてて考えた結果として、ここまですっきり正解・真相・真犯人といったものを導き出せたのは初めてでした。
そして、だからこそなおのこと「真相(琴子の嘘を含まない)」に「やられた!」と思いました。
事件の解決案・仮説
前の巻の時点ではあまり詳しい事件の経緯が説明されていませんでした。
今回は音無会長の次男・音無進、長男・亮馬の娘でその代理人である音無莉音、長女・薫子の夫でその代理人の藤沼耕也の3人と琴子が、事件について振り返り、確認をする形で、より詳しい経緯が説明されました。
本当は「より優れた説明をしたものに遺産相続の優先権が与えられる」という話だったはずが、いきなり談合を持ち掛ける琴子。
おまけに3人を煽ること煽ること。ついに音無会長以外の長男・長女・次男にも、未遂に終わった音無澄の殺害計画があったことが明らかになります。
音無会長と取引をし、彼の妻である音無澄の殺害を請け負ったのは理外の存在である妖狐・吹雪。
彼は音無澄が殺された後に、再び音無会長のもとに現れ、自分が殺したと告げ、取引の約束を守る様にと念を押していました。
しかし、私は前の巻での琴子のセリフから、この妖狐が実際に殺人を実行したのか引っ掛かっていました。
という訳で、初めから「妖狐は実際には殺人を犯していない=真犯人は別にいる」という風に考えていました。
その上で引っかかったのが「叫び声」でした。
「あの黒い上着の男を捕まえなさい」というのは、強盗にあったということになっている音無澄が最後に叫んだ言葉です。
琴子が藤沼耕也氏を煽っている時に、この叫び声が音無澄本人のものではなく、長女・薫子が音無澄殺害後に強盗に見せかけるために叫んだ偽装工作ではないかと言っています。
この仮説はすぐに棄却されるのですが、逆に音無澄本人が叫んだとしたら、それにどのような意味があったのかという点が気になりました。
だいたい26話の終わりまで読んだところで、次の2つの説を考えました。
自殺説
叫んだことに何か意味があったのではと考えている時に、住宅地での計画殺人なら殺害時に被害者の口を塞ぎ、声を出せないようにするのではないかと、琴子が言っていたことから思いついたのが、まずこの自殺説です。
叫び声をあげられるということ自体がおかしいという点に注目した形ですね。
音無澄本人が叫んだのだとしたら、本人が強盗に見せかけようとしたということで、その意味を考えた際に浮かんだのが、事件に見せかけた自殺の可能性でした。
自殺を強盗事件に偽装する理由としては、外聞が悪いからだとすぐに思いつきましたし、いつも持ち歩いていた現金がなくなっていたというのも、本人なら事前に財布から抜いておけばいいだけの話だと気付いた時に、これは有りなのではと思いました。
他殺説
叫んだことに加えて、叫んでいた内容にも意味があると考えた結果が他殺説です。
刺された時点で犯人が身内だと気づいた場合、身内をかばう可能性を考えました。
庇う目的で叫んだ場合、叫んだ内容は犯人像とはあべこべになりますので、「あの男→女」で殺人を計画していた3人の内、該当するのは音無薫子ただ1人。ミステリー的にもピンポイントで真犯人を確定できるのではないかと思いました。
叫び声以外の強盗殺人偽装要素は音無薫子がやったということで説明が付きます。
計画殺人なら声を出せないようにするのでは云々とは矛盾する形ですが、計画殺人中に不測の事態が起きた可能性を考えると、これも有りなのではないかと思いました。
音無薫子のアリバイも、藤沼耕也が未遂に終わった殺害計画の存在を認めた時の説明では、その話が本当か嘘かがまるであてにならないことが分かりますからね。足が折れていたのが犯行時刻より前からか、後から自分で折ったのかなんていくらでも嘘がつけます。
今回の会合に直接来なかったのも「怖かったから」で説明が付きますからね。
吹雪にやられた
解決編が始まり、琴子の用意した「嘘の殺害方法」で、私が考えていたのと同じ「自殺説」が出てきました。
その後、真犯人糾弾の流れになり、さらには妖狐・吹雪が実際には殺人を犯していないということを琴子が確認した場面まで来たときに、私は自分でもびっくりしていました。
もう真犯人糾弾が始まった時点で、「他殺説」で綺麗に説明がつくはずだとは思ってはいたのです。
しかし、私はこれまで、トリックの一部や、大まかな事件の真相といった形の話ならばともかく、完璧な理詰めの形でミステリーを解けたことはなかったものですから。
自分の考えた他殺説にも自信があったので、全部自分の考えていた通りになるのではないかということにドキドキしていました。
しかし、この後の展開は完全に私の予想外でした。
妖狐・吹雪は実際に殺人を犯してこそいなかったものの、事件当日に音無澄を殺すために現場にいたのです。
「叫び声」の真実は、目の前で獲物をかっさらわれた吹雪が、取引相手である音無会長の身内を守るために、せめてもの偽装工作として、頭部を音無澄の形に変化させてあげた叫び声だったという展開。
「やられた」と思いました。
「吹雪は殺人を犯していない」という前提で、吹雪の存在を除外して事件を考えていたので、完全に盲点でした。
前の巻の時点で、「吹雪は殺人を犯していない」ということがわかる伏線があります。それに気付いたからこそ、こうも綺麗に裏をかかれる仕掛けがあるとは思いませんでした。
吹雪はしっかりと仕事をするつもりだったのですね。前の巻での小物ぶりにすっかりと騙されてしまいました。
その後の真犯人(代理)の藤沼耕也を追い込むために「真相(琴子の嘘を含む)」として、私が考えていた「他殺説」と同じ説明が出てきました。自分の「解答」が2つとも成立しうるものだと認められた様で嬉しかったです。
六花さんについて
今回の事件の解決案・真相を考える傍らで、もう一つ考えていたのは六花さんが何処で、どのように仕掛けてくるのかということでした。
前の巻の時点で、今回の事件の依頼人である音無会長と、六花さんにつながりがあることはわかっていました。
六花さんは、九郎から琴子を引き離そうとしていますし、そうでなくとも、六花さんの願いを叶えるのに琴子は障害になっています。
てっきり、琴子を排除するために何かを仕掛けてくるものと思い、前の巻を読んでいる時から六花さんの意図を考えていました。
可能性として考えていたのは、件の未来決定能力で「琴子が死ぬ・殺される」未来を決めることができる状況を作ろうとしている、もしくは、そこに至るまでの実験をしようとしているということでした。
件の未来決定能力は万能ではありませんが、その条件の中で、九郎や怪異たちのガードを潜りぬけて、琴子が死ぬ未来を決定するための仕掛けをしているのではないかと思っていたのです。
ものの見事に外れましたが。
真犯人指摘後に最後の悪あがきで琴子に拳銃が向けられた場面でも、この流れは六花さんによって決定されたものだと思いながら読んでいたのですが、実は何も関係がなかったということです。
前の巻からして如何にも何かしかけて来そうな気がしていたのですが、単に私の考えすぎだったのか、それとも原作者の城平先生の意図したミスリードにまんまとはまってしまったのか、いずれにしても盛大に空振りをしました。
頭を打ちぬかれたはずなのに、何故生きているのかという叫びへの九郎の切り返しが、前の巻で、六花さんがトラックにひかれた後のセリフと被っているのが面白かったです。
ぞんざいな感じがいい味を出しています。
今回は特に楽しく読めて、読後の満足感が凄かったです。
単に公式の考え方と自分の答えが重なったからという話ではなく、経緯や動機といった大きな流れから、小さな1つ1つのピースに至るまで、綺麗に筋道の通った解釈が出来たと、自分で納得ができたことが理由だと思います。