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ゴブリンスレイヤー10巻 感想


ゴブリンスレイヤー 10巻 (デジタル版ビッグガンガンコミックス)

 

 洞窟のゴブリン達から令嬢剣士を救出したゴブリンスレイヤー一行。

 しかし、洞窟はゴブリン達の居住区ではなく、退治したのは群れの中の極一部であり、本隊が別にあることが判明します。ゴブリン退治はこれからが本番です。ゴブリンスレイヤー10巻の感想です。

 

令嬢剣士の失敗と絶望

 作戦の不備から仲間たちにつるし上げられ、食料調達に戻った村では村人たちから落胆の目を向けられた令嬢剣士。

 非協力的な態度の村人たちですが、単に落胆したからという以外にも理由がありそうです。

 そもそも、冬を越さなければならない雪山の辺境村で、令嬢剣士たちは作戦に必要な食料を半ば脅迫的に買い占めていったわけです。その上で戦果を上げずに、さらに食料を寄こせと言われれば、村人たちが嫌な顔をするのも当然でしょう。

 この辺りもゴブリンスレイヤーとの差が顕著です。彼はゴブリンに対してはタガが外れていますが、現地の村人相手にはしっかりと筋を通します。そうする必要があるのならばいざ知らず、余計な顰蹙を買うような真似はしません。

 兵糧攻めの作戦がうまくいかなかったにも拘らず、令嬢剣士が撤退を決断できなかったのは、「ゴブリンなんかに…!」という思いがあったからです。

 これもゴブリンの厄介な所ですよね。本人の無自覚な侮りに加えて、ゴブリン相手に梃子摺ったり、撤退したりとなると冒険者としての評判にも関わります。面子がつぶれる・信用の低下という実害もあるので引くに引けません。

 仲間たちの元へと引き返す途中、心身ともに疲れ果て、独りテントで休む令嬢剣士の前に千切れたハーフエルフの耳が投げ込まれます。この後、令嬢剣士は自分たちの一党が全滅した事実を突きつけられるわけですが、この辺りの残酷描写は相変わらずです。凄惨の一言に尽きます。

 崩れ落ちて火種に引火し燃えるテントから、文字通りの這這の体で逃げ出した令嬢剣士が見上げたのは、視界を埋め尽くさんばかりのゴブリンの群れ。

 この場面はインパクトがありました。

視界の悪い雪山ですし、構図的にもゴブリン達そのものの絵にはそこまでの迫力はありません。

 ただ、見開きの画面を埋め尽くさんばかりの描き文字、ゴブリン達の「ゲタゲタ」笑いの絶望感が凄かったです。

 悍ましさと絶望感が押し寄せてくるような、漫画ならではの漫画だからこその表現方法でした。

 

凄惨な誤植

 人里のベッドの上で目を覚ました令嬢剣士。暖炉の照らす視界の中にゴブリンスレイヤーの姿を発見した彼女の第一声は「……ゴブリン」でした。これにゴブリンスレイヤーは「ああ、ゴブリンだ」とだけ返します。

 2人のやり取りは端的です。その中に、凄惨な体験をした者同士の間でだけ通じ合う何かがあるという、とても味のあるものでした。

 だからこそ、誤植が残念でなりません。

 ゴブリンスレイヤーの何をしたのかという問いに、令嬢剣士は「兵糧攻め……上手いくと思ったの」と返しています。「上手いくと思ったの」です。

 作中の雰囲気に浸りながら読んでいた所で、一気に現実に引き戻されました。

 独特の味のある一連の流れが、場面の情緒が、たった一文字の誤植にぶった切られていることが残念でなりません。雰囲気のあるいい場面であったからこそダメージが大きかったです。

 

潜入作戦と女神官の成長

 ゴブリンの群れの本拠地が古代の遺跡・神代の鉱人の砦であることが判明します。令嬢剣士たちは兵糧攻めにするべき場所自体を間違えていたわけですね。

ゴブリンスレイヤー一行は覚知神・緑の月の神を信仰する邪教徒の一行に扮して、潜入作戦を実行します。令嬢剣士も本人の強い希望により同行します。

 道中、何かにつけてつっけんどんな態度の令嬢剣士相手にもまったくへこたれず、笑顔で押し切る女神官。

 ゴブリンスレイヤーと行動を共にしているおかげで、成長著しい彼女のコミュニケーション力に笑いました。戦闘や冒険に関する部分の他にも、以外な部分がレベルアップしていました。

 ゴブリンスレイヤーに比べたら、多少心を閉ざし気味な程度では、その辺の人と誤差の範囲内でしょう。あれだけ凄惨な体験をして、この程度の影響で済んでいる令嬢剣士も凄まじくタフですが。

 何にせよ、女神官の成長の理由に納得できてしまうことで、なおのこと笑えました。

 

令嬢剣士とゴブリンスレイヤー

 無事に砦への潜入に成功した一行。

 「戦利品」役の妖精弓手、女神官、令嬢剣士を地下牢へと連行し、そこへ砦の頭目である小鬼聖騎士(ゴブリンパラディン)を呼び出すはずが、激昂した令嬢剣士がゴブリンの司祭を撲殺してしまい、失敗となります。

 作戦変更となり、地道な破壊工作を続ける一行ですが、砦の中でゴブリン達が叙勲式を始めます。式を取り仕切るゴブリンの司祭が現れず、騒ぎ出すゴブリン達。

 令嬢剣士の暴走が仇となりました。

 さらに、首の呪印が痛みだし、叫び声をあげてしまった彼女。これで完全にゴブリン達に潜入がばれてしまいました。

 自分の一党が全滅したのは自分の作戦のせいであり、今、またしても自分のせいで一行が窮地に陥っているという状況に絶望する彼女。

 嘲り笑うゴブリン達、奪われた自分の剣、情けなくて無力な自分。様々な想いに押しつぶされて膝をついてしまった彼女の零した言葉をゴブリンスレイヤーが拾います。

 「そうか。わかった。お前の剣は取り戻す。あの小鬼聖騎士も殺す。小鬼は殺す。一匹、二匹という意味ではない。巣穴一つ、この砦一つでもない。小鬼どもは皆殺しだ」。頼もしい後ろ姿のゴブリンスレイヤー。最高に格好のいい背中でした。

 とても実現不可能なことを口にしているはずなのに、言葉の重みが違います。本気でそれを成し遂げようという意思は、狂気と言うべきなのか、気概と言うべきなのか。狂気的な気概とまとめるとすっきりするかもしれません。

 剣の乙女や、令嬢剣士の様に、ゴブリンによって打ちのめされてしまった人たちには、彼のタガの外れた生き様が、徹底した態度が、救いになることもあるのでしょう。

 令嬢剣士が暴走するリスクも承知の上で、それでも彼女を連れてきたゴブリンスレイヤー。彼は現実主義者で合理主義者ですが、それでもあえて彼女を連れてきました。同じゴブリンに奪われたゴブリンスレイヤーだからこそ理解できるものがあったわけです。

 伝説の勇者や、他の凄腕冒険者ではなく、ゴブリンスレイヤーでないと救えない人がいるのでしょう。そう強く印象付ける場面でした。

 

ゴブリンスレイヤーVS小鬼聖騎士(ゴブリンパラディン)

 ゴブリンスレイヤーの剣も盾もスパスパ切れる軽銀の剣と、ゴブリンスレイヤーのものよりも大型の盾に、しっかりとした作りの鎧で武装した小鬼聖騎士。

 それを相手に、刃と刃では打ち合うこともできない軽銀の剣の刃の腹を叩いて攻撃を捌いたり、相手の構えた盾の死角に入ったと思えば、相手が対応しようとした瞬間に死角から目を狙ったり、剣を持った腕を盾で押さえながら切りつけたりと、玄人じみた戦いを繰り広げるゴブリンスレイヤー

 装備の質に明らかな差があるにも関わらず、終始ゴブリンスレイヤーのペースでした。引き際も鮮やかです。

 今のところしてやられっぱなしの小鬼聖騎士ですが、今巻ラストで覚知神の奇跡と思われる「狂奔(ルナティック)」を使いました。

 今のままですと、小鬼の王(ゴブリンロード)や、水の街の小鬼英雄(ゴブリンチャンピオン)と言ったこれまでに出てきたボスゴブリンと比べてもあんまりなので、ここからの盛り上がりに期待しています。

 

 

 異種族同士の戦いの場合、人間同士の戦いに比べて、より生存競争としての側面が際立ちます。単純な善と悪の構図として割り切ってしまうことに抵抗がある人もいるのではないでしょうか。

 ところが、この作品に登場するゴブリンは、そもそも人間とは違う種族であるにもかかわらず、明確な「悪」として見ることができます。

 それはゴブリン達が略奪民族であり、同族同士で嘲り合い、根拠もなく周囲を見下し、他者を甚振り好き放題することを楽しそうに行う性質を持つからです。

 単純に違うから相容れない存在であるという形ではなく、「人間の悪」と同じ悪を持っているわけです。目を背けたくなる位に濃縮したものを持っているのがゴブリンであるわけです。

 今更ですが、敵キャラクターとしてのゴブリンの生態・性質をここまで掘り下げた蝸牛くも先生が凄すぎます。単純な様で深い味のあるゴブリンスレイヤーのキャラクターといい、掘り下げが凄すぎます。