ゴブリンスレイヤー 13巻 (デジタル版ビッグガンガンコミックス)
ゴブリンスレイヤーと牛飼娘が生まれ育ち、ゴブリンの襲撃によって潰えた村。
まだ仮設の訓練場で訓練を受ける新人の中には、かつて、ゴブリンスレイヤーが介錯した女魔法使いの弟である少年魔術師の姿も。ゴブリンスレイヤー13巻の感想です。
女神官と少年魔術師と女魔法使い
訓練で疲労困憊の新人達に食事を差し入れる女神官。お弁当の提供は牛飼娘。
食事をしながら話題はそれぞれの身の上話に。
とにかく今はゴブリンを上手く殺したいと言う少年魔術師に、自分が知っている魔法使いの話をする女神官。
「いつか竜と戦って倒してみたいって言っていましたよ」と少年魔術師の姉の話をそれとなくしますが、これ、女神官の勘違いですね。竜と戦ってみたいと言っていたのは、剣士の少年です。
この食い違いのせいで少年魔術師は、女神官の「わたしの知っていた魔法使いさん」と、彼の姉・女魔法使いが同一人物であることに気付かなかった様ですね。
この様子からすると女神官が姉とパーティーを組んでいたことは知らなかった様子。
その後の会話で何かに気付きかけた様子の彼ですが、それも妖精弓手の乱入で有耶無耶になりました。
まあ、今の状況で名乗り出ても話がこじれるだけで、ろくなことにならないでしょう。
女神官はどのような心境で少年魔術師と向かい合っているのですかね。
常日頃からゴブリンスレイヤーを更正させたがっているので、彼をゴブリンスレイヤーの様にはしたくないのか。
自分が助けられなかった女魔法使いの件に、負い目を感じているのでしょうか。
その両方かも知れませんし、それとももっと違う心境なのか、彼女はそこまで暗い様子でもありませんでしたが、現時点ではまだわかりませんね。そんなに簡単に割り切れるほど単純な感情でもないのでしょう。
金欠の妖精弓手
少年魔術師を鉱人道士に預けたゴブリンスレイヤーは妖精弓手と2人でゴブリン退治へ。
ゴブリンスレイヤーと女神官の組み合わせは多いですが、ゴブリン退治でこの2人のコンビというのは珍しい気がします。大概だれか他のメンバーがいますし。
妖精弓手は匂いを誤魔化すためにゴブリンの血まみれに。9巻で匂い消しの香り袋を使うようになったのに何故かと思ったら、まさかの金欠。
ゴブリン退治で使うことがわかり切っている香り袋まで売るとは、相当切羽詰まっていますね。
1つ前の巻で、香り袋を用意しなかった少年魔術師に、とてもいい笑顔でゴブリンスレイヤー方式の匂い消しをさせていた彼女。
あれからまだ話数換算で7話しかたっておらず、作中の時間経過でもついこないだの筈なのに、再び自分が血まみれになる羽目に。
ゴブリンの巣穴で貨幣経済への不満をぶちまける彼女と、ゴブリンスレイヤーのやり取りには笑いました。
最初はリソースの管理の重要性を解こうとしていたゴブリンスレイヤーですが、自分の話を聞かず、不満をぶちまける彼女に相槌を打つだけになります。
いえ、ゴブリンスレイヤーの会話が相槌ばかりなのは、割といつもの事なのですが、それが、妖精弓手への諦めによるものに見える表現が面白かったです。いえ、実際に諦めていることも間違いではないですね。
「使うとなくなるのよ!?なのに生えてこないし!」の一節が特に面白かったです。ダメな人のセリフに見えて笑い、自然と共に生きる「上の森人」としては間違っていない考え方なのではと思い、いや、やはりダメな人の考え方だと私の中で結論がでて、もう一度笑いました。
ゴブリンの狡猾さと浅はかさ
ゴブリンスレイヤーと妖精弓手が潰した巣の最後の一匹のゴブリンは、ゴブリンの狡猾さと、残酷さと、浅はかさを全て表現していましたね。
いえ、この物語のゴブリンがどういう存在かという話は今更なのですが、凄く的確かつ端的に表現されていたもので。
追い詰められると跪き、涙を流して命乞い。蹴り飛ばされても命乞いを続けます。とても嘘泣きには見えない泣き顔。自分が子供であることも計算に入れていそうな狡猾な演技。
しかし、その首に人間の指を紐に通して飾っていたため、その残酷さに気付かれてしまえば、説得力は皆無という浅はかさ。
最後は泣き顔のまま、後ろ手に隠していた剣を抜こうとした所で、ゴブリンスレイヤーに切り捨てられました。
まあ、仮にその性根がバレなくても、同じ結末だっただろうことは、それこそ第1話の時点で証明済みですが。
ゴブリンスレイヤーと牛飼娘の間の隔たり
今回、ゴブリンスレイヤーと牛飼娘の会話が印象的でしたね。何とも絶妙なすれ違いの描写。
2人の住んでいた村の跡地、そこにできる新人冒険者訓練場。
「やっぱり、あそこに何か立つのは嫌なんだ?」と言う牛飼娘に、「お前は何も思わないのか」と言うゴブリンスレイヤー。
実際の会話の流れはもっと入り組んでいましたが、この2つのセリフは2人の感覚の違いを端的に表していると思います。
牛飼娘は自分たちの村があった場所が「別の場所」になり、なくなってしまうことを寂しく思いつつも受け入れています。
ゴブリンスレイヤーは建設に反対するという事はなくとも、感情的には引っかかっている様ですね。そもそも、過去に執着するからこそ、彼は今でも復讐者「ゴブリンスレイヤー」であり続けているわけですし。
「なんでもそう。世の中は廻るし、あたしたちは生きてるし、風は吹くし、お日様は昇って沈む。変わるのが良いことか悪いことかはわかんないけど、変わること自体は受け入れていかないとね」と牛飼娘。
意識して言ったわけではないのでしょうが、ゴブリンスレイヤーに変わる事を求めている様にも取れる発言。
ゴブリンスレイヤーはこの1年で自分の周りに起きた変化の数々を思い返しますが、その最後に飛び出してきたのは、姉をゴブリンに殺されたという少年魔術師の慟哭でした。「……、…まだ無理だな」とゴブリンスレイヤー。
牛飼娘はいつも通り取り繕いますが、それでも、気まずい空気が残ります。ゴブリンスレイヤーが去った後で1人頭を抱える牛飼娘。
何かを要求するつもりも、相手を否定するつもりもなかったのに、ふとした拍子に出た本音がすれ違い、相手との隔絶が露わになります。
いつも通りに完璧に取り繕おうとしても、言い淀んだ末に出てきたのは本音と建前の間の何とも中途半端な言葉。
この1年でゴブリンスレイヤー側にもいろいろ変化がありましたし、お祭りでデートをしたりもしましたが、この2人の立ち位置というのは、牛飼娘が初登場した2話目から何も変わっていないのですよね。
寄り添いたいと思っても、態度や距離感をどれだけ完璧に取り繕っても、本質的な部分でどうしようもない隔たりがあります。見えている世界が違います。
「お前は何も思わないのか」等というセリフを彼は他の誰にも言わないでしょう。相手が彼女だからこその、2人の距離感の近さを象徴したセリフです。
その一方で、どれだけ近くに寄ろうとも、2人の間には隔絶したものがあるわけです。
そのことが、そのことの遣り切れなさが、絶妙に表現されていました。
今巻の後半で、ゴブリン達の夜襲を受ける新人冒険者訓練場。ただ、この状況はゴブリンスレイヤーが常日頃から想定している状況に過ぎないわけですね。
同じ場所でかつて起こったこと、ゴブリンスレイヤーがゴブリンスレイヤーになるきっかけの夜の記憶が重なり、彼の中で蘇りかけていた「冒険者になりたかった」という夢を塗りつぶします。
それでも、彼の隣には女神官や、他の仲間たちもいると。
かつての記憶が脳裏に蘇った場面から、女神官との合流、そこからの「ゴブリンどもは皆殺しだ」までのテンポが完璧でしたね。
槍使いや重戦士と飲みに行く場面や、牛飼娘とのやり取りも含めて、変わったことと変わらないものの二律背反然とした味わいを感じることが多い巻でした。