角のある人間・角族を「鬼」と呼んで家畜にする角のない人間たちの国・龍帝國。
角族が奴隷狩りにあい、また、勝手な理由で殺されていく時代に、精一杯抗う角ありと、角なしの2人の男の物語。『角の男』1巻と2巻の感想です。
人間の残酷さと醜さ。負の熱量が凄い
この漫画で描かれている世界は地獄だと思いました。
戦争や、人間の非道な行いを主題の1つとしている漫画も多いですし、私もそういった作品を読んだことは何度もあります。
それでも、この漫画の世界観には衝撃を受けました。
何と言えばいいのでしょうか。ファンタジーなのに全然ファンタジーをしていません。
いえ、大きな鳥・王鷲に乗って空を飛んだり、頭から角の生えている人種・角族がいたり、そういった意味ではしっかりファンタジージャンルです。ダークファンタジーと呼ばれるジャンルもありますし。
ただ、ダークファンタジーという表現でも、言葉が全然足りないくらい酷いです。
人間の身勝手さ、残酷さ、自分とは違う所属の人たちへの残酷なまでの無関心さ。現実よりも現実的に感じるくらいに生々しい醜悪さ。
そういった負のリアリティーとでもいうべきものが、「ファンタジー」という言葉に感じる非現実的な魅力を打ち消してしまうのです。
私たちの世界でも、時代や場所によってはこの漫画の様なことが起きていたし、今もなお起きているのだと、そう思い知らされる様なパワーがありました。
山うた先生の持ち味である独特の絵と、黒と白の対比や、光と影の陰影に拘った漫画表現も、作中で描かれる地獄の世界・時代にマッチしすぎています。
単純に残酷な物語や、人間の非道が描かれる漫画は他にも多くありますが、この漫画のそれは生々しさと、それを後押しする閉塞的な雰囲気が凄すぎるのですよね。
独特の手法で表現される世界。こだわりを感じる光と影
山うた先生のデビュー作『兎が二匹』を読んだ時も、光と影、白と黒のコントラストの表現へのこだわりを感じましたが、『角の男』ではそれがパワーアップしていますね。
もう第1話からして、穴の底の暗さの表現や、そこから見上げた狭い空の白、人間が生きている人間に油をかけて焼き殺すという地獄の場面での炎の描写の白黒反転といい、白と黒の対比や、光と影の使い方が、もの凄く独特の雰囲気を作っているのですよね。
光の光量や、火の熱量を感じられる表現はインパクトがありました。
他にも、ジャオの村の跡地で彼を説得しようとしていたユエが、彼が家族の遺骨を抱えていることに気付いた場面では、王鷲の不気味な鳴き声が画面中に書き文字で響いていたり。
憎悪に囚われた人間が真っ黒い顔をしていたり。
様々な手法を使って、その場の空気の雰囲気や、登場人物の心象を表現する演出に、味があって良かったです。
大空から見下ろした遠ざかる大地と、ぶら下がるユエの足を映した特徴的な見開き。2回ありましたが、これらも印象的でした。
だからこそ、残念なこともありました。
私が読んだのは電子書籍版なのですが、上記の場面以外でも、見開きの場面はだいたい絵が不自然になっています。綺麗な見開きも一部ありましたが。
電子書籍化された時期が古い漫画などで、見開きの画面の中央が欠けているものを見ることがたまにありますが、これはその逆です。
画面の中央付近が2重になってしまっているのですよね。
恐らく、本来は紙の雑誌・単行本で、印刷・製本した時に、見開きが綺麗に見える様にするための工夫だったのではないでしょうか。
それが電子書籍化される際に直されていないために、こんなに残念なことになってしまったのではないかと思われます。
画面の雰囲気を大事にしている漫画だけに、これは凄く残念でした。
ジャオとユエ
死にかけていたユエを拾い、自分の集落に連れ帰り、母親に会いたいと泣いた彼を家族の元に戻してしまった角族の男・ジャオ。
死にかけるほどの熱を出して、朦朧とした意識で、欲深い母親に角族の集落の事を話してしまった龍帝國の男・ユエ。
2人とも自分のせいでジャオの集落の人たちが奴隷狩りに捕まったというどうしようもない罪の意識を抱えています。
特に、ユエは痛々しかったですね。
地獄の時代、2人の過去と罪、助けられず見殺しにしてしまった人達の命の重さが2人を苛み、そんな中でも自分にできる事を精一杯やろうというユエの決意。
6話目までのこの展開を読んで、この漫画は守るべき人たちのために、贖罪のために、2人が地獄の底であがき続ける物語なのだと思いました。
そう思っていたら、あがき続けるどころか、ユエが1人で地獄の底の方へずんずん進んで行ってしまって驚きました。
ジャオと友達の和解のために、角族たちを1人でも多く助けるために、徹底して憎まれ役をする決断をしたユエ。
王鷲を乗りこなすことができるジャオ達の有用性を国に認めさせるために、郵便隊・通称「飛び鬼」を結成し、その根回しのために身も心も削り続けるユエ。
そして、そんなユエの本心をただ1人理解するジャオ。
苦しい時や、辛い時も、笑顔の仮面をかぶりながら大丈夫な振りをしていた子供時代のユエと、そんな彼の本心を見抜いて「嘘つき」呼ばわりしていた子供時代のジャオ。
1人で憎まれ役をするユエと、唯一の理解者として支えるジャオの姿が、所々子供時代の2人と重なるのが良かったですね。
「でも君だけは僕が嘘つきだって信じてくれると嬉しい」のセリフも趣がありました。
気の抜けたユエの素の表情と、演じたり、気を張ったりしている時のユエの表情の違いにも味が出ていて、それも良かったです。
交渉事などをしている時の腹黒そうな笑い方とか、ジャオの前でも無理をごまかそうとしている時の張り付いた仮面のような笑顔とか、胡散臭さや、気持ちの悪さが最高でした。※誉め言葉です。
ユエが「嘘つき」である事が強調され、それをジャオが見抜くという流れが繰り返されてきたからこそ、最終話のクライマックスも輝いていました。
最終話 空 ユエの本心と物語の結末
戦争の始まり、国からの横やり、密告により謀反の罪を着せられたユエ。
ジャオはユエの本心を仲間たちにあかし、一丸となって新しい主と国に抵抗し、獄中のユエ共々闘い続けて終戦まで粘りますが、ユエは捕虜解放の直後に自身が「戦犯」であることを告白し、再び捕虜に。
「飛び鬼」として戦争に加担してしまったジャオ達を庇うためでした。
地獄の展開が続いて、終戦まで何とか粘った直後のこの展開。「最後まで地獄か」と思いながら読んでいました。
だからこそ、クライマックスの展開は完全に予想外でした。
敗戦国となった龍帝國。戦争に関わった者たちが次々と処刑される中、ユエも死刑囚として絞首台へ。
最後の言葉を伝え終わり、くくられるまでもなく、自ら絞首台のロープに手をかけるユエ。彼の足が宙に浮いたコマで、そのまま死ぬものだと思っていました。
足元が開いて首がくくられる絞首台の仕組みを考えると、台より上で宙に浮いている時点で変だなと思いそうなものですが、もうこの時は陰鬱な展開のまま物語が終わるものだと完全に諦めた心境で読んでいたもので。
王鷲にまたがり、ユエの身体を大空へと攫って行くジャオ。
そこまでの展開に絶望していたからこそ、あっという間に地上から離れていく視点、大空から見下ろした景色の見開きに、不思議な気持ち良さがありました。
そして、また、ユエの「嘘つき」を見破るジャオ。
ユエはジャオたちを助けるために裁かれようとしていましたが、それもまた本心の全てではなかったと。
自分のせいで村が襲われて、村の人たちが殺されて、ジャオたちが奴隷にされてしまった罪を死んで償いたかったのだと。
どんな逆境でも、自分にできる事をやり抜いて闘い続けてきたユエ。
自分の処刑の場でも自分にできる事を考え続けていたユエ。
そんな彼がずっと死んでしまいたいという気持ちを抱えていたという吐露に、彼の心の強い部分と、弱い部分をまとめて見せつけられた様な気分になりました。
そんな死にたい気持ちを抱えたままで、よくもあれだけ足掻き続けることができたなと思うと同時に、生きたいとは思っていなかったからこそ、自分を省みずにあんなに前のめりで戦い抜くことができたのだなと。
「生きて償え」とユエを受け入れた角族の仲間たちの元へ、彼を連行するジャオ。
物理的な意味でも、心象的な意味でも、助け方が本当に力技です。
社会的な立場や、理詰めの方法論でジャオ達を助けてきたユエ。
ユエの本心を見抜き、仲間たちを説得し、強引に連れ去ったジャオ。
助け方にも2人の性格の違いが出ていて面白いなと、なんだかそんなことを思ってしまいました。
クライマックスからエピローグは雰囲気もちゃんとファンタジーになっていました。
ジャオに強引に救い出されたユエが、子供のころの夢を完成させて、笑顔でジャオと肩を並べていられるエピローグ。
巻末のおまけ「八方見聞録」の内容も、本編のラストとリンクしているのが良かったですね。
ユエが心の底から笑えていることがわかって良かったです。
物語の始まりから終わりの方まで、地獄の展開の連続でしたが、だからこそ心の底から笑い合えている2人の今を尊く感じられました。
中途半端にマイルドな描写にしたり、綺麗ごとを並べたりしただけの漫画ではこうはいかないでしょう。
本当にあの地獄があったからこそ、「笑い合える今」が輝く終わり方でした。